【川辺にて・C】
-be with you.-






雲ひとつない青空の下。
ある森のなかを流れるある川の近くで、一人の人間と一台のモトラドが川に入っていた。

「どう? エルメス」

人間が、モトラドを洗いながら言う。
長い髪をひとつにくくり、腕をまくったワイシャツを着ていた。
顔は、まだ若い。

「いいかんじ。うまくなったじゃん、レイ」

エルメスと呼ばれたモトラドが答えた。
ところどころに泥が付いているが、磨かれた部分が、太陽と水面の光を反射して光っていた。

「本当? ありがとエルメス」
「こりゃ乗り手を代わってもらわないとね」
「こーら、そういうこと言わないの」

楽しそうに会話をしながら、レイと呼ばれた人間はエルメスの泥を落としていった。



そのすこし離れたところでは、エルメスではない別のモトラドが、下ろした荷物に囲まれて止められていた。

「あーあ、あんなに水をかぶっちゃって。盗賊でも来たらどうするんだよ」

モトラドがつぶやく。
線の細い男性のような、ハスキーヴォイスの女性のような、高くも低くもない声だった。

「そのためにボクがいるんじゃないか。セシル」

隣の石に座った人間が応え、かぶっていた帽子を取った。
短い黒髪で、ワイシャツの上に袖をはずしたジャケットを着ていた。
顔は、まだ若い。

「ずいぶんな自信だね。キノ」

セシルと呼ばれたモトラドが、不機嫌そうに言葉を発する。

「さすがは段持ち」
「ボクの役割――いや、特権だからね」

キノと呼ばれた人間が言い、川のなかのレイ逹へ手を振った。
レイが振りかえす。

「のろけのつもりかい? 気に入らないな」

セシルのとげとげしい言葉に、しかしキノは微笑んで返した。

「キミだって、レイをのせているじゃないか」
「“僕の役割――いや、特権だからね”」
「“のろけのつもりかい?”」
「もちろん」



しばらくして、レイとエルメスが戻ってきた。
エルメスの車体はぴかぴかに磨きあげられており、眩しいくらいに光っている。
その横で、びしょぬれになったレイが、にこにこと笑っていた。

「おつかれ、レイ」
「うん、セシル」
「どうだい、エルメス」
「もーバッチリだよ。キノ」

エルメスが満足げに答え、

「乗り手を代わってほしいくらいだよ」
「だって。代わるかい、セシル?」
「じょーだん」

キノが、からかうように笑った。


***


「さあ、次はボクらの番だ」

ワイシャツ姿になったキノが、袖をまくる。
レイはセシルがいた位置にエルメスを立たせると、自分はキノの座っていた石に腰掛けた。
新しい乾いたワイシャツの上に、袖をはずしたジャケットを着ていた。

「いってらっしゃーい」
「キノがんばー」

レイとエルメスが口々に言う。
キノはスタンドをはずすと、セシルを押して川へ向かった。

「丁寧に頼むよ、キノ」
「お手柔らかに。セシル」

それを見送ると、エルメスがおもむろに口を開いた。

「しかし、セシルがキノに車体を洗わせるなんてね。ピリピリしてたあの頃がうそみたい」

感心したようにつぶやく。

「旅を始めたばっかの頃は、警戒して夜も寝ないくらいだったのに」

レイはちらりとエルメスを見て、それから、キノとセシルに目を向けた。
会話をしているらしく、時おりキノの口が動く。

「セシルも、なんだかんだ言ってキノのことが好きなんだよ。あそこにいた時も、私とシスター以外には触らせようとしなかったもん」
「そうなんだ? ぼくのことも好きになってくれるといいんだけどね」
「大丈夫だよー。私もセシルも、エルメスのこと好きだよ」
「そりゃどーも」

キノが水をかけるたびに、それが反射してきらきらと輝く。
セシルがなにか言ったのか、キノが笑っていた。
それを見て、レイも微笑む。

「さて、次はどこに行くのかな。キノは」
「あれ。まだ聞いてなかったの?」
「うん」

レイがうなずく。

「パートナー失格じゃない?」

エルメスが、呆れているような、そうでもないような、つまりはいつもの調子で言った。

「ありゃ、そうかな。でも、」
「でも?」

エルメスへと顔を向けたレイは、目を細めて、

「どこへ行っても、何をしても。楽しいよ、きっと」

そう笑顔で言いきった。
エルメスが「おアツいことで」とちゃかした。
レイがタンクを軽く叩いて、

「ん、エルメス。やいてる?」
「まっさかー。ちょっとくやしいだけ」

そして、まるで答えがわかっているかのように楽しげに聞く。

「エルメスは楽しくないの? 私達との旅」

エルメスも、愉快そうに返す。

「楽しいに決まってるじゃん。どこまでも行ってほしいね」



山向こうに入道雲が見える、夏の晴天の下。
ある森のなかを流れるある川の近くに、二台のモトラドが止まっていた。

二人の人間が近づいてきて、それに跨がる。
エンジンをかけ、あたりに爆音が響いた。

一人が合図をする。もう一人がそれを見てうなづき、何か言った。
二台は道なりに走って行き、やがて見えなくなった。
川辺で、二隻の笹舟がゆらゆらと揺らめいていた。





-I want to be with you.-
(ただあなたと一緒にいたいだけ)

fin




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