シャボン玉少年
入学式当日。
大半の人は新しい学校生活に胸を膨らませ、浮き足だっているものだ。友達と離れそわそわしている人もいれば、早くも友達も作り仲良く談笑している人もいる。
勿論黒子も例外ではなく、いつもより表情を硬くし自分のクラスに入った。
(後ろから二列目、ここですね)
後ろのドアに貼ってあった席に無事着席し、ふっと息を長く吐き出した。
『星の王子様、好きなの?』
「えっ」
視線をあげると、夜空のような色の髪が視界に入った。彼の視線は真っ直ぐ、先程読み始めたばかりの手元の文庫本に向かっている。
『ぼくすきなんだ。読み終わると、あったかくなる』
「最後まで読んだんですか」
『うんでもちょっと難しくて。今でも時々考えてる』
彼はふっと息をはいたあと、くしゃっと表情を崩して苦笑した。
『名乗るのが遅れてごめんね?ぼくは月見里理緒。花園第二小出身なんだ。よろしくお願いします』
声変わりのしていない高い声。
落ち着き払っている態度。
ふわっと柔らかい髪が揺れ、丁寧に礼をした藍色に、何故か心臓が高鳴った。
『 黒子君って変わった名字だね』
「それは理緒君もでしょう?」
入学式から二週間。
趣味があった二人は、あの日からずっと一緒に行動していた。
『まぁ、そうなんだけど』
「急にどうしたんですか」
何を今更というような表情で、黒子は理緒を見た。隣を歩く理緒は、その視線に気づきながらも視線は前を向いたままだ。
『噂できいたんだ。バスケ部の一軍に変わった名字の一年生が入部したって。だからてっきり…』
「…それで、ですか」
『うん』
「理緒君はボクの体力テスト見ていなかったんですか?」
体力テストとはつい先日行われた、一日丸々費やして、個人の運動能力を見るテストのことだ。シャトルランや反復横跳び、握力などを含む九種目をそれぞれ計測し、最終的に五段階で評価される。
『見てたよ?でもほらバスケは五年生からって聞いたし、ボール持つと人が変わるのかな、とか』
「……想像力豊かですね」
『…そ、そんな目で見ないでよ、黒子君!』
見ていたのに聞くんですか。
そんな黒子の視線に耐えられず、言い訳するように理緒があわあわと手を動かした。
『ご、50m走遅くても、コートの中で器用に動ければいいのかなとか、敏捷性に欠けてても、パスコース読めるなら、う、上手くパスを回せる気がしたんだっ』
理緒の様子が可笑しくて、つい我慢していた笑いを吹き出す。
「…ッ!! もしいるなら是非見てみたいです」
黒子の様子に理緒もぎこちなく笑い頬をかいた。
「それに、もし一軍になっていたなら、一番に知るのは理緒君です。噂で伝わるより早く、君には伝わりますから、心配しなくても大丈夫ですよ」
ありのままの本心を理緒に伝えれば、一瞬目を見開き、直後ふんわりと笑みを浮かべた。
『じゃあぼくもそうしようかな。何かあったら黒子君に一番に伝える』
理緒のその言葉に、今度は黒子が驚いて、同じように目を見開く。
お互いの視線が交差し、同時に笑いだすのは、それからすぐのことだった。
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