月が見える里には山がありません。君は月みたいに繊細な男の子なのです。 | ナノ



木々がざわざわ


喫茶店を出て、本屋に寄ってから帰ろうという話になり、二人は駅へ向かっていた。

「理緒君は何の本を買うんですか?」

『特に決めてないよ?びびっときたら買おうかなって。黒子君は?』

「中学生の頃から応援している作家さんの新刊です」

『有名な作家さん?』

「きっと聞いたことありますよ」

『ずばり、お名前は?』

インタビュアーのように、透明マイクをずずいと向けてきた理緒に、くすっと笑ってから答えると、『あ、わかる!』と、嬉しそうにいった。

『推理小説だね』

「有名なのは殆どそうですね。ですが、今回発売なのは、実はエッセイなんです」

『…意外!』

「実は2冊目なんですよ?」

へえ!と、大袈裟なくらいに驚く理緒の素直な反応が面白い。いろいろな話題を出していくと、それにも律儀に答えてくれる。20分程あった駅までの道のりはあっという間で、二人は駅の改札を抜けた先の本屋に入った。

『ちょっと散策してくるね』

「はい」

離れていった後ろ姿を見てから、黒子は新刊コーナーを目指した。一番目立つところに何段にも山積みされた本のタイトルを順に目で追い、横歩きする。エッセイだからきっと真正面ではない。HPであらかじめ見ていた見本を思い出しながら歩く。確か、大樹の葉がイラスト風で書かれたものだったはずだ。

あ、あった…!

その本を手に取って、思わず口元が緩む。今回はどんな話がつまってるのだろう。そう考えるだけで、笑いがこぼれてしまう。

さて理緒君は、どこでしょうか?

近くを探しにでも行こうかと、本の表紙から顔を上げると、本屋には似つかわしくないやけに大きな声がした。

「よぅ!こんなとこで遭うなんてなっ」

「え。あっ!!ホントだ、久しぶり!」

集団はすぐ見つかった。本棚を抜けるとその先の漫画の新刊コーナーの前だった。

「月見里君は何読むの?」

「きっと活字がいっぱいのむずかしーい本じゃない?」

『……っ、えっ…あ、……』

「あっ、これとかツッキー読みそう!」

「買ったげよーか?ほら、お詫びがまだだったじゃん?」

『し、……静かに、しなきゃ…っ』

「えー?理緒君声小さーい。なんて言ったの?」

「てか本屋とか似合いすぎだね、理緒ちゃん」

理緒が戸惑いながら話すのも面白いのか、彼の周りを取り囲む集団がケラケラ笑う。理緒は恐いのか声が出ないようで、精一杯の忠告をしてからは俯いて震えていた。

あの集団は、理緒が怪我をした時に彼の机の周りを囲んでいた人たちだ。

ボクは急いで理緒君の元へ行こうと一歩踏み出した。その時、

『失せろ』

顔を上げた彼が、彼のものとは思えない低音で、彼の言わなそうな言葉を紡いだ。




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