- ナノ -




2人ライブラリ(うちは イタチ)


早過ぎず遅過ぎない朝の時間帯。
身支度を済ませて廊下を歩き、居間へ向かえば既に美味しそうな匂いが漂っていた。
食卓には定位置で静かにお茶を飲むフガクの姿がある。
台所で鍋を見ていたミコトが、こちらへと振り返って微笑んだ。

「おはよう、イタチ。今日はゆっくりなのね」
「おはよう、母さん。おはようございます、父上」
「ああ」

母へは軽かった挨拶が、父相手にはどうしても堅苦しさを含む。
敬語混じりで話す微妙な距離は成長した証であり、父と息子の暗黙の関係になっていた。
イタチの挨拶にも表情を変えずにお茶を口にしながら、手に持つ木ノ葉新聞をめくる。
それもいつもの事だ、イタチは特に気にせずにいた。

「今日は休みを貰ったそうだな」
「はい、取るように言われましたので」
「言われました、か。任務に没頭するのも良いが、息抜きも大事な事を忘れるな」
「分かっています」
「……」

イタチへチラリと視線を向けてから、すぐに新聞へと視線を戻される会話。
少々厳しめの声に返される淡々とした冷静な返しが、傍から見れば冷めたやり取りに聞こえなくもない。
間に挟まるミコトだけが苦笑を浮かべた。

「サスケは変わらず任務なんですって。久しぶりに貴方と過ごせたかもしれないのにって残念がってたわよ」
「急に決まったんだ。サスケには今度休みを合わせるって言っておくよ」
「それなら、あの子の機嫌も直るわね」

本人は気にしていないと振る舞っているつもりだったようだが、明らかに機嫌悪そうに任務へと出て行ったのを思い出す。
ミコトがイタチのフォローに頷くと、イタチは身を玄関の方へと向けていた。

「少し出掛けてくるよ。夕方までには戻れると思う」
「どこへ行くつもりだ?修練場じゃあるまいな」
「違いますよ、木ノ葉図書館です」
「図書館だと?」

修行するつもりじゃないだろうな、と睨みを利かすフガクに否定を返した。
その物言いに、しばしば面食らったフガクが厳格な表情を崩し気味でいる。
理由は分からなかったが、父の珍しい様子に珍しさを覚えつつも補足する。

「名前と会う約束をしているので。じゃあ、いってきます」
「…そうか」
「いってらっしゃい、名前ちゃんによろしくね」

名を紡げば、ゴホンと咳払いして表情を戻すフガク。
ミコトが代わりに応えたので、イタチは歩いて玄関へと向かい出していた。
その背を見送ったミコトが残されたフガクへと視線を向ける。

「小さな進歩ですね、あなた」
「何の事だ。それより、茶をもう1杯だ」
「フフッ、分かりました」

何やら含み笑いを向けられて、散らすように飲み干した湯呑を示す。
相変わらず不器用なこの人似だから、イタチもあんな性格なのかもしれない。
妻として母として、2人を知るミコトは微笑んで思い出す。
先ほどのイタチの表情、穏やかで優しかったから。

家を出たイタチは人通りの少ない静かな道を通りつつ、里の奥にある大きな図書館へと到着した。
平日であるせいもあって、中は数えるほどしか人が見えない。
奥へ行けば行くほど人はおらず、独特の静寂さが漂っていた。

(静かだな…)

日常の物音や人の会話が一切ないもの静かな雰囲気と空間。
幾つも高い本棚が並び立ち、奥へ進めば進むほど書物だけでなく古い巻物も見えた。
古めかしい紙質と掠れた文字は筆で書かれていて読みにくくなっている。
歩いていきながら、流し見する棚に置かれている書物や巻物が明らかに一般の者が触れるものではないと伝わる。
そのはず、イタチが進んでいる先は図書館の中でも関係者以外立ち入り禁止区画に入っていた。
人気のない静寂へ拍車をかけている一因、そして、最奥に近い窓辺で姿を見つける。

「名前」
「……」

ホコリを透かしている陽光のあたる位置に腰かけて、古い巻物を広げて目を通している。
いつもの調子で呼んでみたが、案の定、気づく訳もなくて。
苦笑を浮かべつつ同じ高さになるよう膝をつき、顔を近づけた。
巻物の文字を追う空色の瞳が明るく透き通って見えた。

「名前」
「!、わ!?ビックリした!いきなり驚かさないでよ、イタチ!」
「さっきもちゃんと声を掛けたぞ。気づかないお前が悪い」
「え、そうだったの?ごめん、つい夢中で気がつかなくて…」
「ずっと読んでたな。片付けが進んでない」
「うっ…だって、面白くて…」
「そんな調子だと終わらないぞ、任務」
「分かってるよ!ちゃんとするってば!」

ようやく気がついて上げた声は純粋に驚いたのを隠していなかった。
周囲の気配を注意していないほど夢中になっていたのだと告げる名前の軽い謝罪に苦笑を隠しつつ、わざとそっけなく示す。
指差す先は、名前が積みっぱなしにしている書物と巻物の山だ。
整理しようと分けたまでは良いが、途中で放置しっぱなしになっていると見てとれる。
広げている巻物の長さからして、恐らく結構な時間をかけたのだろう。
手を伸ばして書物を確認しながら、「片付けるぞ」と促す。
すると、「ん!」と笑った名前も巻物を巻いて立ち上がった。

「イタチは知ってる?昔、火の国では大名が毎年行っていた儀式があるんだって、それが…」
「そうか」
「砂の国の傀儡って凄いんだよ。発展した謂れっていうのが…」
「ああ」

イタチは短く返すだけだったが、名前の話は絶えなかった。
今まで読み漁っていたらしい書物や巻物の内容からとりとめもなく話題を振って語る。
ある内容には驚きと喜びを、ある内容には悲しんで考えさせられたなど。
かと思えば、全く違った物語の話まで思いつくままに紡がれる内容に一貫性はない。
語っているのは名前ばかりだったが、イタチの返す相槌も調子が僅かに違っていた。

そんな2人だったが、顔を合わせているのかと言えば全く違う。
しゃがんで書物を取り出す名前は後ろへと差し出し、それを同じく後ろへ手を伸ばしたイタチが受け取る。
空いている棚へと順序良くきちんと綺麗に並べて整理していく流れ。
どれがどこへとは口にしていない、ただ差し出して受け取っての繰り返し。
互いに背を向け合って顔も向けないのに、紡がれるのは名前の楽しそうな話と応えるイタチの短い返事。
ただ、書物を確かめて並べていくイタチの口元は弧を描いていた。

「あ」
「何かあったのか?」

その流れが止まったのは、話と共に名前が動きを止めたからだった。
すぐに反応したイタチが振り返って名前の隣へといき、しゃがんで確認する。
再び近くなる距離と並ぶ2つの頭が覗き込むのは、名前の手元にある本だった。
古い紙束に近いかもしれない、火影閲覧の押印と裏表紙の隅に描かれていたのは紋様。
団扇マークのソレに、2人して同じく目を丸くして瞬いた。

「うちはの書物…?」
「著者は…うちは カガミ…って、カガミさんって…確か二代目様の部下でいらした方だよね!」
「ああ、そうだったと思う。あと…」
「よ、読んでみたい!後でお父さん…じゃなかった、四代目様に聞いてみよう!?」

あと、シスイが血筋じゃなかっただろうかと言いかけたが、キラキラと目を輝かせる名前に言葉を飲む羽目になった。
嬉しくてつい興奮気味になってしまったらしい、四代目を父呼びしてしまって慌てて訂正している。
「どう?」とイタチが頷くのをワクワクと待っている様子に、少しだけ無言になりながら、「そうだな」と返せば明るさが増した。
「ん!」と頷いて、本のホコリを丁寧に払って綺麗にして大事そうに抱える。

「…四代目もだが、名前も本当に読書が好きなんだな」
「小さい頃、お父さんにいっぱい読んで貰ったのがきっかけで今でも大好きなんだ」

四代目の読書好きはイタチも知っている。
名前に呼ばれて度々家を訪れるが、ズラリと並ぶ小説や文献の数には目を奪われたものだ。
眺めるイタチへとミナトが穏やかに説明してくれたり、本を貸してくれたりしたから。

「ナルトも読んだりするのか?」
「読むよ、小説ばっかりだけど。好みは皆違うかも、でも1番好きな本は一緒!」
「ああ、知ってる」

フフ!と笑う名前が紡ぐ前に返して、本の題を答える。
ド根性忍伝、と口にすれば、「ん!」と名前が口癖で笑った。

「イタチも本好きでしょう?いっぱい読んでるものね」
「…好きだと思う。多分、名前のおかげだ」
「?」

名前が示したカガミの著書を見つめながら、静かに物思いにふける。

イタチにとって書物は手段に過ぎなかった、己の知識を満たすための。
物心つく頃から、ありとあらゆる専門書や分厚い教本を頭に入れてきた。
全ては誰よりも強い忍になるためであって、それ以上でも以下でもない。
チャクラ応用理論や忍術論集を書かれているままを頭に叩き込んで、それだけだと思っていた文字の羅列。
書物とは、知識を得るためだけの手段に過ぎないと漠然と思っていた事を変えたのは名前だ。

文字を通して広がる世界があること。
伝わる想いと巡る想像の可能性へ意識を馳せる面白さ。
何より、と考えて立ち上がり、名前へと微笑む。

「もっと知りたいと思える。だから、聞かせてくれるか?」
「うん!イタチも私に色々聞かせてよ!」

任務の事でも、家族の事でも。
どんな事でも良い、その口から話を聞いて語り合える嬉しさがあるから。

はにかんで頷く名前に瞬いたイタチだったが、口元を緩めて頷く。
それを合図に再び書庫整理の任務に戻る名前をイタチが手伝う作業に戻った。

陽光が差し込む静かな空間、ただその中で2つの穏やかな声色が語り合い続けていた。

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