月が見える里には山がありません。君は月みたいに繊細な男の子なのです。 | ナノ



ふわふわ飛んでく


理緒はよく笑う。
つられるように黒子も頬が緩んだ。

今日も今日とて、二人は本の話題で盛り上がっていた。

「凄いですね、週に四冊なんて」

『そのかわり勉強しないからね。今日テスト返ってきたけど、見せられる点数じゃないよ』

「…ブーイングも飛び交ってましたね、朝返却なんてって」

『そりゃそうさ! ぼくの気分も急降下したもん。学校来るまでは晴れてたのに』

言葉のわりに怒っている様子のない理緒に、黒子はくすっと笑い、膨れていた頬をつつく。

「返却することで授業へのやる気を出してほしかった、とか」

『……そこまで頭脳派には見えなかったんだけど』

二人の担任の先生は、随分と体格の立派な体育の教員だった。がはははと豪快に笑うあの先生はどうみても、と苦い顔で理緒が笑う。

それにつられて黒子も「そうですね」と微笑んだ。



「教科書は5ページ、昨日の復習も兼ねて(1)の練習問題をやってみようか」

教師の指示にクラスメートが必死にペンを動かすなか、理緒のそれは止まったままだ。黒子に言ったことは強ち間違いではないのか、理緒は昨日のページの部分を見返し、それから筆を走らせた。


「(…結構簡単でよかったですね)」

早めに終わった黒子は窺うように、理緒の席を見た。理緒はまだ苦戦しているようで、シャーペンの先でトントンとノートをつついている。視線は教科書に向いていた。暫くそうしたあと、手にした教科書をぱたんと閉じて、力を抜くように息をはいた。

「(理緒君終わったんですね、やれば出来るじゃないですか)」

笑みが零れて、視線を黒板に戻そうとした時、同時に理緒の視線も校庭にそれた。



「理緒君、やれば出来るじゃないですか!」

途中から寝てしまっていたらしい理緒が頭を押さえて顔をあげると、淡い水色が視界を支配した。

『び、吃驚したー』

「理緒くん途中からよく寝てましたね、もう放課後ですよ?」

『あれ、帰りの会…』

「とっくに終わりましたよ。きっと下を向いていただけのように見えたんでしょうね」

『ラッキーだね』

「もう調子がいいですね、理緒君は」

クスクス笑う黒子につられ、理緒も笑っていると、ふと理緒の顔をみた黒子がきょとんとした。

「理緒君顔色悪くないですか?」

『え、そうなの?』

指摘され理緒も目を丸くした。

「先程より心なしか青白い気がします」

『体調には問題ないよ?』

「寝不足が今になって響いているのかもしれませんね。普段通りなら理緒君、昨日も遅かったんでしょう?」

『あ、うん』

悪気がまるでないようなけろりとした顔でいった理緒に、黒子はため息をはいた。

「もう、理緒君は少し身体のこと考えてくださいね。それじゃあボクは部活があるので行きますね」

『わざわざ起こしてくれてありがとね、部活頑張って!』

「はい、それじゃあ」

小さく頭を下げ、後ろのドアから出ていった黒子を、手を振って、見送っていた理緒は、人の気配が消えたのと同時にだらんと力を抜いた。


『こんな友達を騙す行為、君が知ったら何て言うのかな』

静まり返った部屋のなか、発せられた理緒の言葉だけが周りの空気に溶けこんで消えた。


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