- ナノ -




とっておきの味(坂田 銀時)


万事屋の台所事情と言うと、通常は3人が当番制で料理を作っている。
新八はお妙と2人暮らしで育っているのもあり、何よりお妙の腕が殺人級なので生き残るために必然と鍛えられる。
神楽は好きなもの又は手のかからないものに極端に偏る傾向があり、下手をすれば当番の度にTKGなどザラにあった。
銀時は意外にも手先が器用で料理が上手いのだ、ただし、常に本人のやる気が伴うかは別である。

「今日は寒いし、温かいものにしようかな」

そんな3人と名前が過ごせる時、当番制のお話はひと休みになるのが自然だった。
万事屋の台所で腕まくりをして、冷蔵庫の中身を確認しながら呟く。
すると、長椅子に寝転がってうたた寝していた銀時がピクリと動いた。

「神楽が汁もん食いてぇって騒いでたぞ」
「銀さん、起きてたの?」
「今目ぇ覚めたんだよ…」

頭の中を整理しようとしての呟きだったが。
返ってきた答えのおかげで気持ちも定まって良しと笑ってから、材料を取り出す。
人参、大根、里芋、長ネギといった野菜を流しに持って行った。
既にこちらに意識ない名前の背を、額に手をあてて寝起きざまの重い頭で見つめる銀時。

普段ならば見つめているだけか、見ていないようにしてテレビやジャンプに目をやりつつ、音の動きを聞くだけ。
けれども、死んだ魚の目のまま長椅子から身を離した。

「!、どうかした?」

軽く野菜を洗って不要な部分を除こうとしていた名前は、そこで気づく。
後ろでノソノソしていたのは分かっていたが、ソレはこちらへ近づいて重みを伝えた。
ゆっくり前へ伸ばされた両腕が、野菜を手に持つ腕の合間から腰を抱くのが見える。
それから首横に伝わる頭の重み、次いで寄りかかる身体の感触に意識を向けた。

「べっつにー?何作ることにしたのかと思ってよ」
「昨日の豚バラがあるから、豚汁にしようかなと思って。嫌?」
「んや、良いんじゃね」
「そう言って、ホントはどっちでも良いんでしょう」

良いと言いながら、言葉に意思がない。
その態度が興味がないと伝えているから、軽く溜息混じりに怒ってみれば、更に密着する温もりが増した。

(構って欲しいって事かなぁ)

料理をするのだから仕方ない事ではあるけれど、すぐに放って置かれたのが気に入らなかったらしい。
拗ね方が子供みたいと内心だけで笑いながら、このままでは作業が進められないので具を置く。
振り向く仕草で分かったのか、首元に顔を埋めたままだった銀時も動く。
そうして上げられた頬に己の顔を摺り寄せて近づけた。

「!」

顔を傾けて鼻や頬を触れ合わせるように遊ぶ。
最初は顔をずらせて唇を追おうとしていた銀時も、名前の意図を察して応じた。
互いに温もりと擦り寄りで伝わる独特の心地良さに浸って口端を上げる。
やがて、「名前…」と籠った声で名を呼んでくる。
その意図は近づく吐息で分かって、応じようと瞳を閉じかけた。

あと数ミリで零になるという直前、鳴り響いたのはチャイムだ。
途端に目を見開いた名前は、すぐさま銀時から顔を背けてしまう。
見事に空ぶった間抜けな表情だけが残されて、「誰だろう?」と名前が首を傾げていた。

「…さぁな。どうせセールスか何かだろ、ほっとけよ無視だ無視」
「依頼かもしれないでしょう?」
「ババアかキャサリンかもしれねーだろ」
「そうしたら声掛けてくれるよ?…銀さんが出ないなら、私が出てくるから待ってて」
「って違ぇって名前ちゃーん!」

それとなく誘導しても、返ってくるのは嫌々な態度であって埒が明かない。
どうしても動きたくなさそうな抵抗に思考を切り替えて、銀時の腕を解いて動いた。
代わりに自分がという結論である、後ろで銀時が呼んだが足を進めた。
構っていては来客を待たせてしまう、ソレは名前の意に反するから。
後ろで舌打ちした銀時が、イライラと動く音が続いた。

「お待たせしました、どなたでしょ…」
「出るのが遅いぞ銀時、いるのは分かって…む、名前ではないか!」
「ヅラさん?」

ガラリと扉を開けると、目に入った姿は見慣れた人物だった。
腕組みで待っていたらしく、扉が開けられると早々に文句を言いかけて止まる。
銀時でなく名前だと分かるや否や、腕組みを解いて明るくなったために名前も笑った。

「どうしたの?何かあ…ってわぁぁ!?」

何か用事があって訪ねたのか聞こうとすると、桂の顔面にブーツがめり込んでショックを受ける。
「ぶぶ」と言いかけた言葉も潰れて聞こえなくした犯人が、名前の横の扉をガシリと掴んでいた。

「いっいきなり何してるのッ銀さん!!ヅラさん大丈夫!?しっかり!」
「コイツの用事を済ませてやっただけだ。わざわざ俺にどつかれに来るたァてめーもご苦労なこった。コレで気が済んだ?分かった、じゃあな」
「えぇぇっ!?絶対違うでしょー!?」
「どつかれじゃない、桂だ!勝手に俺の用事を決めつけるな!」
「わ…もう元通りに…」
「チッ、いつになく復活早ェ…」
「銀さん、顔ッ凄い事になってるから!怖いから!!」

名前が冷静さを取り戻さない内に、綺麗に追っ払ってやろうとしたが失敗。
銀時が扉を締め切る前に、素晴らしい速さで復活した桂は通常モードだった…顔面の鼻血以外は。
困り汗な名前の前に出るようにして、機嫌を降下させる銀時にも動じない様もさすがである。

「フッフッフ…来客ならば用があるものと決したな?甘い…その判断は甘いぞ銀時。俺は用など無い!!」
「ただの暇人じゃねーかッ!!なら来んじゃねェよ、帰れ迷惑!」
「ソレ、自信満々に言う事でもないと思うんだけど…」
「特に用はない!だが近くを通りかかったから、こうして顔を見せに来たのではないか。だというに、この仕打ちとは貴様と言う奴は全くけしからん。であろう?名前」
「え…?えー…うーん…」
「名前ちゃん困らせんな!万年JOYしてるてめーと違って俺らは暇じゃねーの!忙しいィんだよ、帰れ!!」
「フン、貴様の事だ。そう言いながら、どうせ今日は依頼の1つも無くダラダラしていたのだろう」
「ぐッ」
「アハハ…間違ってはないね」

断固として桂を帰らそうと強気な銀時だったが、見てきたように確信を突かれて止まる。
図星だと言っているようなものであり、事実、今日の依頼は銀時抜きで新八と神楽だけで出てしまった。
詰まる所、肝心の依頼が来た時にはガン寝で役に立たなかったのである。
ホラ見ろと桂が何故か自慢げにするから、ますます銀時の顔が不満満載なものに。
けれども桂はやはり動じずに、ふと何かに気づいたように紡いだ。

「何やら音がするようだが?」
「!、しまった!水止めてなかった!?」

その言葉にハッとなって、顔色を焦りに変えた名前が身を翻して屋内に戻っていく。
玄関から慌ただしく奥に見えなくなった背に、残された銀時と桂はポカンとしていた。

「水?」
「あー…そういやァ…アレだよ、料理の途中だったんだよ。てめーが来ちまって中断してたんだ」
「何と、それは申し訳ない事をしたな。しかし、名前の手料理か…ふむ」
「オイ、何だその頷きは。止めろ腹立つ、もう一発ぶん殴られてェかコノヤロー」
「久しく見ていなかったと思っただけではないか。どれ、俺が見てやろう」
「はぁッ!?ふざっけんな帰れって言っオイィィヅラ!!」

何やら思いついたらしい桂の行動の方が早く、「!?」となった銀時の隙を突いて隙間を潜る。
素早い身のこなしでさっさと上がり込んでしまう背を銀時が叫んで止めようとしたが遅かった。
さっさと廊下を抜けて真っ直ぐ万事屋事務所の奥まで行ってしまった。

「?、ああ、ヅラさん」
「なるほど、豚汁か。まさにこの季節が旬だな」
「そうだよね、今が一番美味しい時期」

台所では既に水荒いを済ませた野菜を確認して皮をむきかけている名前がいた。
そこへ当然のように顔を近づけて具を確かめ、何を作るのか当ててしまう桂。
どうして分かったのかと驚かないのは、昔に共に過ごした記憶があるからだ。
名前は笑って答えて、慣れた手つきで人参や大根を切って皮を剥きだした。
すると、里芋を手にした桂が大真面目な顔で語る。

「最近ではジャガイモを用いる場合もあるようだが、豚汁ならば里芋であろう!独特の触感が具を引き立て、汁の旨さと調和するのだ…やはり俺は里芋一択だな」
「ヅラさんは昔から、この具の組み合わせが好きだったよね。長ネギもちゃんと入れるよ?」
「さすが名前だ、分かっているではないか」

綺麗に剥かれた里芋と名前の答えに、嬉しそうに頷いて満足そうにする。
それが嬉しくて名前も微笑むと、ユラリと後ろから何かが過った。

ドス!と短い音を立てて、桂が手に持つ芋の中央にストライクする調理用ナイフ。
「…」と短い沈黙の名前は固まってしまったが、何度か瞬いてソレを見つめる桂が呟いた。

「コレは中身もまろやかなそうだ」
「いやヅラさん!!見るトコ違うよッ!!銀さん、危ないでしょう!?」
「心配すんな、名前ちゃんにあてるなんざヘマはしねーよ」
「ソコも違う!!」

怒りながらも、しっかり具の準備はしつつ桂から里芋も取り上げる。
何故なら、始まってしまったこのコンビのこういうやり取りは中々終えないのも承知だから。
案の定、口元を引くつかせている銀時が桂に突っかかっていた。

「お前、マジで帰れって言ってんだろうが。それとも何?人様ん家で、ほのぼのお料理夫婦してますってか?返答によっちゃ俺がスープ作るルートだから」
「ウミガメ的なものではあるまいな?」
「2人とも。その話題続けるんだったら、私が追い出すからね」
「「……」」

しかし、怒りに任せた銀時の脅しにブラックをかけた桂の応えを聞いて一転。
包丁を握りながら、豚バラ肉を両断した名前が振り返って低く返す。
心なしか刃先がギラリと輝いていなくもなく、途端に2人して冷や汗を垂らしながら口を噤んだ。
それから、名前は桂へとおたまを渡し、銀時へ切り分けたすり鉢と胡麻を渡した。

「罰として2人にも手伝って貰います。野菜とコンニャクを先に煮込んで、良い具合になったらお肉加えてねヅラさん。銀さんはソレで胡麻を半ずりにしてて」
「んなッ!?」
「分かった…(銀時、これ以上名前を怒らせると夕飯抜きになるぞ)」
「う…(分かってんだよ!コレも全部てめーのせいだろーが!)」

こんなつもりじゃなかったのに、と桂が来るまでの雰囲気を思い出して苦々しくなる。
しかし名前は全く気にする様子もなく、鍋を2人に任せて再び冷蔵庫から余ったほうれん草を取り出していた。
既に下ごしらえをしてあるほうれん草を手で馴染ませて水分を抜く。
その間も、大人しく銀時が黙って胡麻をすり終えていた。
銀時から受け取ってから、砂糖と醤油の適量を加えて混ぜる。

「ほう、胡麻和えにするのか」
「うん、どの季節にも美味しいし。私は好きなんだ、コレ」
「言われてみれば、昔もよく作っていたな。お前の料理ならば、こやつも高杉も文句なく食べていたのを思い出す」
「そうだったっけ?特に気にした事もないけど…銀さん?」
「…俺も知らねー」

ほうれん草と混ざる和え衣を確認しながら、桂に言われて昔を思い描く。
割と好き嫌いの多かった高杉と銀時の好む食が対立したために、口喧嘩は目にしていた。
それでも、己が作る食に対しては文句を言われた事がなかったのが今思い返せば不思議だ。
銀時を見て聞いてみたが、銀時はそっぽを向いて口を閉ざすだけだった。
汁へ味噌を加えて煮込みにかかる桂が小皿へとよそって差し出した。

「うん、良い感じ。ヅラさんの味付けも昔から好き!銀さんもどう?」
「おめーが確認したなら十分だっての」
「そう拗ねるな銀時。名前、知らぬようだから教えてやろう。俺の味付けの元はお前の味だ」
「えっ?嘘!?」
「嘘ではないぞ。なぁ銀時」

ケッと短い反応しか返ってこずとも肯定は伝わる。
それだけで十分嬉しいから小さく笑って、「おかずは鯖にしようと思ってるの」と言う。
すると、真っ先に桂が「良いな!」と賛同したために銀時が苦々しく応じる。

「何でてめーが答えんだよ。ココは坂田家の食卓だ、てめーにやる食い物なんて1つもありませんからァ」
「またそういう事言うんだから…ヅラさんも良かったら、夕飯一緒にしていく?」
「おお、それは良いな」
「名前ちゃぁぁん!?」

何だかんだと言いつつも、夕飯を作るのを手伝って貰っているしと思っての提案。
名前の気遣いに桂も顔を明るくさせて前向きな姿勢を見せるのに、銀時だけがガーン!と物凄いショックを受ける。
けれども、少し考えた桂は何かに気づいたように、「いや」と首を横に振った。

「是非にと応じたいが、今回は止めておこう」
「?、何かあるの?」
「あーそうだそうだ、帰れ帰れ!名前、もうコイツに構うなって、どうせ死ぬほどどうでも良い事しか、」
「銀さん、ヅラさんもう行っちゃってるけど」
「はぁぁッ!?早すぎだろッ!!ってオイィィ!てめッ玄関から出ていけーッ!!」
(何故に窓…)

ブツブツ言っている銀時に名前が声を掛ければ、場に桂はいない。
銀時の言葉など端から相手にしないつもりらしく、「では、また会おうぞ!ワハハ!」と窓から外へと出ていた。
手を振りながら屋根を伝っていく姿がたちまち小さくなり、茫然と見送る2人は同じ表情をしていた。

「何ていうか…ヅラさんはいつもヅラさんだね…」
「ホント何なの?すっげー疲れたんだけど、どっとキてんだけどコノヤロー…」

呆れ混じりと言うのだろうか、嵐のような幼馴染だ。

「でも、ちょっと昔みたいで楽しかったな」

そう言って名前が声を立てて笑うと、疲れ顔をしていた銀時も「そうかよ…」と呟きつつ仕方なさ気にする。
銀時としては二度と御免被りたいが、名前が楽しそうならば敢えて言う事でもない。
あまり思い出そうとしない昔を、少しだけ頭に掠めさせて動く名前を見た。

(俺はお前の飯が食えりゃ、ソレで十分だよ…)

すっかり舌に馴染んだ味であって、腹に落ち着くのだとは口にしてやらない。
ただ、鯖を取り出して細める瞳や浮かべる微笑みと雰囲気には変わらない温かみがあるから。

「照り焼きにしようか、味噌煮にしようか。銀さんはどっちが好き?」
「んじゃ、味噌煮で頼むわ。楽しみにしてんぜ、ハニー」
「!?…分かりました。貴方のために腕によりをかけるね…ダ、ダーリン?」

急に振られた呼び方に驚きつつも、恥ずかし混じりで応じてみる。
まさか返してくれるとは思っていなかった銀時が間抜けな顔になっていたがすぐに詰め寄りかけた。
けれども、これ以上は相手にしていられないと腕を交わす。

「!!、名前ちゃん!ワンモア、ワンモアプリーズゥゥ!!」
「ッ言いません!ホラ、あっちで待ってて!」

料理は終わっていないからと捕まらないようにしようとした時、ちょうど良い助けが聞こえた。

「ただいま帰りました〜名前さーん…ってアレ?」
「ただいまヨー!お、良い匂いがするアル!!名前ー!!」

ガラガラと引き戸を開ける音が響いて、耳に飛び込む元気な声。
「…」と一瞬にして悟った銀時が残念そうに沈黙するのに、2人の名を呼ぶ。
すると、すぐに返事があって新八と神楽が事務所内へ顔を覗かせた。

「あ、晩御飯作っていたんですね!っていうか、銀さんアンタ…やっと起きたんですか」
「帰って早々、家主に向かってその顔はねーだろうが!っていうか、銀さんには挨拶なし!?」
「日中生ける屍にかける挨拶なんてないアル。銀ちゃんにかけるくらいならご飯にかけるヨ」
「ソレ銀さんのネタなんですけどォ!?」
「2人とも、お帰りなさい。もうすぐ出来るから少し待っててね」

視界に入れられてすぐに、冷たい目を向けられて反抗する銀時との会話を横に名前が作業に戻る。
火にかけらえる様子と、既に美味しい匂いと温かさを漂わせる鍋に2人は機嫌良く返事をした。

「はい!あ、いえやっぱり僕も手伝います。今、手洗ってきますから!」
「じゃあ私は銀ちゃんの番するアル。名前の邪魔するんじゃねーヨ、観念するネ」
「だぁッ!?神楽てめー!引っ張っいででッ!?」

密着していないとはいえ、相変わらず料理するには距離が近い。
一目見て察した神楽が怪力で銀時を引っ張り剥すのに容赦なかった。
新八もさっさと手を洗いに腕まくりして急ぎ足になる。
フライパンの加減を見ていた名前は、銀時のヘルプを聞き流しつつ微笑んだ。

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