警戒の内側


警戒の内側

彼女が風邪をひいた。長い旅の、これで何回目だろうか。
ボクが頑丈すぎて無理をさせているのか、はたまた、彼女が弱くて旅についてこれていないのか。どちらかはわからないけれど、ともかく彼女は熱を出し、今は寝込んでいる。
ボクはとくにすることもないし(もうほとんど終わってしまったのだ)、動けない彼女になにかあったらと思うと、居ても立っても居られないのでここにいる。でも彼女は、やはりというか、申し訳なく感じるようだった。

「キノ、することないの…?」
「ないよ」

エルメスもセシルも、モトラド修理の店に出してきてしまった。シャツも手袋も肌着も、前の国で新しいのを安く手に入れたばかり。パースエイダーの整備も終わってしまったし、最後のナイフは、たった今、研ぎ終えたところだ。レイの額のタオルは、水を変えてから5分と経っていない。

「遠慮しているわけじゃない。本当にないんだ」
「……だからって、その…」
「風邪ならうつらないから大丈夫。ボクはあまり風邪をひいたことがないんだ」
「そうじゃなくて……ううん、それもそうなんだけど」

レイは言いにくそうに口ごもった。

「なんだい?」
「…………キノは、なにかしようと思ったんじゃ....?」
「え?」

ボクは、自分の行動を振り返る。
最後のナイフをしまってからレイのベットへ来て。
そこに立って。
それから、しばらく経っていた。

「……いや」

とくに理由もなく、ただ来て。
寝具の中のレイを眺めて、いろいろ思った。……ような気がする。

けれど、そんなことを言えるわけもなくて、ボクは黙った。そして、かわりに自分が何を考えたのかを思い出してみることにして、

「ちょっと、考えごと」
「かんがえごと…?」

レイの、熱に侵されつつある声を聞きながら、タオルを取って水で冷やし、再び乗せてやった。そして、もう一度考える。

タオルを替えるのには早い、ということは理解している。
弱っている姿を見たいな、と思った。…いや、むしろ見たくない。早く良くなってほしい。
なら、看病したくて? ひまつぶしで仕方なく? …どちらも合っているような気もするが、どちらも違う気がする。
レイと話したい、というのはすこしある。
それで、無防備な受け答えをしたいとか。我ながら、勝手だとは思うけれど。

「……?」

どこかひっかかるものを感じて、ボクは、改めて自分をかえりみる。


この、ベットの中の人間は。
頼りの綱である身体が動かない状態で、そばに立たれても留意しないくらい、ボクを信じてくれていて。
簡単に寝顔を見せてくれるくらい、頼ってくれているんだな、などと思ったような気がする。

もしかしたら、ボクが急に立ち上がって傍に寄ったのは。
そして、レイをじっと眺めてしまったのは。

危機意識が高まる瞬間にさえ、警戒されない仲であるということを、確かめたかったのかもしれない。

「そうか、レイーー」

答えを見つけてレイを見ると、彼女は夢の中だった。
ボクは寝具を直す。レイは身じろぎもしなくて、眠りが深いんだろうと思った。
早く元気になってほしいものだ。
時計を見て、起きるころには夕食かなと考える。病人には危険だという、自分の料理の感覚をすこし恨んだ。彼女ならきっと、沁みるような優しい料理を作ることができるんだろう。食べてみたい。

……食べたい?

再びひっかかりを感じて、そして気付く。
言えるわけがないけれど。

ひょっとすると、ボクは風邪をうつしてもらいたかったのかもしれない。
――なんてね。



14.2.15
21.6.28


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