【野営の話】
-Thinking-




きれいに張られた二つのテントの横で、キノはエルメスの隣に座っていた。
双眸が見つめる先では、枝がゆらゆらと揺れている。風が流れ、葉と葉が触れ合ってざわめく。
多少の雲が見えるが、天気は良い。時刻は夕方より少し前。国と国の間の、走行中の森の中だった。
なにをするでもなく、キノは黙ってぼんやりとしていた。

「レイ、戻ってこないね」

エルメスが言った。
キノと一緒に旅をしているはずのレイは、見える範囲にいなかった。彼女は今、薪になる木を拾いに行っているのだった。

「キノ一人だったら、今頃とっくに設営終わってるんじゃない?」
「そうだね…」

キノは口を開く。そして、

「たしかにボクだけだったら、今頃は携帯食料に舌つづみを打ってるだろうな」
「不味そうな顔をしながら?」
「不味そうな顔をしながら」

エルメスは楽しそうに、キノは嫌そうに続けた。ふたたび枝が揺れた。

「三日ルールのキノとルールなしのレイじゃ、場数が違うもんね」
「まあ、こればかりは仕方ないな」

言って、キノは飛んできた葉を軽く避けた。

「射撃と同じで、かわってあげられないからね。練習あるのみだ」
「なんか、親鳥みたいだね。キノ」
「親鳥?」
「いつかレイも一人前になって、キノ離れして飛び立つの」

草を払っていたキノの手が一瞬止まって、瞳がエルメスを見た。
エルメスのタンクにキノが写っていた。

「………」

キノは顔を戻した。
視界はなにも変わっていない。レイが戻ってくる様子はなかった。

「もうすこし待って、戻ってこなかったら迎えに行くことにする」
「りょーかい」

エルメスが間延びした声で言った。すこしして、

「……。エルメス」

ふいに、キノは口を開いた。

「なに? キノ」
「レイは、国に着いたら旅をやめるって言っていたよね」
「うん」
「そして、その国はもうすぐ着く」
「そうだね」
「そうしたら、自動的にレイはボク離れするわけだ」
「そりゃそうでしょ。レイの国までの約束なんだし」
「………」
「キノ?」
「ボクらは旅に戻るから、レイたちとは二度と会わなくなる…」
「キノは一度立ち寄った国には行かないから、たぶんそうなるだろうね」
「…再会の可能性は?」
「そりゃゼロか、または」
「または?」
「限りなく低いんじゃない? 会わなかった時期くらい」
「……。ボクの知らないところで、知らない時間を生きていくのか」
「詩人だね」
「そうか……」
「キノ?」

考え込む様子を見せるキノに、エルメスが不思議そうな声を出した。

「さっきからなに? どうしたのさ?」

キノは帽子を取って、それを見つめた。片手で髪をさわる。
そして首を振って、

「なんでもないよ」

帽子をかぶり、立ち上がってお尻をはたいた。

「レイを迎えに行く」
「まだそんなたってないよ。キノ」
「いいよ。ボクが手伝えばいいから」

風が流れ、葉と葉が触れ合ってざわめく。時刻は夕方より少し前。相変わらず森の天気は良い。
きれいに張られた二つのテントの横で、キノはエルメスの隣から歩き出した。

キノと一緒に旅をしているはずのレイは、いまだ見える範囲にいなかった。



-Thinking-【END】




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