月が見える里には山がありません。君は月みたいに繊細な男の子なのです。 | ナノ



舞い上がる


担任が許可をしている教室以外の場所。
真っ先に思い浮かんだのはこの場所だった。

「失礼します」

保健室と書かれた室名札の下をくぐる。透明カーテンが揺られ、南側から太陽の光を取り込んで、部屋全体の白さが際立った。

「あの先生、」

「えっ、あ、はい!何でしょう」

存在に気づかれないことに慣れている黒子は、淡々と知りたい問いだけを尋ねた。

「松葉杖の生徒来ませんでしたか?」

カーテンで見えないベッドの方に視線を送りながら聞く。保険医もそれにつられてそちらに目をやった。

「松葉杖の子は来てないわ。ベッドを使ってるのは貧血の子だから」

「そうですか…」

「もしかしてその子って1年生かしら?」

「はい。ボクと同じクラスの理緒く……月見里君って言うんですけど」

「月見里………。あぁ、彼ならここじゃないわ」

「何処にいるか、ご存知なんですか?」

黒子の質問に、保険医はそれまでせかせか動かしていた手を止めた。

「彼と貴方はどういう関係なの?」

どういう関係…?
そんなの決まってる。

「理緒君はボクの大切な友人なんです。趣味があうだけじゃなくて……今はまだ、ですがいつかは親友として隣で支えられるようになりたいと思っているんです」

怪我をした理緒を、傷付いた理緒を。
見るたび左胸の奥がチクリと傷む。

何も出来ないのは、もうまっぴらだ

黒子の言葉に、一瞬目を伏せた彼女は小さく「……合格」と、呟き、顔を上げた。

「月見里くんは生徒相談室にいるはずよ。カギは開いていると思うわ」

「相談室ですか」

「うん、詳しくは知らないのだけどね」

「わかりました。これから行ってみます」

黒子はお辞儀をして、入り口へと向かった。背後から「ちゃんと遅れずに授業いくのよー」と教師らしい一言が耳に届いた。


教師は隠し事が多い職業だと思う。
今はモンスターペアレントとか、プライバシーの問題とか、神経をすり減らして立ち向かわなければならない仕事になってしまっているから。

詳しいことは知らない。

そんなのただの建前だ。
職業上の秘密を隠すための嘘だ。

相談室、なんて、普通に生活していれば関わらず、その存在すら知らないような場所。
実際、小学校にあった相談室の存在を知ったのなんて、六年生になってからだった。

何かあるから相談室。
そんなの利用しなくたってわかることだ。

だからこそ相談室は、ひっそりと人気のあまりない特別教室楝の一番奥にある。



理緒君のあの変わりようといい、彼に何があったんだろう。ボクはまだまだ知らないことが多すぎる。

無意識にぐっと唇をかんで俯き気味に暗い廊下を進んだ。



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