- ナノ -




Bless all of you(落花流水)


勢いよくクラッカーが鳴らされて、周囲から祝いの言葉が重なる。
落ちてくる色とりどりの紐を頭の上にのせたまま、瞬く銀時の目の前には大きな苺のホールケーキ。
ホワイトチョコのプレートには『ハッピーバースデー!銀さん!』と可愛らしい文字が書かれている。
もう一度、死んだ魚の目を瞬かせて、それから目線を周囲へ。

「驚いて声も出ないアルか?みんなで奮発した特大ケーキネ!」
「んなんじゃねーよ。美味そうだと思ってただけだっつーの」
「そんな事言って、実は照れてるんじゃないですか?」
「照れてねーよ!あと神楽ッ人を指さすんじゃありません!」
「嘘バレバレ、イイ歳コイタ大人ノ癖ニ耳真ッ赤ニナッテルヨ!」
「あら、本当だねぇ」
「違ぇえっつってんだろォォが!こんな狭い店の有り得ねェ人口密度が暑苦しいからだ!」
「ボロ狭い店で悪かったね」

指差してニヤつく神楽や新八の言い方に、我慢しきれなくなった銀時がキレて叫ぶ。
あっちもこっちも暑苦しいんだよ!と、示したのはカウンター席以外のテーブルでご馳走と酒を口にしつつ、楽しそうに盛り上がる面々だった。
スナックスマイルのキャバ女たち、柳生家やカマっ娘倶楽部、吉原百華を始めとしたかぶき町の住人たちが混じり合って、どんちゃん騒ぎ。
そして、狭いと称したのは何を隠そう、銀時の誕生祝いのために貸し切りにしている『スナックお登勢』の店内なのである。

「つーか、コイツら飲み食いしにきただけだろォ!え、今、主役がローソクの火消す盛り上がるシーンだよね?なに?ほとんど銀さん放置でデキ上がってんじゃねェェか!!」

バンッ!と机を叩いた渾身のツッコミも、ハッピーバースデートゥーユーする数少ないまともな面子に効果無し。
怒りマークが浮き出まくっている銀時が一向にローソクの火を吹き消さないため、横から神楽がフッと軽い息で吹き消してしまった。

「あぁぁあ!?神楽ァアお前ぇぇ!!」
「早くケーキ入刀に入るアル」
「神楽ちゃん、それ披露宴だから」
「そういう問題じゃねェ!!ぁぁぁーッ俺のォォー…!」
「銀時様、まだ火をつけられますが最初からやり直しますか?」
「いーよ、もう斬っちまえ、カットしちまえ」

怒り叫びが今度はジト目に据わってしまう。
静かになった銀時の前から移動したケーキは、たまとキャサリン、お妙たちの手で綺麗に分割されていく。
配られていくケーキは、お酒が入って盛り上がり好調な面々にも大好評なようであった。
いつのまにか、お誕生日席と座らせられたカウンター中央の席で銀時だけが静か。
何だろう、この主役置いてけぼりな感じは。

自分の誕生日だよな?と、頬を引きつらせるていたが、視界に入った姿に視線が止まって死んだ状態だった目に力が戻る。
テーブルの合間を行き交っていたため、今の今まで視界に入れられなかった姿…名前だった。
あちらも銀時の向ける意識に気づいたらしく、足を止めてこちらを向く。
目を丸くする名前と逸らさない銀時と、周囲の馬鹿騒ぎを背景のようにも思える。
口を開き、僅かに「名前…!」と銀時が呼び掛けた時、名前は何かに気づいたように柔らかく表情を綻ばせた。

「ッ」

途端に呼び掛けた名すら喉につっかえるような形で飲み込んでしまった。
その表情、きっと当の本人も浮かんだ感情のままに自然と漏れた笑いなんだろう。
けれど、向けられたのだと自惚れに近い確信があるからこそ湧き上がる感情が胸を満たす。
普通なら表に出してしまいそうなソレを、何とも言えないような微妙な表情を保つので終えられるのは銀時の持つ捻くれの性が成すものだった。

傍から見れば、特に反応を見せずに素っ気ないと感じられるような銀時の仕草でも、名前はそのまま佇んで反応を待っている。
だから、視線を戻した銀時が先ほどとは違う好転した気持ちで、席から腰を上げかけて名前を呼び止めようとした。
そう、呼び止められるはずだった。
横から視界を黒で遮られなければ。

「旦那、お誕生日おめでとうございます」
「…何でてめーらがココにいるんですか」
「こっちだって好きで来てんじゃねーよ」
「だったら帰れッ今すぐ帰りやがれッ!そして、どけ!俺の前から今すぐどけェ!!」
「あァ!?いきなり何しやがるッてめェ!」

見事に正面を塞ぐタイミングは狙ったようにしか思えず。
不機嫌極まりない土方とは異なって、隣の沖田はいつも通りの態度で手を挙げて銀時へ祝いの言葉を述べてくれる。
それでも、せっかく回復しかけていた気持ちを文字通り真っ黒に暗転させられた銀時の機嫌は最悪に逆戻り。
土方と掴み合いからの喧嘩になりそうな勢いを、割って入った沖田が宥める形になった。

「せっかくの宴会だってのに、主役と招待客が喧嘩なんざ無粋ですぜィ」
「宴会じゃないからね、銀さんの誕生日祝いだからね」
「にしても、その主役が随分と荒れてるじゃないですかい。何かあったんで?」
「俺は、飲み食いしにきただけのお前らじゃなくて、あっちにいる可愛い名前ちゃんトコに行きてェの!分かったんなら、とっと退け、」
「でも旦那、名前なら買い出しに出たみたいですぜ」
「え」

ホラと、沖田が示した方向は正面ではない。
先ほどまで各テーブルへケーキを忙しく配っていたはずなのに。
銀時が見たのは、何やらリストを手にして店の玄関から慌ただしく出て行ってしまう名前の後ろ姿だった。

茫然に尽きる。
見事に固まって見送るしかない銀時が沈黙を続けるのに、さすがの土方も居心地悪そうな咳払いをする。
そこへ出て行った名前と入れ違うように近藤と山崎が入って来てから、こちらへとやって来る。
「万事屋の旦那、今日はお誕生日おめで…っ!?」と言いかけた山崎は銀時を見て途中で言葉を切ったのだったが。
「おう、めでたいな!万事屋!」と笑いながら祝う近藤は止まらずに、手に持っている束を差し出してしまった。

「コレは俺たち真選組からだ!どうだ、良いバナナだろッぅぅお!?」
「んなモンいるかァァア!!」

手の中から光の速さで消えたと思った特大バナナの房は、顔を引きつらせて謎の声を上げた近藤の顔を掠る羽目になった。
けれど悲しいかな、青筋湛えて機嫌が最低最悪な銀時に反し、宴会状態となったパーティーの中で名前と話す機会は全く得られずに終わってしまった。

派手な騒ぎがお開きになるように解散となったのは、日付も変わって随分経ってからであった。

パーティーの途中で、既に意識がトロトロし始めていた神楽と新八を促して上へ連れて行って。
食べら終えられた食器やコップやジョッキ、空の瓶を片付けて洗い場と交互に行き来して。
抜けて帰っていく面々と会話をしながら見送ったりして。
気がつけば、招待した人たちの姿は無くなり、残りの後片付けをするお登勢とたまとだけになっていた。
キャサリンは開いている席で酔い潰れて夢の中である。
仕方ないな、とタオルケットをかけて苦笑する名前へ声を掛けたのはお登勢だった。

「名前、お疲れさん。色々頼む形になって悪かったね」
「いえ、皆さんがいてくれたから銀さんも何だなんだ言いながら楽しそうに盛り上がって…見てるだけで私まで嬉しくて舞い上がっちゃってました」
「確かに名前様の今夜の脳波数は通常よりも倍の波形を記録されていましたね」
「そこは測定しなくて大丈夫ですから、たまさん…」
「分かりました、ではアドレナリンの分泌量の比較を」
「いやいや、私の測定はしなくてOKって事ですって!」

机を吹き終えたたまが勝手な計測を始める前に、慌てて訂正を入れて説得する。
そのやり取りをフッと笑ったお登勢はタバコに火をつけて、冷蔵庫へ顔をやった。

「アンタ、結局、自分の分のケーキ食べてないだろ?そっちに冷やしておいたよ」
「えっ、私の分まで残しておいてくれたんですか!?」
「当たり前じゃないかい。こっちは良いから、ソレ持って上で休んできな」
「でも…」
「良いから良いから。後は私とたまで十分だよ。日持ちもしないケーキなんだから、美味しい内に味わっといで」

最初は応じるつもりは無かったのだが、たまにラップされたケーキを持たされて扉の方へ押されてしまえば半ば決定されたに等しい。
迷った末に結局、完全に見送る態勢でいるお登勢とたまへ軽く会釈して扉を閉めた。
真夜中なせいもあって、一番街の方角から光と声が見え聞こえるが、この通りは静かで暗い。
パーティーを無事に終えた事もあって、力を抜いた息を吐いて横の階段へと向かった。

(銀さんも疲れて寝ちゃったかな?)

新八と神楽は先に寝入ってしまっているは知っている。
いつの間にか上がってしまった主役も、お酒が入ったテンションで騒いでいたから撃沈しているのではないかと想像して小さく笑ってしまった。
けれど、2階の玄関から漏れている灯りを見てから、笑みは驚きに変わる。
足音が聞こえてきていたのだろう、すぐ前という頃合いで扉が開かれた。

「!…」

全開ではない、ちょうど名前が通れる幅まで静かに開けられた隙間。
ひとりでに開いたかのように見える状態でも、名前が中へと身を入れれば扉が締められたから違うと分かる。
開閉する側の壁に背を預け、腕組状態の銀時が立っていたから。

「ありがとう、銀さん」
「…おう」
「もしかして待っててくれたの?先に休んでくれて良かったのに」
「別に。眠れなかっただけだ」
「?…、酔いがきつい?お水、いれようか」
「頼むわ」

靴を脱ぎつつ、玄関から事務所の方へと移動している間の会話。
答えはあるが、明らかに短くぶっきら棒な内容だったために名前は銀時を見やる。

(何だか不機嫌?)

怒るには届かず、普通には当たらない。
面白く無さそう、拗ねている、と感じられてから考える。
ケーキをテーブルに置いて、冷蔵庫から取り出した水をコップに注ぐ間に長椅子に銀時が座る音を聞いた。

(…そう言えば、お祝い始まってからまともに話せて無かったかな)

ゆっくりと思い返せば、慌ただしい中、何度か銀時と目は合っていた。
その度に何か口を開きかけていたり、名を呼ばれた気がするのだが、ことごとくタイミングが合わずに終わっていたと思う。
忙しく動き回っていたから意識できなかった事が、今の落ち着きならば感じられるものがある。
コップを手に振り返れば、座っている銀時の目だけが向けられて確信した。

「あの…怒ってる?」
「怒ってねェ。ケーキ食うんだろ」
「うん」

当たりだなぁと苦笑いを浮かべつつ、近づけばフイと顔を逸らした仕草さえ不快にならない。
数歩足を進めて、とある事を思いつき、途中で食器棚の方へ引き返す。
当然、銀時も感じ取っていたが、眉をピクリと動かしただけで何か言う訳ではなかった。
名前は棚を開いてから、手に目的のものを包むとフォークを一つだけ持って銀時の下へ足を戻す。

隣に座っても、逸らされたままの顔だったが。
気にせず、一人分にカットされているケーキにかかるラップを外して、フォークを置いた手とは別の手を開いた。
そこから見えたモノに、銀時の顔が思いっきり方向を変えて名前へ。
動きを止めずにケーキへと刺されたのは小さな一つのローソクだった。

「おまっ…コレ」
「ローソクの火、神楽ちゃんに消されちゃってたものね。前に残ってたものを思い出して…一本だけだけど」
「……」

ライターで灯された小さな灯が、小さなケーキの上で揺れる。
僅かに目を開いたままの銀時へ向き合ってから、一呼吸の間を置いて紡いだ。

「日付変わっちゃったけど、お誕生日おめでとう!ローソクの火、吹き消して貰えないかな?」
「…しょーがねェなァ、名前ちゃんだから特別に聞いてやんぜ」
「ふふっ、ありがとう」

ったく、と小さく応えた相槌の声色は軽くて優しい。
仕方無さそうに吹き消された様子に顔を綻ばせて喜んだ。
すると、ようやく口端を上げて笑みを見せた銀時が己の膝上を自身の手でポンと叩いて「ん」と示す。
最初、ポカンとしていた名前だったが、銀時の向けてくる目と手の仕草で求められている事を理解した。

普段ならば、中々しようとは動かないけれど。
気恥ずかしいという考えと迷いを今だけ抑えて。
腰を上げて、銀時の傍へと寄って引かれるままに納まった。

人一人分の体重だ、重いだろうにという躊躇も我慢。
不安定と思わる態勢でも、膝の上に名前を乗せてしっかりと腕を回して抱き込む銀時は非常に機嫌良さそうで。
本当に嬉しさを溢れさせるように表情に隠さず雰囲気が告げていると感じられるくらい。
そんな風に包み込まれてしまえば、気恥ずかしさも意識の外だ。

「食べる?」
「名前ちゃんが食べさしてくれんならな。あとよ、銀さんに他に言う事あんだろ。ちゃんと言ってみ?」
「うん、じゃあ言おうかな」

フォークに刺したケーキの一口を開かれた銀時の口へと運んでいって。
大切に、自分の気持ちを込めて。

「貴方とこうしていられるのが嬉しい。銀さんが、笑って、それでみんなも一緒にいるの…盛り上がって、ね」
「それで?」
「でも、時々、私だけを見てくれるでしょう。銀さんがね、私の事考えてくれてるって想える時がね、凄く幸せ」
「他には?」
「大好きでね、愛しくって…でも、伝えきれないくらいんじゃないかってくらい気持ちがいっぱいなんだよ」
「ほぉ?」

一口、また一口が食されていく毎に紡ぐ気持ちも一緒に伝わっていると。
時折、銀時に反転させられたフォークの一口の甘さを己も味わって。
互いに広がる甘くて暖かな気持ちでむず痒いけど、それ以上に感じるのは途方もない嬉しさ。
空になった皿にフォークが置いた時、頬を上気させたまま伝えた。

「だから、誕生日だけじゃない…これからもずっと貴方の沢山を私に祝わせて下さい」
「約束だぞ、コノヤロー。ずっと、一生だ」
「うん」

後ろへ倒された長椅子の背を感触に、覆いかぶさって来た銀時の重みを受け止めて。
その背へと手を回して何度も頷き応えた。

[ 26/62 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]