【川辺にて・a】
-Encounter・a-






雲ひとつない青空の下。
ある森のなかを流れるある川の近くで、一台のモトラドが洗われていた。

「こうやって洗うのもひさしぶりだね」

運転手が言う。
背中にかかる長い髪をゴムでひとつにくくっていた。顔は、まだ若い。

「そう思うんだったらこまめに洗ってよね。こびりついて取れないんじゃない? レイ」

先程より少し低い声が批難する。
線の細い男性のような、ハスキーヴォイスの女性のような、高くも低くもない声だった。

「大丈夫だよ、セシル」

レイと呼ばれた運転手が答えた。

「力を入れれば――」
「壊さないでよね」

セシルと呼ばれたモトラドが、レイの言葉をさえぎって言った。

「……わかってるよ」
「どうだかー」

セシルが、お見通しだといった声を出した。


***


「川は〜、流れて〜、北から東〜」
「あはっ。川って、北から東に流れるの?」

レイがモトラドをこする音と、セシルの上手いとは言えない歌声が森に響く。

「南から〜、流れて〜、いっかいて〜ん……ん?」

ふと、セシルの歌声が途切れた。

「セシル?」
「あれあれ! 見て、レイ。川」

レイが川のほうを見ると、上流からなにかが流れてくるのが見えた。
待ちかまえる。

「なにこれ? ……葉っぱ?」

よく見ると、それは折られた木の葉だった。
なにかの茎か枝が刺さっている。

「笹舟だよ」
「ささぶね?」

レイがセシルへ見えるようにかざすと、セシルは説明をはじめた。

「植物の葉を折り曲げて、舟を作るんだ。それを浮かべて遊ぶ」

川遊びの定番だ、とセシルが言う。
ふーん、とレイが笹舟をまじまじと見て言った。

「誰が流したんだろう?」
「さあ?」

セシルは興味を失ったらしく、「早く洗ってくれよ」とレイを急かした。
レイは「はいはい」と答えて、笹舟を流す。

「下流に人がいたらさ、あの舟見つけるかな?」
「そうだなあ。もしかしたらね」
「よし。それゆけ〜」

レイは笹舟を見送ると、水洗いを再開した。
そして、再びへたくそな歌声が響く。

「触れて〜、交ざって〜、海にな〜る〜」


しばらくして笹舟は水に沈んだが、それを見ていたのは鳥だけであった。





-Encounter・a-




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