言の葉の森
中学校の生活にようやく慣れ始めた。とはいってもまだ4月の後半で、1ヶ月と過ぎていない。それでも小学生の時と比べたら大きな違いで、ちょっと前までは夕焼けを見ながら帰っていた通学路も、今じゃ辺りが暗くなってからだ。
『……黒子君?』
「っ、すみません。ぼーっとしてました。なんの話でしたっけ、理緒君」
最近は集中力が散漫になる。部活をはじめたから、だなんてとってつけたような言い訳はしたくなくて、首をふって眠気も飛ばした。
『ううん。大したことじゃないから、気にしなくてもいいよ』
理緒はそういって小さく笑った。
そんな会話が何度かあったある日、小さく笑った理緒が、珍しく誤魔化さずに言った。
『ゴールデンウィークって、お休みある?』
「休みですか?」
『うん、部活のない日』
「5日のみですね」
次の日が学校ということで、その日だけは何もない。あとは他校との練習試合だったり、合同練習だったりとぎっしり予定がつまっていた。
『じゃあ…』
もし黒子君の都合さえよければお出掛けしない?
理緒の誘いでやってきたのは中学校の最寄り駅から何駅か進んだところにある大型ショッピングモールだった。
「理緒君はよく来るんですか?」
『ううん、年に何度か程度だよ。黒子君は?』
「ボクも同じです。賑やかな場所より、本屋みたいな静かなところが好きなので」
『気が合うね、ぼくもだよ』
理緒はそう言うと、黒子の顔を見てからクスッと笑った。
『じゃあどうしてって顔に書いてある』
「……っ、」
『実は母が映画のチケット当てたみたいで、これなんだけど……』
理緒の取り出した前売券には、昨年ヒットした小説のタイトルが書かれていた。
『原作の雰囲気が好きだったから、黒子君もどうかなって思って』
インタビューでも原作者さんがおすすめしてて、監督ともお互いの良さを引き出せるように作ったんだって、と続ける理緒が、いつになく楽しみにしているようで、少しあどけなさを感じる。
「見ましょうか」
黒子の一言に、理緒はふわりと笑った。
『ありがとう』
「すごく良かったですね」
『うん、とても』
映画を見終えた二人は、同じ建物内のカフェにて早めのティータイムをとっていた。
「理緒君、満足気ですね」
『映画を構成するひとつひとつが小説の雰囲気を大切にしてくれてたから、かな?音楽も、俳優さんたちの雰囲気だって、すごくこの作品に合ってるなぁって思ったの』
『原作を好きなぼくとしては大満足』と微笑む理緒は、いつもより口数も多く、本当に好きなのだと伝わってくる。
「…そこまで言われてしまっては、ボクも早く読まないとですね」
『……ぼくのでよければ貸すよ?』
「いいんですか?」
理緒 の提案に目を丸くする。
『うん。あ、でも……何度も読み返してるからページがくたびれてるかもだけど』
頬を掻きながら、ビミョーな顔で理緒が目を背けた。
「味が出ていて、いいじゃないですか!本は読まれるためにあるんですよ」
オレンジジュースを一口飲む。甘酸っぱさが口に広がり、黒子はほぅと息を吐きだした。黒子の言葉に、紅茶を飲んでいた理緒もティーカップをおいてから小さく笑った。
『そう…だよね。月曜日、渡すね?』
「はい、楽しみにしてます!」
その後も映画の感想を言い合って、あとから来たデザートを食べる。理緒君はキャラメルのタルト。上のほうがバーナーで砂糖を焼いていてカリカリしている。自分の頼んだ搾りたて牛乳のバニラミニパフェと交互に見比べた。
「理緒君って甘いのお好きなんですね」
『うん。どうして?』
「紅茶、砂糖入れてなかったのでてっきり…」
『あぁ…ぼく気分屋なの』
スプーンの先でタルトをつつきながら、理緒が呟いた。
『今は砂糖抜きって気分だったけど、数時間後には砂糖いっぱいの飲みたいってなるかも』
「そうなんですね。ボクは基本甘めが多いです。珈琲はミルクも入れないとなので」
黒子の言葉に、理緒が驚いた。
『意外だね!黒子君はブラックで、珈琲喫茶通いながら文庫本読んでそうなイメージだった』
「なんて想像してるんですか。全く」
黒子が顔を背けると、理緒が小さく笑った。
『似合いそうだなって思っただけ。これで機嫌直してよ』
一口差し出されたタルトをちらりと見て、もう一度理緒を見る。どうぞとばかりに、スプーンを揺らす彼に、内心困った人ですねと苦笑いをした。
「…ズルいですね、君は」
口に広がった甘さは、あとに残ることなくさっぱりとしていた。
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