「すみません、わからないです。でも著名人なら尚更身体を冷やすのはよくないですよ?」
驚いた。
純は目の前までやってきた高校生を見つめた。心配そうな声で、彼は自分のエナメルからタオルを差し出してくる。それは髪色と同じ、淡い水色だった。
Rain sound
『(本当にこの人は僕を知らないんだ)』
こんな近くにいても気づかない。変装もしていないから、見ればすぐにバレてしまうはずなのに。
どこにいても注目を浴びてしまう純が、こんなことに出逢ったのは初めてのことだった。何だか可笑しくて、クスクスと笑ってしまう。
こういう人は初めてだ。
テレビの中の自分と、学校の自分を知らない、全くの他人。
失礼なのはわかっていたけれど、笑いが止まらなかった。目元の涙を拭いながら、「何が可笑しいんですか」と、機嫌を悪くした彼に謝罪した。
『ごめんなさい。貴方みたいな人初めてだったから、何だか嬉しくて』
「嬉しい、ですか?」
『というか新鮮で。……タオル貸して頂いてもいいですか?』
「そのために取り出したんですから、使って下さい」
『ありがとうございます』
濡れてしまった髪にタオルを当てて、水分を拭き取っていく。段々しっとりとしていくそれを見ながら、純は呟いていた。
『…雨の日なら帽子とか被らなくても、外に出ることができますよね。僕、一度そういうことがしてみたかったんです』
撮影が無事に終わり、自宅についてから、小降りになった雨を見て、無性に外に出たい衝動にかられた。何故かはわからない。ただ何となく素のまま、出歩いてみたかった。
「このくらいの雨でも外出は駄目ですよ。長時間いたら、風邪を引いてしまいます」
『…お兄さんは優しいですね』
「これくらい君でもするでしょう?」
そう問われて、純は首を傾けた。
『どうでしょうか』
「君なら大丈夫です」
確信がありげに微笑んだ高校生の言葉は、根拠がないのに、何故だか信じられるような気がした。それは自分のことを真っ直ぐ見つめてくる瞳が、とても暖かいせいだろうか。
純は目を閉じブランコから立ち上がった。 真正面から見上げれば、澄んで綺麗な瞳が見返してくる。
『変わってますね、お兄さんって』
「そうですか?」
『普通は見て見ぬふりとかしていくはずです』
「されたんですか?」
『いえ。お兄さん以外に会ってませんよ』
「………」
僅かに表情を固めたのが見てとれて、純は内心謝罪した。
『…でも僕なら見て見ぬふりをします。いくら子供だといったって怪しすぎるでしょう?』
「自分でいいますか、普通」
『僕、普通じゃないですから。あ、困らせたくて言ってるんじゃないですよ?事実なんです』
直接他人に言われたわけじゃない。
だけど実際、僕を含め、僕の周りは普通じゃないのだから仕方ない。
でも、これ以上他人であるお兄さんを困惑させるのは迷惑な話だ。
『タオルは洗って返しますね。明後日誠凛高校の校門前で、放課後部活始まる少し前に来てください』
純はそれだけ口早に言うと、そっと高校生の隣をすり抜けて、公園の出口に向かった。
お兄さんの目には僕がどんなふうに映ってたんだろう。
歩きながら考えた。
君なら大丈夫
あの言葉には、親切のできる人という以外にも別の意味が隠されている。
ふと、そんな気がしたのだ。