side:hotaru

家を訪ねると、まだ知利子は帰宅していなかった。伯母に軽く会釈をして、家を後にした。手元の腕時計は午後五時半を指している。夏期講習がいくら長くとももう終わっている頃だろう。瑠衣はとりあえず、駅を目指して歩き出した。

……このままいけば駅だったはず。

そんな曖昧な記憶を頼りにして、昨日とは違う道を歩いていると、

「つる、鶴見さーん!」

と丁字路の向かいにあるWcdonaldから2つ結びの女の子が出てきた。片手にはノートをもって、振るようにして信号を渡る。彼女が走っていった先には紺色の髪をした女生徒が歩いていて…。瑠衣は咄嗟に建物の影に隠れた。思わず声が出そうになったのを片手で抑え、もう一方をどくどくと早まる心臓の上におく。

間違いない!

髪の色や服装こそ変わっているのにもかかわらず確信してしまった。あれはあなるだ。見間違うはずない。そしてあなるの追いかけていった少女の“鶴見さん”は、瑠衣の従姉妹の知利子だ。直感だけどあっている変な自信があった。それぞれの容姿からの雰囲気は変わっていたけど、無意識に反応できてしまうほどなのだから。何故あんなに他人行儀に話しかけるのか。影でこそこそしている僕の言えることじゃないけど気になってしまう。………二人に何があったんだろう。疑問は浮かぶけど、ひとまず二人の様子を窺うことにした。



「ちょっと待ってよ、忘れ物!


鳴子のその声に気が進まなそうな表情で知利子は振り返った。鳴子が持っているノートに気づき、無言でそれを無理やり奪いとる。

「えっ?!」

鳴子が声に出して驚く。あまりの強引さに瑠衣でさえ声に出さずに驚いてしまった。

「こういう時はほうっておいてくれていいから」

ノートを鞄にしまいながら、知利子はお礼も言わずにそれだけ言った。続けて「ミド高の子と話してるとこ、誰かに見られたら恥ずかしいし」と呟く。その言葉に鳴子は「な、何それっ」と怒りを露わにして、目線も合わさずに立ち去ろうとする知利子に「ちょっと!!」と迫った。知利子を追い越し、真正面から対峙する。緊迫しはじめた空気にこっちまでハラハラとしてしまう。

「人がせっかく持って来てやったのに」

「……頼んでないから」

冷たい口調の知利子の余計なお世話だからというようなニュアンスを含んだ一言でますます鳴子は不機嫌になった。鳴子が表情がコロコロ変わるのに対し、知利子は全く変化がない。それも彼女を煽る原因になってしまってるのだろう。

「はぁー?いつからそんなにエラソーになったの、アンタッ」

鳴子が食いつく勢いで文句を言った。

「そっちは変わってない」

そんな鳴子に対し、知利子は淡々といった。「え?」と鳴子が怪訝そうに知利子をみる。

「昔から人に影響されやすかったから、あなたは」

一度、口を閉じ目を伏せる知利子。話しているのもうんざりといった様子が、びしびしと感じられた。

「一緒にいた股の緩そうな女たちとそっくり」

その言葉に鳴子は反論出来ずに、ぐっと唇を噛み悔しそうに下を向いた。さらに辛辣な言葉が続く。知利子が顔をあげた。

「……昔はいっつも本間芽衣子の真似してたのに」

その言葉に鳴子は拳を握った。こっちにまで堪忍袋の尾が切れた音がする。歯を食いしばって、知利子を睨んだ。

「し、死んだ子の名前、軽々しく口にすんなっ!!」

怒りを露わにするように、だんっと片足で地面を踏みつけた。その一方で目からは涙がこぼれ落ちる。それをみた知利子はうざったそうに髪を掻き上げた。

「自分でいって、自分で辛くなるなんて。救えないわね、ホントに。あなたも、…ゆきあつも」

小さく呟かれた知り合いの名前に、鳴子が「えっ!」と反応するが、知利子は追求を避けるように「じゃあね」と歩き出した。対照的にしゃがみ込む鳴子。ポロポロと地面に水玉模様ができる。その様子からは相当ダメージが大きかったのが窺えた。



そんな鳴子を見て、立ち去った知利子の後ろ姿を見て、瑠衣は先回りして知利子を追うことにした。

ごめん、あなる。
でも、つるちゃんの事ほうっておくなんて出来ないから。

いいわけするようにして走り去る。ただ瑠衣の背中は汗でびっしょりと濡れていた。



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