- ナノ -




7 君と巡り来るために


夜もすっかり更けた頃、月明かりが照らす万事屋の事務所内に佇むのは銀時だ。
家主を失い、住まいとしても万事屋としての機能を失ってしまった家内は酷く荒れ果てて散々としている。
目に見えるくらい埃を被った机の上をさわると後ろから気配がした。

「なぁ、白詛ってのは一体何だ?江戸に何があった」

振り返らないけれども、そこにある気配は名前と神楽だと知っている。
銀時が真剣な問いを放ったのは神楽へであり、神楽はゆっくりと説明してくれた。

白詛とは、突如江戸に蔓延した死の病。
発生源も感染経路も一切不明、対処法も見つからないまま爆発的に流行り多くの人々を恐怖に陥れた。
感染すると髪の毛の色素が白く抜け落ち、半月を待たずして確実に死に至る。
その恐ろしさから、白い詛い…白詛と呼ばれるようになったと。

「唯一白詛から逃れる術は逃げる事だけ。金のある連中は皆、地球を捨てて逃げていったわ。おかげで、残ってるのは逃げられない弱い者たちと治安の悪化を利用するゴロツキくらいよ」
「端から逃げる気もねェ頑固者もだろ?」

横顔だけで振り返った銀時の薄ら笑いに神楽はピクリと眉を動かしたが否定はしなかった。その通りだからこそ、万事屋を掲げているのだ。
名前が「なら今でも白詛の正体は掴めていないの?」と静かに問う。
紡がれた神楽の続きは否定だった。
そうして取り出した手帳を開いて前に示す、そこに書かれた文字こそ答えだった。

「ナノマシンウィルス…!?」
「白詛は自然病なんかじゃない。何者かが意図的に作り出して広めた兵器だったのよ」
「なら、俺っ、いや銀さんも白詛にやられちまったりとかは…」
「馬鹿言わないでよ!銀ちゃんが白詛なんかにやられるわけないでしょ!」

ズイ、と手帳を示した神楽は咄嗟に言い淀んだ銀時に声を荒げて怒る。
銀時が白詛に感染してそのまま死ぬような柔な人間ではない、見くびるなの意だ。
怒りを放つその手に掲げられている手帳へ触れた名前は動じずに神楽の名を呼んだ。

「ごめん、神楽ちゃん。ちょっと見せて貰っても良いかな」
「名前なら良いわ」

「アンタには絶対触らせてやらないんだから!」と銀時へ怒るやり取りを横に、名前は受け取った手帳の文字に触れて呟く。
荒々しく汚い走り書き、けれどもコレは。

「突き止めたのは銀さんだったんだね」
「そう、名前ならすぐに分かると思ったから言わなかったけど、それは銀ちゃんが消えた後に残していった手掛かりなの」
「俺…、いや銀さんが?姿を消す前に残していったのか!?」
「正確には落としていった、だけど。銀ちゃんは白詛が猛威を奮う前にその正体を知って独自に調べていた…独りだけで」

瞳を伏せた神楽の気が静かなものになり、場に少しだけ沈黙が走る。
名前は手帳の文字を心中で反復すると、神楽が先を紡ぐ前に望む答えを返していた。

「私にも神楽ちゃんたちにも誰にも告げず、独りで調査をしていたって事…誰も巻き込むまいって、か…」
「やっぱり名前も知らなかったの…いや、名前だから銀ちゃんは余計に言わないわよね」

首を横に振って納得した神楽の面持ちは大人びた冷静さを帯びていた。
肝心な事は自分独り背負ってばかりで、周囲には決して見せようとしない。
それが大事な人であればあるほど、危険な事であればあるほどと心中で続ける。
だから神楽は、銀時は名前に告げていないと当たり前のように納得できた。

(でも、銀さんに独りで背負わせるだけで終わるはずがないんだ、私は。それが今でもこうという事は…)

銀時も同じ事を思って訝しんでいるのだろう、空返事を返すものの表情は明らかに腑に落ちていない。
ただ、昼間の荒れ果てた江戸を思い返した名前だけが大方の答えに辿り着き納得した。
すんなりと抵抗なく受け入れられる、細かく考えずとも分かるのだ。

が、次にペラリとめくったページにあった内容には一転して目が点になったが。

「白詛の正体を追っていた銀ちゃんは、黒幕の手前あと一歩まで迫って、それで…それで…道端に生えてた毒キノコを食べてそのままよ」
「ちょっと待てェェ!毒キノコどこから入ってきたッ、白詛関係ねーじゃん!どこいった?白詛どこいった!?」
「『腹減ったんで拾い食いしたキノコがヤバかった、チョー腹痛ェェ』って続いてる…」
「ただの食中毒ゥウ!?馬鹿なの?死ぬの!?あ、死んだ事になってんのか…って納得できるかァァ!」

ダンッ!と手で机を叩いてノリツッコミをかます銀時。
対して神楽が「違うわよ、銀ちゃんはこの後に駆け込んだコンビニのトイレで消息を経ったんだから!」と力入れて反論した。
それでも白詛関係なくなってる、とまでは微妙な表情の名前も言えなかったが。

「おいコレつまり、5年もトイレから戻ってきてない的な感じになるのか…!」
「そうよ。死んでいるのか便所に流されたのか、はたまためちゃくちゃ長いウンコなのか…どっちにしても生きてる望み薄いでしょ?」
「むしろ、どれにしてもウンコとれないんだけど!?ふいてもふいてもこびりついてんだけど!?」

頭を抱えて未来の己の醜態を恥じる銀時に、こればっかりはフォローしようもない。
そんな空気のズレた会話に、「もう白詛の話はいいだろ」と割り込んできたのは玄関から現れた新八だった。

「そんな昔話をしてもあの人は還ってこない、失った時は戻らない。だからこそ、あの人のやり残した仕事は必ず俺がやり遂げる…白詛は俺が叩き潰す」

拳を握りしめて顔を伏せた新八は何かを耐えているように僅かに震えていた。
そうして、用が済んだならさっさと墓参りを済ませて江戸を去れと冷たく告げ渡す。
夜も更け、月明かりだけが差し込むガランとした万事屋内により寂しげに響く様を聞き入っていた名前は銀時へ視線を移した。
この部屋のように冷たく鋭い雰囲気で突き放されても、受け止めて玄関まで足を踏み出す動きはしっかりとしていた。

「俺なら失った時を取り戻せると言ったらどうする?」
「…貴様の戯言など聞く気はない」

銀時の唐突な提案に、一瞬面喰った新八と神楽だったがすぐに浮かべたのは本気の怒りだった。
どう聞いても冗談だとしか思えない発言で、自分たち万事屋の思い出をからかわれたと思ったから。
それだけは誰が何と言おうと許せない、と気迫だけで語られるのを正面から受け止める銀時は小さく笑んだ。

「戯言?俺からしたらお前らのしてる事の方がよっぽど戯言だ。銀さんの意志を継ぐって、こんな終わった星を護って何になる?一体何が残る?何が還る?何にもねーだろ」
「誰が何にも還らないだなんて決めたのよ」
「!」

手をヒラヒラと振って諦めに露骨に表現する銀時を正面から否定したのは神楽。
名前は瞬いて静かに発言の先を視線で追っていった。

「確かに失った過去は戻らない。でも銀ちゃんは必ず帰ってくる、ココに。その時、誰もココにいなかったら誰があの馬鹿を迎えるのよ。誰が、あのゲロ吐き酔っ払いに毛布かけてあげるのよ」
「…終わった星でも見捨てられた星でも、ココは俺たち万事屋が出会った場所だ。俺たちが俺たちでいられる掛け替えのない故郷だ」

だから、たとえ世界の全てが、宇宙中が見捨ててしまおうと自分たちだけは決してこの星を捨てるつもりはない。
この地球が、このかぶき町が、何より万事屋銀ちゃんが…銀時の帰る場所なのだから。
キッと銀時を睨み凛と告げる新八と神楽の抱く強い光は、揺らがない同じ色をしていた。
そう分かるから、名前も静かに微笑んで頷くだけで何も言わない。
しばし沈黙した銀時が発したのは、フッと耐え切れなくなった笑みだった。

「そいつを聞いて安心した。なら引き受けてくれるよな?俺の依頼」
「!、貴様の依頼、だと?」
「ああ。万事屋なら頼まれた事なら何でもやってくれるんだろ?俺と、もう一度万事屋を再結成してもらえねーか」
「「はッ、はァァァ!?」」

ドヤ顔で語った銀時の表情に対して、口をあんぐりと開けて驚愕の大声を上げてしまった2人だったが。
すぐに、「何わけの分からない事を!何でアンタみたいなと!」と神楽に続き、「前にも言ったが、俺はもう誰とも組むつもりはない!」と新八の全否定が入った。
その雰囲気に押されながらも、「お前らなら付き合うさ」と動じない銀時は告げ返す。
まるで確信している口ぶりに2人して更に怒り顔を通り越して呆れを見せると、耐え切れなくなった名前が小さく笑った。
声に振り返った3人は、名前の浮かべる雰囲気に途端に静かになる。

「私からもお願いしたいの、新八くん、神楽ちゃん。珍さんと一緒に私たちを助けてくれませんか」
「名前さん…」
「でも、名前!私たちはもう前のようにはッ」
「前のようでなくて良い、今の2人だからお願いしたいんだ」
「「!」」

それに、と名前は寄って来た定春へと手を伸ばして撫で触る。
パタパタと尻尾を振る定春が擦り寄る様へ視線を向けながら、先ほどまで聞いていたやり取りから得た想いを告げた。

「新八くんと神楽ちゃんは変わってないよ、今も昔も。2人は万事屋銀ちゃんだって伝わったから」

5年という時を重ねても、銀時という存在を失い、成長の果てに仲違いし独立してしまっても。
銀時の試す物言いにだって、決して揺らがなかった強い意思こそ名前の知る万事屋トリオのものだ。
「お願いします」と、定春から手を離して思ったままに頭を下げた名前に慌てて2人は頭を上げるように返す。
そんな様子を眺め見ていた銀時も息を吐いて続けた。

「そうだな、お前らは万事屋だもんな」

名前から離れた定春が首を小さく傾げた後で尻尾を振りながら銀時へと擦り寄る。
甘える巨体を受け止めながら、銀時は撫でつつ納得したように紡いだ。

「何で定春が…」

どうして見知らぬこの男に懐くのか、と。
戸惑いつつも同じ想いを抱いているらしい新八と視線で会話し、名前の瞳を受け止めて。
2人がコクリと頷くのは遅くなかった。

[ 311/327 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]