【出会った国】
-See You-






「すみませーん」

幼さの残る高い声が、店主を呼んだ。
長めのジャケットにブーツ。腰をベルトでしめ、そのわきにハンド・パースエイダー(注:パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)のホルスターを吊っている。
年は、十代半ばごろ。肩にかかるくらいの髪を、後ろでひとつにくくった少女だった。

「はいはい、何ですかな?」

呼びかけを受けて、店主が顔を出す。
やさしそうな顔をした、白髪頭の老人だった。丸いメガネをかけていた。

「パースエイダーの整備をお願いしていたんですが」
「おお。えーと、お名前は」
「レイです」

少女が名乗る。
店主は頷いて一度奥に戻り、木の箱を持って戻ってきた。それをカウンターに置いて、

「はいはい、これですかな」

確認を求めるように箱を開けた。

レイと名乗った少女は、ハンド・パースエイダーを手に取った。作動を確かめる。
九ミリ口径の自動式で、弾は15発。ダブルタップ用のハンド・パースエイダーだった。
レイはこれを『シュトー』と呼ぶ。

「うん。ありがとうございます」

店主の説明を聞いて、レイがお礼を述べると、

「すみません」

扉の鈴が小さく音をたて、続いて声が聞こえた。

レイが音のしたほうへ目を向けると、短い黒髪の人間が歩いてくるのが見えた。
黒いジャケットを着て、腰をベルトでしめている。ポーチがいくつか付いたそれには、ハンド・パースエイダーのホルスターもついていた。
顔は若く、おそらく十代半ばごろ。大きな瞳の、精悍な顔つきをしていた。

「こんにちは」

レイが声をかける。
目線が合い、黒髪の若者は軽く会釈を返した。

「こんにちは」
「失礼ですが……もしかして、旅の方ですか?」

レイはちらりとホルスターを見ながら言って、黒髪の若者が、ええ、とうなずく。

「あなたも、旅人のようですね」
「はい。モトラドで旅をしています」

それを聞くと、若物はほんの少しだけ目を大きくした。
片手が入口を指す。

「では、店の前のモトラドはあなたの?」
「ええ、そうです」

若者はなるほど、と呟いて、すこし黙った。

「……あの、なにかご迷惑をおかけしましたか?」

何も言わない若者に、不安を覚えてレイが尋ねると、

「いえ。旅荷物が積まれたモトラドがあったので、どんな人が乗っているのかと思っただけです。ボクも、モトラドで旅をしているので」
「え、モトラドで?」
「はい」

その言葉にレイは驚いて、あらためて若者を見た。
自分と同じ年頃の若い旅人というだけでも十分めずらしい。そのうえ、移動手段はモトラド。身を守る手段はハンド・パースエイダーだ。

数ある共通点に興味と親近感を抱いたレイは、

「よければ、一緒にお茶でもどうでしょうか? 時間があれば」

若者をお茶に誘って、軽く自己紹介をした。

「モトラドさんのお話も聞きたいし……。あ、私はレイといいます。私のモトラドの名前はセシルです」
「ご丁寧にどうも。ボクはキノです。かまいませんけど、先にこちらの用をすませても?」
「ええ、もちろんです」

レイは頷く。そして、外で待ってますね、と言い残し、鈴の音を聞きながら扉を開けた。




店を出ると、澄んだ高い空と日差しがレイを迎えた。
数歩歩き、店の横の空きスペースへ戻る。

そこには、荷物が満載になった一台のモトラドがセンタースタンドで立っていた。セシルという名前の、レイの旅の相棒だ。
その隣に、荷物がほとんど載っていないモトラドが、同じくセンタースタンドで止められているのが見えた。

「おまたせ、セシル」

レイはひとまずセシルに声をかけると、

「あなたがキノさんのモトラドさん?」

隣のモトラドに向かって話しかけた。

「驚いた。キノを知ってるの?」
「さっき中で会ったの」
「へえー」

すこし高めの、男の子のような声が、驚いたようなそうでもないような様子で返事をする。
荷物のないモトラドの声だった。

「一緒にお茶をすることになったから、よろしくね」

レイが言って、

「レイ、話が見えないよ」

線の細い男性のような、ハスキーヴォイスの女性のような、高くも低くもない声が抗議の意を示した。

「ごめん、セシル」

レイは荷物が満載のモトラドのタンクをなでると、シートに軽く腰かけた。

「このモトラド君のパートナーがね、私と同じくらいの旅人で。めずらしいなあと思って、お茶に誘っちゃたの」
「なるほど、わかった。そういうことなら、レイをよろしく頼むよ。えーと……」
「エルメスだよ」
「エルメス君か。いい名前だね。僕はセシル。彼女はレイだ」
「よろしくね、エルメス君」

レイはにっこりと微笑むと、エルメスに向かって小さく手をふった。

「うん、よろしくー」

エルメスが、軽い調子で答えた。




「レイは、旅をしているの?」

エルメスが会話の口火を切ると、

「うん。この国には来たばかり」
「ふうん」
「エルメスも旅をしてるんだろ? どのくらい走ってる?」
「ほぼ毎日だね。走っている時間のほうが長いよ」
「短期滞在型?」
「そうかも」

レイが笑って、私たちも10日以上居たことないよと言った。

「モトラドにとってはありがたいけどね。でもキノってば、たまに変な運転するから困るよ」

エルメスが愚痴るように言うと、セシルが同意した。

「それを言うならレイだって。この間も、こんなことがあってさ、」
「わかるよセシル。キノもね、」

そして、二台はお互いの運転手について話しはじめた。
その上で、レイが所作なさげに黙る。

「あとレイの――」
「キノが――」
「うんうん――」
「それでもって――」
「…………」

しばらくして、三人の会話が二台の会話になったころ、もう一人の旅人――キノが戻ってきた。
手には紙袋を持っていた。

「おまたせエルメス。……なんだか盛り上がっているようだけど」

キノはエルメスのキャリアに取りつけられた鞄に紙袋を入れると、レイとセシルをちらりと見て言った。

「聞いてよキノー。こいつセシルっていうんだけど、話が合っちゃって合っちゃって」

エルメスが、セシルを指差すかのように言う。

「話?」
「運転手によるモトラドの扱いが、いかにひどいか」

キノが言葉に詰まってレイを見る。
それに対し、ずっと黙っていたレイはとりあえず笑ってみせた。

「…………」

それだけで事情を飲み込んだキノは、エルメスのタンクを軽く叩くと、

「すみません。こいつが失礼なことを言ったみたいで」

レイに向かって謝罪の言葉を述べた。

「いえ。セシルも話の合う人……モトラドがいて、嬉しかったみたいです」

レイも手をふる。

「二人が言うには、私たちはモトラドのなんたるかをわかってないって」
「当然でしょ。運転の仕方でわかるよ」
「あと、メンテナンス」

そして、レイとキノは二台のモトラドを見比べながら苦笑した。



 ***




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