- ナノ -




こちらSS商社勤務

※土ミツ表記あり

「おはよう、お妙さん」
「あ、おはようございます。ミツバさん」

始業直後の慌ただしいフロアで、企画課から書類を持ってきたお妙は受付に出てきた総務課の先輩であるミツバに微笑んで返す。
ミツバは課こそ違えど、お妙が入社したばかりの頃に社内の事を色々教えてくれた頼れる人であり、今でも仲は良好な方だ。

「こちら今日の確認分の書類です。コピーを経理課にお願いできますか」
「分かりました、じゃあスキャンもして課内周知もしておくわ。あら、確かコレは営業課にも持って行かないといけないんじゃ」
「あぁ、私が持って行きますから大丈夫ですよ。ミツバさんはゆっくり経理課に持っていて下さい」
「え、でも私は…」
「経理課の受け取りは土方さんでしたよね?」

そっと耳打ちしてグッと拳を握れば、ミツバは微かに頬を染めて「ありがとう」と微笑み返す。
経理課の土方とミツバが密かに社内恋愛をしている事を知っている数少ない1人であるお妙は応援している。
何よりミツバが恋する乙女で可愛らしい。
土方はモテる割に硬派でも知られており、ミツバを大切にしているから尚更だ。
さて営業課かと担当を思い出して一転、笑みはブリザードを吹かせるものになる。
何故なら、その元凶がヒラヒラと嫌な笑みを浮かべて既に総務課の受付に来たからだ。

「あら、どうも銀さん。今日も朝から素敵な頭ですね」
「ソコはおはよーございますじゃねェの?こんなイケメン前に恥ずかしいって?」
「あ、頭の中も素敵に爆発してるんですね」
「ウソウソ。冗談だからマジ冗談だからァァ!!だから天パネタでいじるのと、書類シュレッダーしようとするの止めてェェェ!」

ジーザス!!と叫びそうな勢いでたちまち蒼くなる銀時の顔面に書類&バインダーを押し付けるお妙の笑顔は3割増し。
「坂田さんとお妙さんは本当に仲が良いわね」と返すミツバに「無いです絶対に無いです」と返す銀時。

「顔は良い方だろうが銀さんの好みじゃねーよ、コイツ凶暴すぎる上にまなi」
「私こそこんな万年ヒラの歩く猥褻モジャ頭なんかごめんです」
「俺より言い方酷くね!?あー、まァ今の俺は朝から良い事あったんでご機嫌だからスル―してやんぜ」
「良い事?また新たに犠牲者でも見つけたんですか?」
「その言い方止めてくんない、俺がモンスターみたいな言い方止めてくんない。お2人知ってるか?会社(うち)のターザン娘」
「「ターザン娘??」」

ペラペラと今朝の衝撃的な出会いと名前の名前を出して、「ドストライクだったわあの胸が」と語る銀時。
たちまちお妙の機嫌が更に急降下していく事にミツバは困った表情で返す。

「苗字さんて確かお妙さんのお友達だったわよね、秘書課のエリート候補でしょう?高杉さんと同じくらい女性社員の中じゃ有名の」
「秘書ォォ!?おいおい、どこの世界に塀飛び越えて出社する秘書がいんだよ…つーか高杉ねェ」
「銀さん、ひょっとして名前さんを?だって貴方、彼女いるんじゃありませんでした?」
「あー…昨日、大喧嘩して別れたわ…駄目だな、記録は更新したけどよ」

ヘラヘラと皮肉笑いで返すのに益々ムスッとした顔で銀時の態度にお妙の笑みは更に冷たさを悪化。
その軽い態度が癇に障っている事は確かなはずなのだが、ミツバは心配そうに会話を聞いていた。

「だから名前さんを紹介してって事ですか?残念ですけど、名前さんは貴方みたいな人は大嫌いなんですよ」
「んなのオトすのが銀さんの腕の見せ所でしょーが。って事で、紹介してくんね?」
「絶対嫌です」

間髪入れずに断言したお妙の態度は変わらず、さっさと歩いていってしまうお妙の後ろ姿を見送ってミツバが溜息をつく。
それをやる気のない表情で見ては、「なら好き勝手やるわ」と呟く死んだ魚の目の銀時が見送った。


場所は変わって総務課と営業課のあるフロアの上、流通課より1階上の秘書課の応接室。
社外からの来客や役員の会議にも使われる革張りの上等なソファーで足組み座りの高杉。
医療用眼帯で隠された左目を片手で押さえて、何やら遠く考え事をしているらしい。

「おい中二病!!朝から患ってんな!!」

と、そこにいきなりバシコォン!と高杉の頭上をバインダーで後ろから強打するは名前だった。
痛みで一瞬呻くも怒りでバインダーを払いのけられる前にどかせば、青筋を立てた高杉のキレ顔が拝めた。

「アァ!?いきなり何しやがるッ誰が中二病だ、この珍獣が!」
「誰が珍獣だッ!!マジでこの決裁書切り刻むぞ!」
「なら今回の契約がパァになる原因がてめェになるだけだ、無能秘書に降格だな」
「一切の責任は契約担当の高杉氏にありますって松平役員に伝えとくから安心してイけ(クビになれ)よ?」

お互い怒りマークと青筋を立てて火花を散らせる流通課と秘書課の若きエース候補。
その後ろで役員室からダルそうに出てきた、社長の相談役兼役員の松平片栗虎が呟く。

「うぉ〜い、その話おじさんに丸っと聞こえちゃってるからねぇ〜。名前チャンも高杉もエエ加減にしろぃ〜」
「ま、松平役員!申し訳御座いません!この馬鹿に後は決裁の確認をさせるだけですから!」
「馬鹿はてめェだ。こんなヤツをお付きの秘書など、役員も苦労が絶えませんね」
「んじゃァ〜おじさん、社長チャンとちょっと会議行ってくっからァ〜?名前チャン、お留守番よろしくねェ」
「はい、行ってらっしゃいませ」

優雅にお辞儀をして松平を送り出す姿はデキる秘書そのもので、高杉は不快だという表情しか出ない。
去っていく松平へ笑顔を向けた後で高杉へ振り向き直した顔は般若だった。

「ってか、アンタはまだいたのか!さっさと流通課に帰れ!むしろ土に還れッ二度と蘇るなッ!」
「マジで一回殺させろ…」

「嫌ですー」とべェと返す名前の態度に怒る気力も失せて半目で返す高杉。
名前へと新規契約の受諾を確認した決裁書を手渡した。
それを受け取って素早く書類をめくり確認する真剣さは優秀だと思えるのにと呆れる。
どうも性格が合わないというか、会えば口喧嘩ばかりする関係になったのは同じエリート候補だとか騒がれたのが始まりだったか。
今では高杉自身も思い出せないが、書類から顔を上げて「何?」と睨んでくる名前に皮肉な笑みを浮かべた。

「お前、未だに塀飛び越えて出勤してるらしいな」
「げ、何で知ってるの!?」
「一部じゃ有名だぜ、変な所で要領悪い癖にスケジュール詰めるの好きだよなァ?その内、自滅すんじゃねェか」
「大丈夫、私が降格する時はアンタも巻き込んであげるから心配しないで」
「そういう意味で言ったんじゃねーよ」

だが次に向けてきた名前の表情は予想外にも眉を下げた少し困った表情であって、考えていた挑発を飲み込んでしまう。
「まぁ、とにかく今後はちょっと自重しないと駄目かも」とぼやく様子は何かを思い出しているらしかった。
途中、訝しんで会話を途切らせた高杉に気がつき、しばしば迷うも朝あった出来事を語り出す。

「飛び損なって同じ社員を押し倒しただァ?アホか」
「それに関しては全面的に反論できないけど…!!アンタに言われるのは我慢ならない!」
「(だが銀髪天然パーマの死んだ魚目男だったと?そりゃ奴しかいねェ)お前がなァ…」
「ちょ、何のつもり?歪笑みのドヤ顔の三十路手前とかキモイだけだからね」

ゴミを見るような目で返す名前の後ろから、いきなり「それは恋の始まりよ!!」とシュタリと現れる影。
「「!?」」とビビッて飛び退く2人の前で、メガネをクイクイするのは同じく秘書課のさっちゃんだった。

「さッさっちゃん!びっくりしたァァ!!」
「猿飛か…恋、だと?コイツが?ハッ、バカバカしい」
「ちょっとどういう意味かな高杉氏」
「その内、その人の事を考えちゃうだけで動悸がおさまらない、体中に甘い痺れが走る!なぶられたい!そんな症状に見舞われるようになるわよ名前さん!私が銀さんに感じるように!」
「いや後半明らかにおかしい、後半は恋の症状じゃないよさっちゃん…てか銀さんて…?」
「……」

横で「銀さんわね!とってもドSで素敵な営業課の私の愛する人なのよォォ!」と名前に叫ぶ。
呆れ顔で応じる名前は「はいはい、今度聞くから」と返しつつも、高杉は何か考えているようで答えなかった。
それから、目を細めてクッと意味深な笑いだけを漏らして「じゃあ、俺は戻るぜ」と告げて去っていく。

「何あの笑い…すっごい癇に障るんだけど」
「貴方たちって何気に通じ合ってるわよね」
「通じ合ってないから!!止めて、その納得止めて!!」

急に真面目に返すさっちゃんに名前の全力否定が響いた。

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