ダリアの花束贈ります |
ダリアの花束、贈ります! 登校して、授業を受けて、昼飯食べて、また授業。 芽衣子が成仏してからの仁太は、学校にも休まず通って、無事二年生に進学した。部活にまでは入らなかったけど、時々アイツらとも集まったりして、なかなか充実した毎日を過ごしていた。 今日も無事に一日の授業を終えて、出口にたむろしていた鳴子に「また明日な」と、声をかけて、教室を出た。 「なーんか宿海、雰囲気明るくなったよね」 「んもー、鳴子コクっちゃいなよぉ」 出ていった仁太をぼんやりと見ていれば、春菜と亜紀がにやにやと笑いながら顔を覗き込んできた。鳴子はそんな二人の視線から逃げるように席を立って窓際に移動した。 そこは窓際の一番後ろ、クラス替えをして、また同じクラスになった宿海の席だった。 「(…まだじんたんのことは好き、だけど) ……今はまだいいんだ。友情回復期間だから」 「髪きってから人気あるみたいだし、そんなんじゃとられちゃうかもよ?宿海」 挑発するような亜紀の口調に、「大丈夫だよ」と、鳴子は自信をもって答えた。 「じんたんには想い人がいるし」 でもいつか必ず振り向かせてみせる。 そう内心で意気込んだ視線の先には、青空の下、校門に向かって歩く大好きな人の後ろ姿があった。 『じーんたん!』 前方から声がして顔をあげると、目に飛び込んできたのは琥珀色の少年だった。学校帰りなのかグレーに近い色のブレザーを着て、同色のズボンに、青いネクタイをしている。 「ほたる? どうしてここに…。学校はどうしたんだよ」 『ちょっと早く終わったんだ、だからじんたんに会いに来た!』 「会いに来たって……。駅からだいぶ距離あっただろ」 『ん? そうでもなかったけど』 首を傾けた瑠衣についため息が出た。それからもう一度見て、違和感を覚えた。 「そーいや初めて見たな、冬服は」 『いつも着替えてたからね。新鮮?』 夏服のときはベージュのベストを着ていたせいか、その印象が強く残っていた。 「そーだな」 『僕もじんたんの冬服初めてだから、なんか不思議な感じ』 瑠衣がふんわりと笑った。 「そーいや何でここまで来たんだ?」 『うん。じんたんて甘いもの大丈夫だったっけ?』 唐突な瑠衣の質問に「まぁ、嫌いじゃないけど」と答えると、瑠衣は少し弾んだ声でいった。 『じゃあ僕に付き合って! あ、このあと予定ある?』 「特には」 即答すれば、ぱぁっと先程よりも目を輝かせた。瑠衣の様子はいつもとはまるで別人のようだったけれど、余計な詮索はしないことにした。 「(いつもこれくらい分かりやすければ助かるんだけど)」 瑠衣に連れられやって来たのは、神社の近くに新しくできたカフェだった。クラスの女子が話していたような気がする。それによればイケメンの店員がいるとか何とか。そのせいか店内には女性の姿が多く見られた。 「な、なぁほたる。お前何でこんなとこ!!」 『クラスメートの子に聞いたんだ。ここの杏仁豆腐は絶品なんだって。あ、じんたんも何か頼んだら?』 いつもの無表情に戻った瑠衣は、のほほんとした口調でいった。まるで周りなど一切気にしてはいない様子で、メニューに視線を落としている。 「(んなこと言われたって!!)」 仁太は叫びたくなるのをどうにかこうにか押さえながら、メニューで顔を隠した。男子高校生二人でカフェに行くのが、これ程までに注目を浴びるものだとは、気軽にOKするんじゃなかった、などと今更ながらに後悔しても遅いことは分かっている。分かってはいるのだが、嘆かずにはいられなかった。 とりあえずコーラだけを注文し、真正面の瑠衣を見た。 「(すごく食べたかったんだな、ほたる)」 注文してからの瑠衣は、無表情ではあるのだが、どこかそわそわとしているふうであった。 「ほたる、そんな好きだったのか?杏仁豆腐」 『うん。クリームの洋菓子とかより好きなんだ 。ここはカボチャプリンも美味しいみたいなんだけど、今日は杏仁豆腐にしといたの』 「へ、ぇ」 『もしかして……じんたんホントは苦手だった?』 しゅんと声のトーンを落とした瑠衣に、仁太は動揺した。別に瑠衣を悲しませたいわけではなかった仁太は、手をわたわたさせながら、瑠衣を宥めた。 「そ、そんなことはねぇよ! ほら去年のクリスマスのブッシュドノエルだって食ってたの見ただろ、ほたる!」 『そ、だけど』 「それにこの前だって、シュークリーム一緒に食べたじゃん!!」 知利子が久しぶりに時間ができたのだといって、秘密基地でシュークリームとコーヒーのお茶会的な集まりをしたのはつい先月の話だ。 瑠衣も言われて思い出したのか、『あ、あのシュークリームひとり二個も食べたよね』と、どこかボケた解答が返ってきた。 「お待たせ致しました」 タイミングよく、飲み物が運ばれてきた。杏仁豆腐の皿も見える。瑠衣の頼んだ紅茶と杏仁豆腐が並べられ、仁太の前にはコーラと…。 「へ、ショートケーキ?!」 頼んだ予定のない、円形のプチケーキが運ばれてきていた。真ん中のチョコプレートにはハッピーバースデーじんたんの文字。仁太は戸惑いながら、運んできたウェイターに目を向けた。 「ってゆきあつ?!」 「よっ、じんたん」 噂の従業員は絶対ゆきあつのことだ。仁太はジトリとフランクに声をかけてきたヤツをみて、「俺、ケーキは頼んでないんだけど」と、言った。 『それは僕が予約しといたんだ』 「え、」 『Happy birthday to you! じんたん』 ドクンと心臓が跳ねた。 誰かに祝ってもらえること自体が久しぶりだったせいかどう答えたらいいかわからない。口からは単語にならない音だけがこぼれた。 でも、嬉しい。 結局それが言葉として出ることはなかったけど、瑠衣はそれもお見通しのような表情で笑っていた。 ×
|