- ナノ -




第5章-3


「…ッさん!ナナシさん!良かった!」
「気がついたネ!銀ちゃん!たま!金ちゃん!」

開いた視界に飛び込んでくる光が、見知った色のある世界だと認識させてくれる。
瞬く中で、最初に新八くんと神楽ちゃんの安心した顔…覗き込んでくれていたんだろう。
神楽ちゃんが別の方向を向いて叫んだのは銀さんたちを呼ぶためだと思いつつ、感覚を思い出す身体で手を動かした。額に触れさせて、確かに自分の手がある事…そして、私が存在している事を実感する。

(アレは夢…?ううん、夢だったけれども、私の見ていた夢じゃない…)

自分が意識を失って眠りの中にいた自覚はある、そして、あの真っ白な世界を見ていた事も覚えている。ただ、姿の見えないたまさんの声が語った真実とやらが、私の妄想でも何でもなく、本当に『あちら』から語りかけてくれたのだと冷静に考えられた。
ゆっくりと深呼吸してから、まだ痛む胸を押さえつつ身を起こして手を下についた。
源外さんの発明した、この記憶復旧マッスィーンは失敗では無く、確かに成功していたんだ。

「まだ多少は痛むだろうが、直に良くなるだろう」
「ありがとうございま…!、貴方は、銀さん…?じゃ、ないですよね…」

歩いて来た気配が横に座って声を掛けてくれたので、咄嗟に返事をして振り向いて目を丸くしてしまった。
驚いて一瞬、今まで考えていた事も全部吹っ飛んでしまうくらい固まって凝視してしまう。
てっきり銀さんだと思ったのに…その人の声は本当に銀さんそのものだったから…。
けれど、真剣な表情で私を心配してくれる人は、銀さんの声と銀さんによく似た姿を持つ別人だった。格好からして、白いマントと洋風のファンタジーな装備を身に着けている…何だろう、例えるなら勇者だ。
何より、発している凛とした冷静さが、銀さんとは根本的に違う。
誰…?と、疑問が頭に浮かぶけど声にならない状態で見つめ合ってしまっていると、銀さんに似た人の方が先に口を開いた。

「驚かせてしまって申し訳ない。俺は白血球王という者だ」
「白血球王さん?ですか。…あの時、貴方がドラゴンに傷を与えて…!ドラゴンは!?皆はッ…!…いや、新八くんと神楽ちゃんがいたから…ッ」
「落ち着け。ドラゴンは暴れながら原生林の方へ逃げ去った。貴様以外誰も負傷していないし、皆無事だ」
「…良かった。あ、あの時は、助けてくれてありがとうございました…!貴方がドラゴンへ傷を与えてくれたから、私たちは助かったんですよね…っ!」

起こした身のまま、頭を下げて精一杯御礼を伝える。
そうして頭を上げると、驚きで目を見張っているような…呆けているような白血球王さんの表情がある。どうしたんだろうと首を傾げると、その表情が緩んで苦笑になった。

「貴様…いや、貴女は俺が何故あの男に…坂田銀時に似ているのかでなく、そちらの方が気になるのか」
「貴方が銀さんと瓜二つなのかは驚きましたし不思議ですけど…言われて、改めて今、思い出しました」
「記憶喪失と聞いたが…それ以前に、面白い人だ。なるほど、あの男の仲間にしては珍しく良識のある者だと思える上に、あの男が貴女に惚ぼぐぅぅ!?」
「!?、白血球王さん―ッ!!ぎ、銀さん!!何するんですかッ!!」

話していたはずの白血球王さんが消えて、私の目の前には横から伸びている右足が一本。
どう見ても見覚えしかない足の主へ声を上げれば、とても面白く無さそうに不機嫌全開な銀さんが私を見返してきたので逆に押されてしまった。

「ペラペラ勝手に余計な事しゃべってんじゃねーよ、パクリ野郎が。オイ、コイツの話なんざ耳貸すなよ」
「いや、でも恩人ですし…っというか、蹴ッ…だ、大丈夫なんです…ッ、ちょ!銀さん、動けないです!」
「だから、気にすんなってんだろが!それとも何か、銀さんよりあっちの方がタイプか!?てめーも世の中の女子よろしく誠実王子様派かコノヤロー!」
「何の話ですか!貴方が蹴り飛ばしたのが問題なんですってば!分かりましたッ、動かないですから!そっちの方行きませんから、もう少し離れて下さい!」

断固として白血球王さんの元に行かせたくないらしい銀さんの妨害で身動きは取れないに等しい。仕方ない、銀さんのよく分からない必死さから白血球王さんの元へ行くのは諦めるにしても、抱き締められて密着している状況からは脱したい!
この場合、抵抗すると逆効果だと既に学んでいるので、力を抜いて抵抗を止めて銀さんの方を向いた。お願いだと真剣に見つめ続ければ、「…!」と銀さんが押されたように顔色が微妙に変化する。聞いてくれるはずだ、と思った時だった。
銀さんの頭が私の方に向かって大きく沈んで、目の前に手刀とブーツ底を拝む形になった。

「アンタは何してんだァァ!」
「てめーもいい加減にしろや」
「新八くん…金さん…」

見事なツッコミ兼制止だと思える一撃に、撃沈している銀さんを今度は私が抱き締めて支える形になってしまった。後ろにはニヤニヤしている神楽ちゃんと肩の上にはたまニャンさんが。
腕の中から銀さんがすぐに復活して、「何しやがる!!」と怒り叫んで二人の方へ立ち上がって挑みに行ってしまったから。身が軽くなったので私も今の内に立ち上がって、白血球王さんの方を向いた。
幸いな事に、マントの汚れを掃いつつも無事な状態で不機嫌そうにしている姿があった。
良かったと息を吐くと、神楽ちゃんと新八くんが傍に来てくれた。

「全く油断も隙も無いんですから、あの人は…あぁ、すみません」
「私は大丈夫だけど…白血球王さんって銀さんの血縁の人かな?」
「いえ、彼は人ではありません。私の体内の平和を護る最強のセキュリティプログラム勇者なのです」
「セキュリティプログラム?」

たまニャンさんの話によると、たまニャンさんの身体へ侵入してくるウィルスから身体を護っている…人間で言う白血球のような存在らしい。白血球は何よりも強い存在でないといけないため、たまニャンさんが最も強いと想像する存在の形を基にしたから銀さんとそっくりなのだと。
そこまで聞いて「確かに」と納得して笑ってしまった。

「万が一の事を考え、戦いのスペシャリストである彼へもサポートを依頼していたのですが、それが幸いしたようで良かったです」
「彼は、このために、たまニャンさんの身体から助けに来てくれたんですか」
「はい。しかし、もう私の頼みだからというだけでは無いようですから、貴女が気にされる必要はありません」

私の浮かべた表情をフォローするように返されて反応してしまう。小さいけれど、確かに優しく微笑んでくれるたまニャンさんは、代わりに口喧嘩をしている三人を示した。

「俺ァてめーらのオリジナルだぞ!?もっと敬いやがれ!!」
「兄弟とは認めたが、貴様よりも俺の方が優れた存在であるのは変わりない。そこは間違えないで貰おう」
「俺は最初からてめーの欠点を克服した仕様で作られてんだぜ。逆に見習えと言ってやりてェな。アンタ、たまさんのセキュリティプログラムだろ?野郎を基にしてるにしちゃ、話の分かりそうな奴じゃねーか」
「貴様が銀を超えた金か。たま様から嫌な男だと聞いたが…確かに、この男よりは優れているようだ」
「オィィイ!!揃ってディスってんじゃねェェ!」
「負け惜しみは見苦しいぜ、不完全体オリジナル様よ」
「全くだ。見下げさせるなよ、兄弟」

銀さんを基にしている点では共通するけど、銀さんとは相性が悪いのまで共通しているみたい。全く関わりが無く、タイプも違うはずなのに、金と白は銀よりも気が合うらしかった。
いつの間にか通じ合っている金さんと白血球王さんが、銀さんへコンビ攻撃になっていた。
左右から相手をする銀さんは凄い怒ってるけれど、でも。

「…何だか似てるなぁって思えるな、あの三人」
「お前もそう思うアルか?」
「白血球王は分かるんですけど、根本は似た者同士になってきましたよね…金さんも」
「銀に金と白、私の知る限りで最強のパーティーが揃いました。これでもう怖い物はありません」

たまニャンさんの声に、喧嘩をしていた三人がこちらを向く。
銀さんが舌打ちしたのに、金さんと白血球王さんは私たちへ笑って頷いてくれた。

「銀より金が役に立つってのを、改めてアンタに教えてやるさ」
「たま様たっての頼みだが、貴女なら俺も喜んで力を貸そう」

一緒にドラゴンをハントしてマッスィーンを直す。私もたまニャンさんを肩に乗せて、新八くんと神楽ちゃんを見て、銀さんたち三人へ向き直った。



見上げる切り立った断崖は、遥か上まで険しい岩肌を刻んで頂きが見えない。
空に近づくにつれて細く、黒い影を濃く反映する変化までリアルで、仮想化されたものだとは思えないくらいだと今でも感じている。その決して登れない絶壁を眼前にしたまま、見上げていた顔の角度を戻して背後から伝わる細かな振動に首だけを向けた。

「来ます」
「はい」

肩の上のたまニャンさんが、猫耳を立てて短く警戒を伝えてくれるのに返事を一つ。
横に向けている瞳には、背後を隠すものが全く無い平野を経てから境界のように広がっている密林の奥から木々が倒れていき、地を揺らす振動が大きくなるのを映す。
メキメキ!と幹が容赦無く折られて砕ける音の道が、遠くから一直線にココまで近づいてくる。
緑の中に黒い道を作って現れるだろう姿を捉えるために微動だにしない。
背は向けたまま、油断しているとこちらを捉えて向かってくる存在に教えるために。

―俺は奴にダメージを与えたが、奴にとって深手となり、最も焼き付いている存在は貴女だ

白血球王さんが言った言葉を思い出しながら、密林の入り口になっている平野との境界へ背を向けたまま横顔を向け続ける。
あの時、攻撃を受けて引いたドラゴンが暴れながらも激しい怒りで最後まで片目で捉えていたのは、私だったのだと。ドラゴンの左目を潰した事が、最大の深手になると共に、私への憎悪を決定付けたと。怒りに我を忘れながらも、一点…定めた獲物は逃さないのがモンスターの習性であり、そこを突く。
白血球王さんが提案してきた作戦に銀さんたち万事屋の三人は反対してくれたけれど、私が承諾して意見を変えなかったので、最終的に折れる形になった。
今、できる最大限の力で最大限の努力をする事。
それが、私の記憶を取り戻すマッスィーンを復旧するために力を貸してくれている彼らに応えられる、私の唯一の精一杯だから。
逃げない、そして、譲れない。そう告げて、銀さんたちを説き負かした。
そうして、私は正面という退路を断って、背後に現れる怒り狂うドラゴンを誘き寄せている。
勢いよく木々を倒す道が、密林の入り口の直前で僅かに止まる。
ほんの数秒の止まった事さえ感じさせない短さだったけど、確かに止まったのだと思った。
見ている…燃える、鋭い怒りに満ちた、私を憎いと告げて離さない右の眼が。

(来る!)

頭で断言した瞬間、「ゴオオオ!」と今まで聞いた事が無いほどの凄まじい咆哮と共に、ドラゴンが密林を突き破ってきた。あまりの音響で視覚が歪みかかるほど、耳の痛みすら通り越す威力…!思わず身を伏せかけた私の姿を捉え続けるドラゴンが、吼えながら真っ直ぐに平野を突進してくる。
私の目の前は絶壁で逃げ場など無い…逃げるつもりも無いけれど、ドラゴンはソレだけを見据えている。自身に屈辱を与えた獲物を、自身の手で喰らい仕留めるために。
四肢を大振りにして突っ込んできて、ガチガチ!と噛み合わせた牙の並ぶ大顎が私の方へ広げられる。あと数歩…!突っ込まれれば、この身は、広げられている大口に噛み砕かれる…!
そのためにドラゴンの顔が横へと傾けられて、左側が外を向いた時。
この時だった。

「でやぁああ!!」
「ほわたァアア!」

数秒、傾けられた事で視界が狭まったドラゴンの死角の横へ、潜んでいた新八くんと神楽ちゃんの突撃が決まる!真っ直ぐに一点集中で叩き込まれる強烈な縫い針の勢いある突きが、無防備になっていた喉に直撃して、上がる悲痛な吼え声…!
私という標的を捕らえ損ねて空ぶって閉じる大口は、眼前に等しい状況の刹那。
ドラゴンがのたうち、横へ転がる所へ左右の宙から高く跳躍してくる二つの影は、金さんと白血球王さんだ。

「顔横のヒレです!ヒレを押さえて下さい!!」

たまニャンさんの叫びで、舞い降りてくるタイミングも鏡のように絶妙に左右対称だ!

「大人しくなりやがれェ!」
「逃がさん!!」

雄叫びと繰り出された針の刃が風を斬る威力が、ドラゴンの顔両サイドにある大きなヒレを捕らえて…!地に縫い付けられるように頭を落とすドラゴンの上で、金さんと白血球王さんがこちらを見て叫んだ。

「「今だ!!やれ!!」」

こちらを、前を…正確には、私が見上げていた遥か上の断崖の頂きへ。
重なって向けられた声へ、離れた位置にいる新八くんと神楽ちゃんの声も加わって。
真っ青の空の色と日差しから出来る影の黒の色しか無かった上に、銀色の輝きが現れた。
絶壁を蹴り、落下してくる勢いのまま、「これでェ!シメーだァア!!」と、銀さんの叫びすら振り下している針へ力を加えるように。重力に逆らわない落下が気を裂く凄まじい圧になって、下に封じられているドラゴンの脳天へ最大の一撃を与えた。
咆哮!断末魔だろう…ッ!銀さんの落とした針が、たまニャンの割り出した急所を正確に突き刺し、致命傷になったのだと大きく充血する右目が物語っていた。
身体を強張らせたままで、汗の一粒すら全身で感じている私を最後まで瞳孔に映し続ける大きな目が…ゆっくりと閉じられていく。のたうち暴れようとしていた四肢が垂れ、翼と尻尾が下へ落ち、首が完全に動かなくなった事で伝えられる。事切れたのだと…。
少しの間、全身を警戒させたまま動かないドラゴンを見続けて、それが本当に骸になったのだと分かった。

「や、やった…!やりましたよ!!」
「ハントしてやったアル!」

最初にジャンプで喜んだのは、新八くんと神楽ちゃんだった。
それを合図に、ドラゴンの上にいる銀さんたちもヤレヤレといった笑みを見せて力を抜いたようで…。視線を合わせた瞬間、襲ったのは立っていられない身体の重さだった。

「!」

自分でも随分情けない形で、地に腰を落としてしまったと思う。ヘナヘナといった効果音が見えるくらいだと恥ずかしくなったけど、不思議と顔に出たのは笑いだった。

「オイ!大丈夫か!?またどっか怪我してッ…!!…おめー…」

弾かれたようにドラゴンの骸を蹴りながら、こちらへ駆け下りてきてくれたのは銀さんだ。必死で珍しい真剣な表情が私を見下ろした途端に、脱力したような微妙な緩んだものになった。

「…安心したら、腰、抜けちゃいました…」

気持ちのままに見上げて紡ぐ、素直な本音。
怒ったり馬鹿にされたりはしないと確信している自分が、大丈夫だと思っているからで。
私を見下ろしている銀さんが一度だけ目を大きく開いてから、それからフッと息を吐いた。

「ホント、無茶苦茶な女」

そうして差し出してくれる掌へ、私も微笑み返して手を重ねた。



多少の怪我は負ったりしたものの(と言ったら、「お前だけだ!」って全員に怒られてしまったのは耳が痛い)、無事にドラゴンをハントするというクエストを達成した私たち。
たまニャンさんと金さんの指示に従って、なんやかんやで無事にマッスィーンの外へ出て、元の大きさにも戻る事ができた。助けてくれた白血球王さんとは、先にマッスィーンの中で別れないといけないのは悲しかったけれど…御礼を告げて、さよならではなく代わりに握手を交わしたから、寂しくは無い。
また、きっと縁が重なれば、違った形で出会えるだろうと彼も笑ってくれたから。
たまニャンさん…いえ、たまさんがくれた縁は、また一つ私の中で今の『色』になった。
全てが落ち着いて、源外さんのお店の中で改めて記憶復旧マッスィーンに向き合う。
元に戻った私たちへ、源外さんも最初にしてくれたのは声を掛けてくれる事だった。

「とりあえずご苦労さん、良くやったな、てめーら…とだけ褒めてやる」
「偉そうな口叩けるんなら、完璧に直せてんだろうなクソジジイ」
「今度こそ成功するアルな?成功しなかったら、私がお前を小さくしてマッスィーンに放り込んでやるヨ」
「それ、僕も賛成するよ。源外さん…本当にお願いしますよ」
「分ぁってる、分ぁってる!俺の腕を信じろ!なァ金の字!」
「やるだけやったんだ、後はアンタの仕上げ次第だな」

カラクリでも今回の出来事は骨が折れたと思う…源外さんの軽快な調子より、銀さんたちへ賛同するように金さんの答えも厳しい。けれども、ペンチを動かして最終修理を行う源外さんは一人元気だった。
疲労で腰掛けてしまっている私たちも他に言う事も無く、休みも兼ねる静けさを保って数十分くらいだったろうか。「良し!」の一声で源外さんを見やる。
やり遂げたように汗を拭ってから、手に持っていたヘッドホンが私へ投げ渡された。
両手で受け取って思わず見つめてしまう。

「今度は、あんな風に途中で故障しねェ…上手くいくはずだ。やれるか?嬢ちゃん」
「はい、お願いします」

躊躇は無い、そのために待っていたから。
すぐにヘッドホンを装着して、最初にした位置まで距離をとり、両手で耳の部分を押さえる。
見守ってくれている三人の視線を受けつつ、「いくぞッ」と合図でマッスィーンを起動した源外さん、そして配線へ信号を送ってくれている金さんを見た。
最初と違うのは、瞳を閉じない決意だった。
マッスィーンが青いランプを点滅させて、小刻みに振動しながら動き出す。
金さんが配線を通して信号を送ってくれてから、徐々にビリビリとした感覚が伝わるはずだ…一番最初を思い出してから瞳を伏せた。

(私は…)

想う心は思い出したいと強く願うものであるはずだと、刺激を待つ直前まで考えていた頭によぎったのは、あの真っ白な夢の世界で繋がった『あちら』のたまさんの事だった。
私は、ココにいてはいけない存在。本来、ココにいるはずが無い存在。
私が失ってしまっている大切な約束。
そこまで思い描いてから…ハッとなったのは、待ち続ける刺激が無い所か、起動していたマッスィーンの振動が明らかに小さくなっていくのに気がついたからだった。
私だけでなく、源外さんも金さんも訝しげな顔をしているから気がついているんだろう。
けれどもマッスィーンの起動による振動は微小になって、最後には青いランプが静かに消えてしまった。
落ちる静けさに、何にも変化の無いまま私もヘッドホンをあてたまま佇むしか無い。
銀さんたちと戸惑いの視線を交わしてから、新八くんが静寂を破った。

「ひょっとして、マッスィーン…止まっちゃってます?」
「いやいや少しばかりクールダウンしてるだけだろ、ローディングなーう!的な待ちだろ。そーだよなァオイ」

大丈夫大丈夫と何故か銀さんが答えていたけれど、それは大丈夫であって欲しいという願望からなのだろうと思う…。しかし、沈黙してしまったマッスィーンを確認していた源外さんが振り向いて答えたのは、まさかの結果だった。

「ああ、止まっちまってるなコレは」
「へェそーか、止まってんのかぁ…って待てやコラ。こんのインチキジジイ!どこが修理終わっただ!あんだけ苦労させて、またぶっ壊れてんじゃねェェか!」
「いっそコイツをハンマーで叩いた方が直りそうネ、やってみるアル」
「おう、良いな。やってみるか」
「ちょ、ちょっと待った二人とも!気持ちは分かるけど押さえて押さえてーッ!」

今にも据わった目で源外さんへ『打出の大槌Z504型・改』を向けそうな雰囲気なのを止めるために、慌てて間に入るようにする。後ろから、金さんが配線を外しながら口を開いた。

「壊れちゃいねーよ、止まっただけだ…起動を終えてな」
「はぁ?そりゃどーいう意味だよ」
「そのままだ、正常に起動して動き終えたって事だよ…」
「でも最初の時とじゃ全く感じが違いましたよ?それに、ナナシさんは…」

激しい音の静電気も脳内へ響く痛みの刺激すら無く、私はただヘッドホン越しの耳に手を添えて立っていただけ。新八くんの言いたげな視線を受けて、ヘッドホンを外しながら無言のまま困った笑いを浮かべるしか無かった。何の変化も無く、新たな記憶が思い出せたようでも無い。
「…」と走った短い沈黙に、この場の全員に過った結論は同じだと感じられた。

「つまり何か…?結局は何も収穫無しって事だよね、コレ。…ッほぼ失敗してるだろーがァァ!」
「だから起動は成功してんだ!失敗じゃねェ!嬢ちゃんだって、何か分からねェ声みてェなの思い出せたって言ってたじゃねーか、収穫あっただろ!」
「そんなうろ覚えなモン手掛かりにもなりゃしねーよ!失敗だろーがァ!」

成功!失敗!の言い合いを続けて喧嘩になってしまっている銀さんと源外さん…。
どちらの主張も間違っていなくて、何も言えないままでいると、新八くんと神楽ちゃんが心配してくれた。

「と、とりあえず、少しでも思い出せた事があったのは大進歩ですよ!もしかしたら、遅れて次々思い出すのに繋がる効果かもしれませんし…!ねッ、その可能性もありますよね!?…銀さんも源外さんも喧嘩止めて下さい!」
「そーヨ、チコンセーだヨ」
「遅効性ね、遅効性!ですよねッ、金さん」

二人に目を向けられた金さんは何かを考えるようにしてから、薄っすらとした笑みで短く肯定を返してくれたんだけれど…。

「無いとは言えねェな…」

私へ向けてきた視線には、他に問うような含みが感じられて。
それでも答えなんて私には言えないから、結局、最初と同じまま曖昧な笑みで濁した。

「その可能性も待ってみるよ。私も、今日思い出せた事をゆっくり考える時間が欲しいなと思うから…」

「誰かの声に思えた記憶ね…!」と、後から慌てて付け足したのは我ながら変に感じたんだけど…。二人は安心してくれたようで指摘はされなかったのが幸いだった。
まだ言い合いをしている銀さんと源外さんへ「そろそろ本気でおやめ下さい」と、たまさんがモップで凄んで止めている。呆れる新八くんと神楽ちゃんの意識が私から逸れたから、僅かに瞳を伏せられた。

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