【警戒心】
-As Is Usual With-
冬が始まろうという頃、一行は、ある国に滞在していた。
二人が旅を始めて、片手で足りる数の国を通り過ぎていた。そろそろ二台のモトラドで走るペースとタイミングもつかめ、レイの寝起きが悪いのも発覚して、セシルがキノと競うかのように早起きであるとも知られ、エルメスの寝言を聞く機会も得たくらいの時期だった。
「広い部屋だな」
「そうだねえ」
二人部屋を借りて、キノとレイはそれぞれのモトラドから荷物を降ろした。
ここしか空きがなかったという事情で安く借りられた部屋は、高級感に溢れていた。ベットにクッションが6つあった。
「おわったー!」
レイが嬉しそうにベッドに飛び込み、クッションを抱えて「ふかふかー」とつぶやく。
キノはそれを横目で見て苦笑しながら、シャワーの水圧を確認しに、バスルームへむかった。
扉を開け、ゆうに5人は入れそうな湯船を見て、
「レイ。浴槽すごく大きいよ」
「ほんと? 見てくる」
報告して、レイが入れ替わりにバスルームを覗いた。
「大きいね」
「ああ。お湯を張るのに時間がかかりそうだな」
「なら一緒に入る?」
「え?」
キノは不意打ちを食らったような声を出し、
「…ボクはいいよ。お先にどうぞ」
「え、いいの?」
「まだやることがあるから」
「うーん…わかった」
レイにシャワーをすすめて、自分は部屋に戻った。
レイがシャワーを浴びている間、キノは自分のかばんを開いていた。
荷物を確認して、翌日の準備をして、そしてかばんを閉める。
「キノ」
ふいに、セシルが発言した。
「なんだい?」
「キノさ、そんなに警戒しなくても、レイは君を殺さないよ」
「………」
突然の物騒な発言に、思わずキノは手を止めた。
セシルを見て、瞳をまたたく。
「殺意も悪意もさっぱりない、そんな警戒心……どうやって身につけたんだ?」
不思議そうな声を聞いて、キノは軽く息を吐いた。
「驚いたな。指摘されるなんて…」
キノは、わずかに困っているような顔になった。挑戦的なセシルの言葉を楽しんでるようにも、失態に対する苦笑にも見えた。
「どうして、警戒してると思うんだい?」
「キノはいつもレイにシャワーを譲ってくれるけど…自衛のためだろ?」
「………」
「それに、レイの寝息を確認してから寝てるよね。朝も、僕がレイを起こすまでは整備をしない」
「…買いかぶりすぎじゃないかな」
「バスルームから戻ってきたときに、かならずかばんを見る」
「習慣なだけだよ」
「警戒を強めてレイを見るのも?」
「!」
キノは目を大きくして、
「そこまで…わかるものなのか……」
感心した様子で言った。
「ひょっとして、エルメスも?」
「いんや? モトラドにわかるのは視界と振動だけ」
エルメスは、平坦な声で答えた。
「キノ。勘違いしないでほしいんだけど、これは何も、警告というわけじゃないんだ」
「…どういうことだい?」
モトラドには表情がない。しかしキノはそれを読み取るかのように、セシルに厳しい目を向けた。
「そんなに警戒していて、疲れない?」
「え?」
「人間って、神経使うと寝不足になるだろ。僕としては、国のホテルくらい自由に休んでもらいたいんだけど」
「………心配、してくれている…?」
キノは拍子抜けしたような声を出した。
「レイの目の前で事故なんか起こされちゃかなわないし。モトラドが地面を摺っていく姿なんて見たくもないね」
「わー、セシルやっさしー!」
エルメスが面白がって騒いだ。口笛まで慣らしそうであった。
「けどねセシル。キノの警戒は師匠仕込みの一級品だから。セシルに慣れてもらうしかないよ」
「一級品?」
「キノにとっては、警戒してるのが自然な姿なの」
「……自然…」
セシルは、驚いているらしかった。
呆然とするような声で言って、それからしばし黙った。
「…それなら、気が休まっていなかったのは僕のほう、ということになるか」
「どういうことだい?」
「僕は感覚の度合いが強いんだ。人間で言えば……気配に敏感ってやつかな」
「そんなモトラドが…」
キノから声が漏れる。
エルメスがいつもの調子で、「モトラドの世界も広いねえ」と言った。
「悪かったね。そういうことなら、警戒してくれて構わない。…あのレイを警戒してくれるなんて、むしろありがたいかもしれないしな」
セシルは、呆れたような声色だった。人間ならば肩をすくめているところだ。
キノが、ふと表情を緩めた。セシルに笑いかける。
「ボクも、じきに慣れるよ」
そして、
「そこまでレイを警戒してる自分が、そろそろ馬鹿らしくなってきたところだし」
「うん。キノに懐きすぎだよね。レイ」
キノが目を細めて、エルメスはあけすけに言った。
セシルから苦笑のような、楽しげな笑い声が大きくあがる。
「あがったよー! ……セシル?」
ほかほかのパジャマ姿で、バスルームからのんびりと戻ってきたレイが、セシルを見て不思議そうにした。
【END】
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