- ナノ -




必ず見つけるよ


行けェェ!と、飛び交う声の合間から刀を休みなく振り下ろす。
次々と襲いかかってくる天人の軍勢に怯まず立ち向かい戦場を駆ける。
金属同士が激しい音を立て、爆音と煙、雄叫びと断末魔さえ混じる中で聞き間違えないのは仲間の声だ。
「名前!!」と自身を呼ぶ声に身を反転させて斬り伏せた敵を払い倒した。

「晋助!他のみんなは!?」
「ヅラが撤退の指示を出した!残ってるのは俺たちだけだッ、退くぞ!」
「分かった!」

「待て!刃龍!」と後ろから天人の怒号が聞こえたが見向きもせず後ろへ走り出す。
その背に手が伸ばされた気配を感じた瞬間、横を掠った刃が後ろへ刺さる音と「ぐっ」と絶命する一声を聞く。
小刀を放った姿勢のまま下げていた顔を上げた高杉の表情は名前でさえ身震いを覚えた。
鋭い眼光に奥に宿る光は凄まじい殺意と敵愾心だ。
そのまま向かう事で、高杉が吐き捨てた声色にも眉を下げる。

「薄汚ェ手で名前に触れんじゃねェ」
「…晋助、退こう?目ぼしい敵はアイツだけだったから逃げる時間は稼げてるから」
「…ああ」

既に事切れている天人の躯を未だ睨みつけている高杉へ声を掛けた。
やや大きくはっきりとした調子になったのは高杉に調子を戻して欲しいからだ。
行こう、と身を翻せば同じく駆け出した高杉の殺気はやや抑えられていた。
それでも滲み出る気配から憤りは消えないのは仕方ないと思う。

(今回の戦はどれだけヤラれた?…他のみんなは?)

鈍色の煙が充満する先を高杉と駆けながら思って歯噛みする。
この場で戦った鬼兵隊でさえ相当な打撃を受け、多くの同志たちと逸れた。
多方面へ展開した他の仲間たちはどうなっているか想像するのさえ身が強張る。
完全な負け戦だ、と誰に聞かずとも戦況が分かるくらいには戦場に身を置いている。

「名前、高杉!無事だったか!」
「ヅラさん、他のみんなも無事で良かった…!」
「チッ、集まれたのはコレだけか」
「すまん、俺は西方をまとめるので精一杯だった…後方は坂本たちが退路を作っている。今なら一気に退けるぞ」
「なら俺が追手を引き受ける。名前、お前は鬼兵隊を先導しろ」
「……」
「名前!」

開けた窪地で待っていた桂たち一派と合流して会話を交わす中で周囲を見渡して戸惑う。
仲間の状況を確認して、的確な判断を下す桂と高杉の会話に普段なら名前もすぐに加わる。
それでも今は反応する事が出来なかった。
いつもなら真っ先に見つけられる色がない。

銀さんは、と出掛けた言葉は仲間たちを何度も見渡して飲み込まれた。
何より見渡した自分の目が銀色を捉えられない事が答えだ。
戦場の、どんなに遠めでも見間違わない白銀の輝きがこの場にない。

(…まさか、東方の…)

瞬時に桂の発言を思い出して、戦に出る前の布陣を脳内に巡らせる。
東方に配置された隊は状況からして最も撤退が難しい位置にあった。
先ほどの発言の中にも東方について触れていないのだから察しがつく。
酷く嫌な予感が胸を占めた時、高杉の怒りを含んだ呼び声に意識が戻った。

「てめェ、聞いてるのか?ボヤボヤしてんじゃねェ」
「ごめん…晋助はどうするの?」
「突っ切って東方をあたる、運が良けりゃ他も拾えるだろ」
「…分かった、気をつけて…数はアイツらの方が圧倒的に多い」
「誰に言ってやがる」

ハッ、と名前に鼻で笑って返した高杉は抜刀して煙の先へ消えた。
それを見送りながら、名前はぐっと握った拳を横へあげて残された鬼兵隊へ指示を飛ばす。
酷い傷を負いながらも生き残った彼らの統率できるのは今この場では名前しかいない。
総督と刃龍への信頼が鬼兵隊の強い主柱となっているから。
桂もそれを理解しているからこそ、他の志士たちの統率をはかりながら動き出した。

頭を過ぎった銀色の存在は結局、名前と桂が坂本たちと合流できても見つからなかった。
それでも仲間の数を把握し、傷を負った状況と敵の位置を把握して次の手を打つ。
負け戦で動揺している彼らの精神も考えて、力強い励ましと叱咤をかけて回る。
名前が刃龍としての役割を投げ出すわけにはいかなかった。

「見ろ…!仲間だッ、ありゃ高杉さんたちじゃねェか!?」
「本当だッ!東方にいた奴らも!無事だったのか…っ」

激戦地から安全な陣へ撤退ができ、陽は暮れて夕闇が訪れようという頃。
身体を休めていた仲間たちの何人かが口々に叫ぶ事で名前も顔を上げた。
手に持っていた包帯や薬の束を落としそうになりながらも、立ち上がって身を向ける。
夕闇を後ろに、十数人のヨロヨロと近づいてくる影。
その中に銀時を見つけてホッと息を吐くはずだった…姿をしっかりと捉えるまでは。

「こりゃいかん!金時、お前また無茶したがか!?」
「見りゃ分かるだろ。辰馬、突っ立ってねェでこの死に急ぎ野郎を運ぶの手伝え」
「…誰が、死に急ぎだコノヤロー。ちょっとハシャいだだけだっつの」
「刀刺さったままハシャぐとは、やるのう」
「ハッ…、どうって事ねーよ」

高杉と他の仲間に両肩を支えられて憎まれ口を叩く銀時を先に出迎えたのは坂本で。
互いに軽口を叩き合いながらも、すぐに助け支えに入る様は素早く真剣だ。
受け答えは出来ているが明らかに弱く掠れた声の銀時の状態は重症だった。
それは具体的にどこがと告げずとも、パッと見ただけ分かるほど酷い。
2本の折れた刃先は手足に刺さったまま、真っ白な羽織はほとんど真紅に染まり歩く先から血の跡が続く。
一瞬、固まったままだった身体は銀時が呻いた事で弾かれたように動いた。

「おおっ名前!お前も手を貸してくれぜよ!」

よろける足でやっと辿り着けば、銀時を支えていた坂本が名前へも声を掛けた。
名前は黙って高杉から銀時の支えを代わって、至近距離で顔を見合わせる。

「銀さん…」
「よぅ、名前ちゃん…お前は怪我ねーな?あー、良かったな高杉…命拾いできてよ。名前ちゃんに何かあったら、てめーもアイツらの仲間入りだったぜ?」
「……」
「言ってろ、その傷じゃてめーが仲間入りじゃねェのか?」
「ハッ!誰が死ぬかっての、こんな傷じゃ俺ァくたばらねェ…ッ」

高杉へ皮肉な笑いを漏らす銀時に名前はようやく安心して息を吐こうとした。
しかし刹那、ズシリと肩の重みが増す。

「ッぐ!!」
「!?」

口元を手で押さえた銀時の咳き込む音と同時に、見えたのは鮮血。
吐き出された赤い血と共に、一気に掛かる力が増して支えきれなくなる。
揺らぐ体が、まるでスローモーションのように地に伏す光景が名前の視界を覆う。

「銀時ッ!!」と、遠くで銀時の名を叫ぶ仲間たちの声がする。
横で呼びかける坂本と高杉の声がする。
それでも名前には一瞬、全て何も聞こえない、見えない錯覚に陥った。

見開かれる目、震える体。
白に染まる視界、飲めない息。
支えきれなくなった身体が力を失って地に落ちる姿だけがゆっくりと映る。

「銀っ・・・さ・・ッ」

この時、名前が紡げた言葉は名だけだった。

その後、すぐに駆けつけた桂が的確に指示を飛ばす事で銀時は陣の中へ運び込まれた。
陣を張った建屋の一角、速やかに手厚い治療が施される外で俯いていた。
中では医療技術を持つ仲間が助けに動いてくれている、本来なら名前も加わるはずだった。
本格的な医療知識はないも応急処置や手伝いくらいは出来るのだから。
しかし、今は外で俯き立ちすくんでいるしかない。
ゆっくりと開いた両手の震えは今も止まらず言う事を聞かないからだ。

「名前、飯はまだであろう?俺が代わるから何か食べてくるといい」
「…ううん…大丈夫」

建屋の入り口から歩いてきた桂が声を掛けるも、名前は力ない笑みで返すだけで首を横に振る。
上げられた顔は確かに笑みを浮かべていたが、その表情に桂は深い溜息をついた。
「とても大丈夫には見えんぞ」と返すと名前の眉が下げられて「私なんかより銀さんの方が大丈夫じゃない」と答えた。

「東方の仲間たちを逃がすために1人で軍勢に挑んだって晋助に聞いたの…」
「奴らしいな。名前、本当はお前も分かっていたんだろう?」
「……」

桂の問いに開いたままの手を見て再び俯く。
手は相変わらず震えが止まらなかった、それは恐怖からか悔しさからは分からない。
ただどうしょうもない気持ちで胸が潰れそうなのは確かだ。

撤退するために桂たちと合流したあの時、高杉が追手を引き受けて東方へ援護しに行くと言ったあの瞬間。
真っ先に浮かんだのは、軍勢相手に1人刀を振り上げる白夜叉の姿。
名前が見てきた戦場で輝く白銀はいつだって真っ先に先陣をいく。
容易に想像できる姿であったのに、名前は刃龍である事を選んだ。
名前としてでなく鬼兵隊の守護龍として、その場に残る事を選択してしまった。

「私はッ…銀さんの傍に駆けつけられなかった…ッ…分かっていたのに!力になれなかった!!」
「お前は間違ってなどいない、あの場ではアレが最善だった」
「間違っていなくても、正しくもない…だから私は私が許せない…!」

自分自身が、と震えの止まらない拳を握って唇を噛んで込み上げる気持ちを耐える。
数回首を横に振って否定を重ねる様子に、桂は黙して部屋の様子を伺う。
ちょうど戸が開き、中から志士たちが顔を出して2人を見て笑みを見せた。

「とりあえずは大丈夫だと思います、後はしばらく安静にすれば」
「!、本当ですか!?」
「ええ、本人は意識はっきりしてウルサイくらいですから」

バッと顔をあげて聞き寄れば、志士の1人が「名前さんだけは面会しても良いですよ」と続ける。
「え?」と驚けば、「言ったでしょう、銀時さんがウルサイんです」と苦笑が返された。

「名前ちゃんに会わせろー!ってウルサくて堪らないんです…安静にさせてやってくれませんか?」
「…分かりました、そう伝えますね」

まさかの発言に少し間を置いて考えた後、頷いて戸へ手をかける。
中へ消える姿を見送った志士が桂へ振り返って小さく告げた。

「ココの壁って薄いんですよ。名前さんの声、よく通ってました」

桂が「なら邪魔者は去るとしようか」と同じく苦笑で返した。

名前が戸の先へ足を踏み入れると、ぼぅと暗い部屋を照らす灯りが揺らめいた。
先ほどまで治療のためにつけられていた灯りは既に消され、最小限の灯りだけが部屋を照らす。
縁側に近い位置に敷かれた床に、上体を起こしたままの銀時が振り返る事で息を飲んだ。
着物の上は下へと落とされ、上半身に巻かれた包帯の白さが目立つ。
部分的に赤黒く見えるのは負った傷の位置を教える、まだ血が止まらない事も。
止まってしまった足を動かしたのは、ヘラリと笑みを浮かべた銀時が手招きしたから。

「おーい?名前ちゃん…こっち来いって、銀さんが呼んでんだけど」
「…うん」
「おま…、はぁ…」

「来ねェならこっちから行くぞ?」と、仕舞には立ち上がろうとする仕草をした事から名前は焦る。
案の定、「ッ!」と痛みを伴ったらしく顔を歪める呻きと共に身体を落とした様子に血の気さえ引いた。
「銀さん!」と駆け寄る形で手を伸ばせば、その手は予想外の力で引っ張られてバランスを崩す。

「なッ!」
「捕まーえたってな?あー、ようやく堪能できるわ…俺の名前ちゃん」
「フリだなんて酷い!こっちは心配で堪らないっていうのに!」
「んな事ァ知ってる」
「なら放して?このままじゃ傷に障るしっ」
「嫌だね」
「っ、銀さん!」
「聞けねェ」

後ろへ回された手で抵抗しようと、押そうとして包帯に触れる事で止まってしまう。
どこを触っても生暖かい血の感触があるから、どれだけ多くの傷を負っているか分かるから余計に気持ちに余裕が無くなる。
放して欲しいと何度紡いでも、銀時は抱き締めから解放してくれなかった。
むしろ銀時の身体を心配して強く抵抗できない事を知っている力加減なのが恨めしい。
顔を上げて「銀さん!」と抗議を上げようとした表情は見事に固まってしまった。
そこには酷く穏やかで優しい表情があった。

「…何で…私は…」
「何で、だァ?おめェよォ…ホント、自分の事になると鈍いのな。んなの決まってるだろうが」

そう言って名前の頬を撫でた指に雫が触れた。
つぅーと音もなく名前の瞳から伝う涙が水滴になって指を濡らす事に銀時がもう片手でガシガシと頭をかく。
浮かべられた表情は罰が悪そうでも、名前に向けられる穏やかんで優しい雰囲気は変わらなかった。

「俺ァお前といてェんだよ、間違ってもお前を置いていったりしねェ」
「ッ」
「約束しただろ?この先、俺がお前をずっと護っから独りにしねェって。だから、もうそんな顔しないでくれや」

自分を責めるな、と紡ぐ声は染み入るように優しい。
名前だけは知れるその表情に対して、糸が切れたように静かに流れる涙は止まらず黙したまま頷いた。
溢れる雫を止めようと瞳を閉じた時には、その上に落とされる感触に身体がビクつく。
瞼、額、頬とゆっくり落とされた唇の感触と頬から離れた手が髪を梳いて温かい。
凍りついてきた気持ちが解けていく感覚に瞳を開くとニカッと笑みを向けられた。
対して、名前も涙を流しながらも微笑んで銀時の背へ回していた両手を前へやる。
少し空いた間に構わず両手で頬を包み込んで額を寄せ合った。

「うん、もうこんな顔はしない…決めたから」
「決めたって何が?」
「私はいつだって銀さんが大好きだって事」
「!?、お、おう?そりゃ、そうだろ…分かってるって、だからもう1回言ってくんね?300円あげるから!」
「銀さん大好き」
「ッッ…!名前ちゃんーッ!」

何を決めたのかは、ニコニコと銀時大好き宣言ではぐらかすと見事に話は逸れる。
素直な面持ちのままに繰り返した事で、顔を上に向けた銀時が何かに耐えるように言葉を切った後で叫んだ。
そのままぐわばッ!と押し倒す流れになって、さすがの名前も「え」と引きつり笑いになる。
ニヤニヤと見下ろしてくる笑みは至極ご機嫌で、ウキウキと両手を床に押し付ける様は重症に見えない。
「え?」と瞬いてようやく状況を理解し垂れる汗だったが、馬乗りになる銀時は動じなかった。

「ちょ…!?ココ、治療室!銀さん、怪我人ッ!!」
「お前、こんだけ煽っといてただで済めると思ってんのか?諦めろ、銀さんの銀さんはもうギンギンさんです」
「いや意味分からない!煽ってないし、ホント駄目だってば!」
「いただきます」
(聞く気ゼロ!?)

や、とコレはやばいと本気で身の危険を感じた瞬間、横から凄い音がして吹っ飛んできた何かと共に銀時が消える。
縁側の外へとぶっ飛んで凄まじい音を立てて落ちたモノが、戸である事に茫然とした。
「銀さんん!?」と身を慌てて身を起こして駆け寄ろうとした先に、歩いてきた背を向けて立ちはだかった。

「悪いな、銀時。全然気が付かなかったぜ」
「いや晋助、明らかに狙ってやったよね!?銀さん怪我人だってばッ…銀さん!!」
「安心しろ、どうせすぐ死ぬ」
「何で抜刀するの!?」

青筋を立てて刀を抜いた高杉にすがる形で止めようとした後ろからは、「お、やっとるのう!」と坂本が顔を覗かせた。
その後ろから御膳を持った桂が「夕飯を持ってきたぞ」と高笑いしながら入ってくる。
驚いてそちらへ注意を向けた隙に動いた高杉と、吹っ飛ばされた先から復活して青筋を立てている銀時が睨み合いを始めていた。

「上等だコラァ、高杉ぶっ殺す!!」
「こっちの台詞だッ、くたばれ変態が!」

ギャーギャー言い合いしつつの軽いチャンバラにまで発展する喧嘩に名前は呆れて肩を落とす。
重傷な怪我とくだらない喧嘩に使う体力は別物らしい、いつまでも変わらない犬猿の仲に苦笑になった。
そんな名前の変化を感じ取った桂と坂本が顔を見合わせて頷き合い、名前を呼んだ。
そちらへ立ち上がって向かいつつ、後ろへ振り返って高杉と火花を散らせる銀時を見て思った。

(これからは、必ず私が貴方を見つけに行くから)

今度こそ、1人で行かせる事のないように。
自身を責めるよりも、これからの決意を強くする方へ気持ちを切り替えて。
微笑む名前が銀時と高杉の喧嘩を止めるために上へかざした手は震えていなかった。

[ 6/62 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]