【不思議な話】
-Chew The Cud-




「エルメス」
「なに? キノ」
「最近、妙なんだ」
「なにが?」
「ボクが」
「キノが?」
「うん。……なんというか…穏やかじゃないんだ」
「穏やかじゃない? いらついてるの? キノ」
「すこし違うかな。落ち着いていられなくて…。どこか、今までと違う」
「はい?」
「たとえば……ちょっとしたことで、すぐ嬉しくなるようになった」
「いいことじゃん」
「それから、普段よりすこしだけ無理ができる」
「無理は禁物だよ」
「わかってるよ。小さなことなんだ…。まき拾いのついでに花を摘んでくるとか」
「花? ひょっとして、前に食べられもしない花を摘んできたのは、それが理由?」
「レイが喜びそうだなと思って」
「たしかに喜んでたけどね」
「これがエルメスなら、摘まずにその場に連れてくると思う」
「まあ、ぼくは動けないし。キノが食べないのなら、自然のままにしとくのが一番だよね」
「それか、ボクの心にしまって黙っておく」
「ヒドイやキノ」


「それで? 心にしまっておかなかった理由はなにさ?」
「そうだね…レイの嬉しそうな顔が見たかったからかな?」
「レイはいつも嬉しそうじゃん。甘いものを食べてるときなんか、とくに」
「そうだけど、ボクのしたことでレイが喜んでくれたっていうのが重要なんだよ」
「……。キノ、それってさあ…」
「なんだい?」
「…いや、なんでもない。そうとは限らないし」
「?」


「それで? それだけじゃただの良い話だよ」
「ああ。ボクが“気遣い”じゃなくて“無理”っていう言葉を使った理由だけれど」
「うん」
「どこか、レイの評価を気にしている自分がいるんだ」
「評価?」
「見栄を張っているとでもいうのかな? でも、一緒にいるとそれがすごく自然なんだ」
「自然に、見栄を張ってるの?」
「うん」
「どういうこと?」
「がっかりされたくないな、っていうこと」
「がっかり?」
「それで、ちょっとがんばったりする。もちろん、無理しない程度に」
「…なんで?」
「わからない」
「わからないことだらけだね」
「ああ。不思議なかんじだ…。レイといると、そういうことが多い。なんでだろう?」
「……。キノ、それってさあ…」
「なんだい?」
「…でもなあ。感情ってやつは名前がたくさんあるし」
「感情?」
「ぼくにもわからないってこと」
「ふうん」


「で、どうするの? キノ」
「そうだな。こんなときは…」
「こんなときは?」
「寝る」
「やっぱり」
「レイたちが戻ってきたら起こして」
「忘れ物だっけ? 浮かれて変なもん買ってこなきゃいいけど」
「買ってきたとしても、それがボクに見せたかったっていう理由なら、ボクは嬉しいかな」
「前みたいに?」
「前みたいに。食べ物だったら、なおいいけど」
「やっぱり」


「おやすみキノ。昼寝して答えがでるといいね」
「おやすみエルメス。寝ている間に忘れるかもしれないけどね」



しばらくして、起きている人間のいない部屋に、モトラドの小さな呟きが落ちた。

「……忘れないと思うなあ…」



【END】




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