寝転んだまま
【寝転んだまま】
-Lying Down-
レイが、乾かし終えた髪をくしでととのえていると、キノが部屋へ戻ってきた。時間をかけたシャワーの後の、ほかほかと湯気のあがる寝間着姿だった。
キノは肩にかけたタオルで、がしがしと頭を乱暴にぬぐう。そして、垂直といってよいくらいの角度で、ベットに倒れこんだ。
「しあわせー…」
実にうれしそうな声でつぶやいて、キノはそれきり動かなくなった。レイが鏡ごしに気づき、ふりむく。
「キノ、髪かわかさないの?」
「………」
「…キノ?」
キノからは返事がなかった。
レイは不審に思って立ち上がった。くしを置き、ベットにうつぶせのままのキノに近づく。
「キノ。キノってば」
「なんだいレイ…」
ぽんぽんと肩をたたかれて、キノはうめくように返事をした。
「髪。かわかさないの?」
「ボクはもう眠いんだ」
「…寝ちゃうの?」
「うん」
「だめだよ、風邪ひいちゃうよ」
「そうだね…」
「明日たいへんなことになるよ?」
「うん…。……」
「キノ」
「………」
「キノ?」
レイが訊ねるも、キノは、次第につぶやきさえ返さなくなった。レイはあわてて体をゆさぶる。
「キノ、だめだってば、おきて!」
「………」
「おきろー! キーノぉー!」
「…う…」
うめき声が聞こえ、レイはぴたりと手を止めた。
キノがもぞもぞと顔の向きを変える。それを見るようにレイが覗き込むと、ぼんやりと目を開けたキノが見えた。
「…おきた?」
「ああ」
「かわかす?」
「明日ね」
「…おきてないじゃん!」
キノの目が閉じて、瞬間、レイは全体重をベットにかけた。
スプリングが跳ねる。
一緒にキノの体がゆれるが、キノは何も言わなかった。髪が顔にかかり、表情は見えなくなった。
レイは大きく肩でためいきをつくと、ふたたび顔を覗き込んだ。濡れている髪を指でかきわけ、
「ねえ」
「…なんだい」
キノは目を閉じたまま答えた。
「かわかしてあげるから。おきて? 鏡台いこ?」
「うごきたくない……」
「すぐ終わるよ。ほら」
「ベットがボクをはなしてくれないんだ」
「逆だよもう……」
レイは口をとがらせ、「しかたないなあ」とつぶやくと立ち上がった。その場を離れる。
気配が遠ざかったのを感じて、キノは目を開けた。レイは、鏡台に置かれたドライヤーを持ち上げるところだった。
レイはくしも手に取ると、踵を返して戻る。キノはすばやく目を閉じた。
「キノ。かわかしちゃうからね?」
カチ、と音がして、風の唸る音が鳴りはじめた。レイが、ドライヤーのスイッチを入れたのだった。
ごうごうと、温風がキノの髪に噴きつけられる。
「………」
「熱かったら言ってね」
レイは手際よくキノの髪をかわかしていく。そして、
「はい、反対」
「ん」
声にあわせて、キノも顔の向きを変えた。
徐々に髪がかわいて、指どおりがなめらかになっていく。風の勢いを弱め、レイはくしを手に取った。
本当はもっときれいにしたいんだけどなあ、とわだかまりを感じながら、それを通していると、
「いいきもちだ……」
うっとりとキノがつぶやくので、レイはなんだかおかしくなって、くすりと笑ったのだった。
140212