- ナノ -




9 君と巡り来るために


土手の上と河原で得物を構えて対峙するは過激派攘夷集団と幕府の役人たち。
これは昔から変わらぬ構図だが、明らかに変わったと驚愕するのは、攘夷集団の中に当たり前ように真選組面子がいる事。
「え?えーッ…?」と冷や汗で引きつり笑いをしている名前に構わず、土手の上で指揮をとる土方とエリザベスが刃を掲げた。

「俺たちの大将である近藤 勲の首を狙う幕府に天誅を下せェェ!」
「俺たちから桂 小太郎を奪う奴らを許すなァァ!」

うぉおお!と高らかな雄叫びの元に、真選組ならぬ誠組と桂一派の突撃は息ぴったりであり度肝を抜かれてしまう。
2つがぶつかり合って混戦する中、人だかりは悲鳴を上げて逃げ散る大騒ぎ。
重い音を立てて倒れた柵の前で光景を半目で傍観していた銀時が耐え切れずに叫ぶ。

「もうつっこんで良いよね?良いよねコレ!どういう事コレェェ!?出世どころか凶悪犯罪者に時空跳躍してるよッ!?飛躍し過ぎだろォォ」
「うん、でも何となく流れは分かった気がする、うん大丈夫…」
「ぜんっぜん理解できねーわ!何でこないだまで追いかけっこしてた奴らが普通に結託してベストコンビみたくなってんだ!?何でこないだまで化け物だった奴が筋肉隆々なモノホンの化け物になってんだァァ!」

と、銀時が頭抱える間も土方とエリザベスは的確な指揮で志士たちを動かし、役人たちを次々に倒していく。
そんな中、名前は河原で役人に囲まれている沖田を見やり、視線が合った瞬間駆け出していた。

河原の石を蹴り跳躍して抜刀から身を翻す、舞うように降ろされた刃の峰が動こうとした役人を地に沈めた。
「な!?後ろから新手だと!」と役人たちの囲いに綻びが生じた隙に、沖田の逆刃刀が流れるように振るわれる。

「沖田くん!これはっ」
「久しぶりですねィ名前。アンタの帰り待ちくたびれたんでジョブ転しちゃいやした。これも様になってやしょ…でござるか?」
「そっか…ははっ、おろ?っては言っちゃ駄目だよ?」
「言いやせんぜ。俺は成りだけなんで」

咥えている枝をクイクイと遊ばせながらも、名前と一度背を合わせて軽口で笑う。
対して名前も笑みを零せた心地は、この世界に来て初めてのものだった。
同時に分かる、成長して真選組から攘夷志士にジョブ転しても沖田が変わらず隣を待っていてくれた事を。
その事が分かるだけでこんなにも心強いのかと、刀を振るった名前は戦況を流し目に叫んだ。

「私たちが引きつけている間にみんなは源外さんたちを!お願いっ珍さん、神楽ちゃん、新八く…ん?」

真剣な表情で叫んだ内容は最後の方が中途半端な疑問形になる。
振り返った先、「!?」な状態で固まるしかないのは名前だけでなく他の人物たちも同じだったようで。
名前に斬りかかろうとして固まっていた役人を蹴り払った沖田さんは冷静に「あーあ、やっちまったねィ」とぼやいた。

「見事なポロリでさァ」
「や、…ッやや!え!?確かにポロリ、じゃないアレもうチョンパだよッッ!えぇえーッ!?どうしてこうなった!?」
「あの旦那の一撃がじーさんの頭強打して、もげやした」
「そんなどっかのビデオカメラみたいな!頭取れやす過ぎだよッ!」

首を斬られそうだった源外を庇おうと我先に飛び出した銀時の両足を新八と神楽がつかんでしまったのがいけなかった。
宙でバランスを崩し目標を逸れてしまった銀時の持つ洞爺湖は見事に源外を強打。
ゴロリともげた頭は、地に伏して蒼い顔をしている銀時と対面するシュールな事態。

銀時は助けを求めようと周囲を見渡すが、目が合う人みんな顔を逸らしてそそくさと距離を空けてしまう。
ブチリと何か切れたらしい銀時がとった行動は源外の頭鷲掴みからの。

「おー、すげーパス捌きでさァ。イグナイトパスも可能じゃないですかい」
「それ別の漫画!しかもスポーツですッ、あれはボールじゃなくて人の頭です!」

ガーンとショックを受ける名前は、ボールの如く源外の頭を見事なパスで押し付け合いながら河原を走っていく万事屋トリオを見送るしかない。
あの動きだけ見れば、とても再結成したばかりとは思えない連携プレーだが。
名前が慌てて源外の身体に駆け寄り、沖田も冷静に続いて2人して瞬いた。
残されている源外の身体に首を傾げて呟いてしまう。

「「カラクリ?」」

声が重なると同時に、河原の向こうで何かが軽く爆発して答えを告げる。
名前は遠い目で黄昏ながら、爆発の理由を知って呟いた。

「源外さん…ちょっとコレは酷いです…」

源外の身代わりことカラクリ源外の頭は、押し付け合っていた万事屋トリオの手の中で“残念、ハズレでした”とあっかんべーで紙を出して自爆した。

こうして機転が重なったおかげで無事に桂と近藤を幕府の手から救い出せたのであった。



「我らが大将奪還の成功にかんぱーい!」
「うぉーッ!」

夜の料亭、一角の大広間を貸し切って勝利の祝杯を交わし合うは誠組と桂一派。
今や同盟を組み、弱体化した政府への新たな対抗勢力として力をつける彼らの喜びの声は座敷中に響く。
上座に座るは勿論、彼らの大将である近藤と桂であり共に酒を注ぎ合いながら労う。

「この度はみんなよく頑張ってくれた、俺たちがいない間に苦労をかけてしまったな。これも頼りになる誠組のおかげだ」
「いやいや、古くから活動慣れた桂一派のみなさんが力を貸してくれたおかげだ。ありがとう、桂殿」
「ヅラで構わない、近藤殿」
「なら俺はゴリラで構わない」

共に杯を交わして両手をガシリと組み、意気投合する両勢力の大将。
その横の位置では、杯にマヨネーズを告ぎ合う側近2人…土方とエリザベスがいて。
「我らは白き雷スーパーマヨブラザーズ、トシ&エリーだ」と、コンビの誓い酒まで交わすほど仲が良くなっている。
高らかに笑ってご機嫌に盛り上がる彼らに苦笑しながらも、襖の横に控えていた山崎が「みなさん」と声を掛けた。

「盛り上がっている中ですが、忘れちゃいけませんよ。今日の勝利に大きく貢献した方々がいるのを」
「おお、そうだったな!みんな、紹介しよう!今日の作戦のMVP、過激派攘夷党 万事屋のみなさんだ、ぶぐはぁッ!」
「誰が攘夷党だコノヤロー」

山崎が盛大に襖を開け放った事で登場した面々を指して紹介する近藤の顔面に銀時が投げた皿がヒットする。
後ろへ仰け反って倒れた近藤に対して青筋を立てている銀時は怒って抗議した。

「てめーらみたいな無節操と一緒にすんじゃねーよ!勝手に巻き込みやがって、こっちも犯罪者の仲間入りじゃねーかッ、どうしてくれるんだッあぁん?」
「まぁ、落ち着きたまえよ。結果的にはみんな助かって良かったという事で良いじゃないか。まずは共に勝利を祝おうではないか」
「元は間抜けな掴まり方してたてめーらのせいだろうが!!」

笑いながら銀時を落ち着かせようとする桂だが、銀時の苦い顔は戻らず。
横からヒョコリと顔を出した名前が「まぁまぁ」と苦笑して宥めた事で、舌打ちからようやく静かになった。
その間、面白くなさそうな顔をしていた新八と神楽へ寄って来た近藤が声を掛ける。

「いやぁ、君たちもありがとう新八くん、チャイナさん。風の噂で解散したとは聞いたが再結成したんだな、万事屋は!この男が新しいメンバーか?」
「触るなゴリラ」
「近寄らないでくれる?」
(すっごい目で遠ざけてる2人とも…)

にこやかに近寄ってくる近藤の手を振り払うと、ケッと向ける目は冷たかった。
名前がうーんと苦笑いを隠せないでいると、同じく近寄ってきた土方や桂も銀時をジロジロと眺めて語る。

「何だかあの野郎に似て冴えねェ野郎だな」
「銀時の跡がこんな奴につとまるとは思えん。俺は認めんぞ、リーダー、新八くん!名前、お前もそうであろう!」
「いや、何でコイツらに品定めされてんの俺?すっげーイラッとくるんですけど!?」
「そうだぜ、旦那の跡は人を2、3人斬ったくらいじゃつとまらねェ。かかってこい、拙者が試してやる…でござるよ」
「おめーは黙ってろ、インチキ抜刀斎!!」

絡んできた沖田もねめつけた銀時に対し、新八と神楽は難しい表情を崩さず黙ったまま。
名前が眉を寄せて笑みを消した時、近藤が再び「ね!」と声を掛ける事で2人がピクリと反応した。
向けられた表情は我慢の限界に達してしまったらしく、発せらる答えも厳しさを帯びる。

「何度も言うがコイツは万事屋とは関係ない。俺はもう誰とも組むつもりはない」
「私だってそうよ、勘違いしないでよね!」

きっぱりと言い切った声は事の外に大きく、一瞬しぃんと座敷が静まる。
場の空気が重くなってしまい、言いだしっぺの近藤が慌てて繕おうと話題を転換した。
「そう言えば、お妙さんは元気?俺が捕まってた間に結婚とか悪い虫とかに引っかかってないよね!?」と。
それが新八の琴線に触れてしまった。

「!?」
「貴様には関係ないだろう」

ガッと、音が鳴りそうな勢いで近藤の胸倉を掴み上げて放たれた言は低く凄みを帯び。
近藤でさえ気圧される程の睨みに、今度こそ場がざわりとなった。
対し、名前は咄嗟に「新八くん」と名をはっきりと呼ぶ。
するとビクリと反応した新八は鋭い視線を名前と映し、瞬いた後で息を吐くと近藤の胸倉を突き放すように解放した。
そうして次に声を掛けられる前に身を翻して廊下の方へ歩き去ってしまう。

場に残された面々が気まずい静けさを保つ中、「はいはーい!みなさんはこっちで盛り上がりましょうー!」と山崎が広間の空気を戻す。
襖の横に残された土方や桂といった面々だけが、変わらず真剣な面持ちで新八が去っていた先を眺めていた。

「…未だ傷は癒えず…無理もない、か」
「…今日のところは私も帰るわ」
「神楽ちゃん?」
「名前、ごめん。また明日ね」

土方の呟きに神楽も身を翻して廊下の方へと歩いていく。
浮かべる表情は明らかに哀愁を帯びており、名前が呼び止めると辛うじて振り向いた横顔に浮かべられたものは切ない笑みだった。
悲しさを隠しきれない、それでも自分を保とうとする大人の表情。
成長した彼らだから浮かべるその表情に、何も言えなくなってしまった名前は迷った末に結局引き留める言葉を飲み込んだ。
去って行ってしまった2人を見送る沖田がポツリと呟く。

「無理もありやせん、俺たちの大将は戻ってきたがアイツらの大将はもう帰ってこねーんですから」

現実を認識させる言葉に呼応するかのように、再び盛り上がる座敷に反して外ではポツポツと雨が降り出していた。



「名前」
「沖田くん?」

激しくなる雨を眺めていた名前は、沖田に声を掛けられて振り返る。
外に出られる濡れ縁には真剣な表情で何かを話しているらしい銀時と桂の姿が見える。
会話までは聞こえない距離にありながら、名前が考え込んでいた思考を改めて沖田へと向き直せば沖田が懐から1冊の手帳を取り出した。
それは、と目にした瞬間驚いてしまう。

「アンタが行く前に俺に預けたろィ」
「えッ…そうだった、ね。ありがとう…」

差し出された手帳は鍵付きのもので、名前が真選組の捜査時に使用するものだ。
仕事用でしか使わないから、手帳というよりは捜査書類のメモに近い。
見慣れているはずのそれは、年月の経過で大分古びて見えた。

「ずっと持っててくれたんだね」
「アンタとの約束ですぜ?俺が果たさないわけねーだろィ」

当然だと言い放たれた言葉に感謝と懐かしさを覚えつつ、手帳を受け取る。
少しだけ眺めながら、懐から鍵を取り出して開錠した。
実際に考えるよりも、ゆっくりと開く手が震えてしまっているのは何となく理解しているからかもしれなかった。

(未来の、ココの私が私へ残したもの)

それはこの状況への重要な足掛かりである事は確かなのだと見る前から分かる。
何故ならこの手帳は自分のだからだ。
消えた銀時を追って同じく姿を消した自身は、必ず自分がコレを手にすると知っていたはず。

(私は…)

思わず力を入れてしまったのにハッとなって、沖田の視線を感じて読みに入る。

細々と書き連ねてられた文字の内容、引かれたマーカーの色合い、そして切り貼りされた書類。
そのどれもが白詛の発生に関する事件調査、症例の経過や研究に関するもの。
そして、最後の方に書き殴られた文字を指で触れる。

「…魘魅…」

攘夷戦争、星屑し、蠱毒。
と単語の後に続く歪んだ文字。
メモの隅に落ちたシミが何を示すのか、書き連ねるだろう自分だから理解できた。

脳裏に過るのは、今でも鮮明に思い出せるかつての激戦。
沢山の仲間の命を奪った、あの。
と、考えに至って銀時のメモを思い出して全てが糸を繋ぎ合わせるように繋がる。
ようやく敵の正体を見定める事ができた。

「名前、お前もこっちへ来い」
「土方さん」

名前が魘魅、と呟くのを聞いていたらしい土方がクイと顎で示して呼ぶ。
手帳を閉じながら後へと続けば、話し込んでいる銀時と桂の方へ寄る事になった。
まさにタイミングを読んだかのように、銀時が魘魅と紡いだのに目を開くと、代わりに土方が割り込んで答える。

「そいつなら俺も知ってる。蠱毒と言われる呪術を使い、攘夷志士に大層な被害をもたらしたんだろ」
「土方殿…そうだ。当時、攘夷戦争を終結させようと躍起になった幕府が雇った天人の傭兵集団…だが、1度繰り出せば星が使い物にならなくなるほど凶悪な奴らは“星屑し”の名で恐れられるほど禁忌の存在でもあった」

桂の説明に銀時は目を細めるだけで答えない。雨の闇に見るのは、あの時に対峙した光景と魘魅の姿だ。
タバコの煙をはいた土方は更に続けた。

「だが奴らの呪術は種を明かせば、ナノマシンと呼ばれる極小のカラクリウィルスを使用する戦術に過ぎなかった」
「驚いた…貴殿、そこまで存じていたのか」
「俺らも昔は警察だったからな、死人が出りゃ捜査くらいするさ。だろ、名前」
「…はい」

土方にチラリと視線を向けられて頷く。
ココの自分がどこまで土方たちと捜査に関わり、情報を共有していたかまでは手帳を読み込まなければ分からないが。
少なくとも銀時の行方を追うのに至らなかった事だけは確かだった。

「…だが、奴は確かに死んだはずだ。あの戦争で…」
「もし生き残りがいたのだとしたら?ソイツが15年前の復讐のために蠱毒を白詛として世界に蔓延させ、この事態を引き起こしたのだとしたら?十分考えられるのではないか」
「あり得るな。蠱毒のソレは白詛の症例と酷似している」
「生き残り、だと…?」

桂の提示した可能性を反復した銀時は改めて、外の闇夜も見やって唐突に身体を強張らせる。
「どうした?」と桂が聞き返す前に、凄い勢いで身を翻し廊下へ飛び出した変わりように名前まで理解できず呆然となる。
ハッとなって同じく闇夜を振り返るも、そこには雨が降り続くだけで何も見えない。

「…追いかけてきます!」

訝しげに眉を寄せながら、思考を走り去った銀時に戻して土方たちに告げると自身も後を追った。

雨が降りしきるビルの上、料亭が微かに見えるその位置で錫杖を鳴らした影がある。
銀時が一瞬だけ捉えた影は、梵字が刻まれる呪符の合間から名前の背を映して錫杖を折れんばかりに握り締めていた。

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