【移民の国】
-Forget Me Not-






踏み固められた大地に、一本の道があった。
しっかりと舗装され、路面は整っている。左右に白い線が引かれていて、地面と路面の境目をくっきりと示していた。距離感を失わないよう、数メートルおきに、木で作られた標識のようなものが立っていた。
見通しは良い。道の幅は、自動車が数台並んで走れるほど。路肩に大きめのトラックを止めたとしても、すれ違えるくらいの広さだった。

その道を、一台のモトラド(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
荷台には旅荷物がつまれ、銀色のカップが振動を受けて揺れている。
運転手は茶色のコートを着て、余った裾を足に巻いて止めていた。前は閉じられていて、中の服装は見えない。
首には布があり、冷たい風が入りこむのを防いでいた。髪は短い。目元をゴーグルで覆い、たれの付いた帽子をかぶっている。

「キノ」

少年よりももっと幼い、男の子のような声が運転手を呼んだ。爆音をたてて走るモトラドだった。

「なんだい、エルメス」

キノと呼ばれた運転手が返事を返した。

「いよいよだね」
「……ああ。そうだね」

エルメスと呼ばれたモトラドのタンクが、光を受けて反射した。
キノは首をすこしかたむけ、視界を確保する。ゴーグルの角度が変わって、中の表情が見えた。その顔は若かった。


その後ろを、違う一台のモトラドが追走していた。荷台には旅荷物が満載で、銀色のカップが振動を受け揺れている。
運転手は厚手のコートを着て、余った裾を足に巻いて止めていた。前は閉じられていて、中の服装は見えない。
首には布があり、冷たい風が入りこむのを防いでいた。髪は短く見えた。目元をゴーグルで覆い、たれの付いた帽子をかぶっている。

「レイ」

低めの女性か高めの男性のような、中性的な声が運転手を呼んだ。爆音をたてて走るモトラドだった。

「どうしたの、セシル」

レイと呼ばれた運転手が返事を返した。

「いよいよだね」
「……うん。そうだね」

セシルと呼ばれたモトラドのタンクが、光を受けて反射した。
レイは首をすこしかたむけ、視界を確保する。ゴーグルの角度が変わって、中の表情が見えた。その顔は若かった。

ほんのすこし、不安そうな表情であった。



二人は旅人だった。
若い二人のモトラド乗りが出会ったのは、偶然であった。キノとレイはいくつかの事情を経て、今では同行者という関係にある。
現在、二人が目指しているのはレイの故郷だった。
道のりは予想以上に長いものであったが、キノが関係を解消することはなかった。もとより、キノの旅に目的地はなかった。
そして今まさに、その国に続く道を走っている。


前を走るキノが後方へむけて合図を出した。
レイが気づき、セシルに声をかける。

「休憩だって」

二台のモトラドは脇道に入ると、並ぶようにして止まった。キノがエルメスから降り、レイがセシルから降りる。

「もう間もなくだけど、ずいぶん走ったからね」

キノがゴーグルを上げながら言った。

「わかってるよ。大丈夫」

レイは笑いながらゴーグルを下げた。大きく腕を伸ばす。
帽子を外すと、髪をくくるゴムの結び目が覗いた。その先は布に隠れていたが、どうやら彼女の髪は長いようだった。

「私も休みたかったの。なんていうか、緊張しちゃって……」

レイが、照れくさそうな笑みを浮かべて視線を下げた。横からキノに覗きみえた目は、不安と期待の色が入り混じっていた。


目線が下に向くのは、彼女の中で不安が大きい時だ。
キノはこれまで過ごした時間で、レイの感情の動く習慣を覚えていた。もっとも、モトラドではない固定の人間の癖を覚えるのは、キノにとってひさしぶりのことであったのだが。

「落ちついたら出発しよう。国は逃げない――とは言い切れないけれど、すくなくともこの国では、そんなうわさは聞かなかったし」

キノは帽子を取って体を伸ばした。エルメスが言う。

「レイが来てから無理な走りをしなくなったから、こっちとしては助かってるよ」
「なんだい、それ」
「もう立ちゴケは答弁ってことさ」
「……“勘弁”?」
「そうそれ」

そして、エルメスは黙った。
レイがくすりと笑う。エルメスのタンクを撫で、小声でなにか言った。「ありがとう」という単語が、キノの耳にも入った。

「レイはさ、あの国を見た後どうするの?」

エルメスが聞いた。

「それは見てからじゃないと……」
「わかってるけどさ。旅を続けないのかなーって」

楽しそうに見えたよ、と続けるエルメスに、レイは言葉を濁す。

「どうかな。……やっぱり、わからない」

また目線が下がっていくレイを見て、キノがエルメスのタンクを叩いた。

「やってもいないことについて、あれこれ考えていてもしょうがないよ。それより、お茶にしないかい?」

そして、「入国の約束事を、もう一度確認しよう」と言った。




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