夕飯にめんまの家に言ったことを何気なく口にした。

「なんつーか、流れでさ…………」


そう切り出すと、「ぼっしゅーと!」なんて、こどもっぽい言い方で、でも声は怒りを含んでいて、ご飯茶碗から、おかずや、味噌汁のお椀まで、全部めんまに取り上げられた。

「めんま……」

「そんなことしたら……ママ、めんまのこと思い出しちゃうじゃない……」

「えっ……」

「めんま、ママに……すっごくすっごく寂しい思いさせてる。これ以上ママのこと、さびしくさせたくないのッ。もうめんまのこと思い出させたくない…っ…」

涙を溢しながら懇願してくるめんまに、俺は動揺が隠しきれなかった。


「おっ、思い出させたくないって……そんなの…無理だろ。だって……」

めんまが亡くなった事実を忘れるなんてできるはずない。変えることだってもちろん、あったことをなかったことにするなんてできるはず……。

「無理でもッ!!少しでもめんまのこと、ママに忘れて欲しいのに……」

がばっと顔を上げためんまが徐々に頭を俯かせていく。脳裏に母親の顔でも浮かんでいるのだろう。

ぼろぼろと大粒の涙をこぼすめんまは、昼間にみたほたると重なってみえる。

そんなめんまを見ていたら、ふつふつと過去のめんまのセリフがよみがえってきた。

「嘘こけよ……お前、言ってただろ。忘れないでいてくれたら嬉しいって、言ってただろ!」

「でもっ」

めんまの反論に俺は左手で、テーブルに箸を叩きつけ立ち上がった。

「いい加減にしろよッ!」

めんまの肩がびくりと揺れる。
それも構わずに俺は怒鳴った。

「お前はいつもそうやって…、ひ、人のことばっか気にして……もっと自分のこと、考えろよ! いっイライラすんだよ、そーいう態度ッ」

「ぁ……」

「自分も傷ついてんのに、へらへら笑ってさ、泣くときは人のことばっかで……」

感情が押さえきれない。
こんなことって、滅多になかったはずなのに。
なんで俺、こんなに怒鳴って……

「………じん、たん」

「俺はッ!!」

ぎゅっと握った拳が震える。その時めんまの「じんたん!!」と叫ぶ声が重なって、目を開いた。

「鼻血!」

つーっと鼻を伝う何かに、はじめて気づいた。俺が手で拭いてしまうか迷っていると、めんまがわたわたしながら、テッシュ箱を持って近寄ってくる。

「ねっ!テッシュつっこんで!!テッシュ!!」

「ちょ、ちょっとまっ」

慌てためんまがやたら枚数を取りだし、俺の鼻に突っ込んできた勢いで、仰向けにすっころんだ。がつんといい音がする。その上にめんまがのった。当たり前だが、めんまが現れた日にもこんなな角度でめんまを見た時があったな、あっでもあの時は押し倒されたわけじゃなかったっけ、なんて思い出せるほどの冷静さはない。

「そんで、上向いて寝るのッ!そしたらだんだんおさまって………………………………ん?」

涙目めんまがようやく俺の異変に気づいて、言葉を止めた。

おそらくめんまの目には、羞恥心に堪えられなくなった俺の顔がうつっているはずだ。

「じんたん?」

「…………っ……」

目があうと俺はますます恥ずかしくなって、めんまを押し退けてふらふらと立ち上がった。押し退けた際に、めんまが悲鳴をあげた。

「わ、わりぃ!……お、俺ちょっと出てくるわ」

めんまを見てられなくて背を向けたまま言った。

「へっ、こんな時間に?……あっ」

めんまを置き去りに、家を飛び出した。


何やってんだ、俺。

秘密基地への道のりを歩きながら、呟かずにはいられない。ほとんどいい逃げの状態で飛びだすなんて、ほんと何やってんだ。

荒川にかかる旧秩父橋にはひんやりとした夜風が漂っていた。

あの時重なったほたるのことも思い返し、なんとも整理のつかない気持ちがわきあがる。

悶々とした気持ちは結局、晴れることはなかった。







スズムシの鳴く基地につくと、中には本来の住人ぽっぽではなく安城がいた。

「や、宿海?どうしたの、こんな時間に…」

「お、おおまえこそ、家に帰ったんじゃ……」

そしてタンクトップ姿の安城に慌てて目を背け、「てかその格好……」とどもっていると、つーっとさっきと同じ感覚がした。

「……ひゃぁ!」

安城の悲鳴に、鼻を手でおおった。

「ち、ちち違うッ!これは残留していた鼻血で、決してお前なんぞに欲情してるわけじゃ……ちょっ、ちょっと落ち着けッ」

どうにかわかって貰おうといいわけを繰り返すが、安城は聞く耳を持たずに、トランクの中のものを投げ始め、ぽっぽのエロ本とともに基地から放り出された。

「やだ!変態、えっち、スケッチ、ワンタッチ!!」

途中から支離滅裂なことを口走りながら、ついに安城はタイヤまで投げつけてきた。

その反応に俺は確信する。

「……間違いない。あいつ絶対処女だ、カハッ」


そう呟くと同時に飛んできたのは、非常食用の缶詰で、俺の意識はブラックアウトしていった。















side:???


数十分前、一本電話がかかってきた。
幼少のころから何度かお互いに連絡をとったり、二人であったりなんてこともあった。現に彼女のいなくなった数日前にもあったりしていたし。

その電話口で話したこと。

それはいないものに囚われ続けているのは良くないんじゃないかという話だった。でも多分その真意はこれ以上かき回されたくないというものだと思う。

それには賛成だった。

もういないのだ。

どうあがいたって、死んだ人間は生き返ったりなんてしない。

もう考えさせないでくれ。
もう思い出させないでくれ。

それがお互いの共通した気持ちだった。










×