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遠くで鐘の音が響く。
辺りにはひらひらと薄桃色の花びらが舞い、さわさわと風に煽られて木々が揺れる。

ああ、春だ。
新しい季節に浮き足立つ。新しい環境に入り勉学に励む者、部活動に勤しむ者…私がこれから通う高校は部活動が盛んなようなので大半は後者だろう。辺りに舞う桜が、まるで門出を祝福してくれるかのようだ。
真っ平ごめんだけど。

でも今朝は、これから始まる新しい生活という非日常に柄にもなく浮かれすぎたんだと思う。
じゃなきゃ、

「ここ、どこだ」

こんなことにはならなかったはず。
鐘の音が段々と近くなってるから方角的にはあっていると思う。着実に学校に近づいてはいる。まだ希望は捨てたもんじゃない。そう、今鳴ってるこの音が例え本鈴だとしても。
おめでとう私。初日から重役出勤だ。ないてなんかない。
ここまで来たら自棄だとひたすら手の中の携帯の画面のナビが指し示す方向へ歩き続ける。
道は繋がってるんだからどうにかなるよね。




ならなかった。

なんなんだくそったれ。
家を出てからかれこれ1時間は確実に経ってるというのに校舎らしきものが見える気配はない。いい加減足も疲れてきた。終わりの見えない迷路のような感覚に段々と苛々してきて髪をかきあげ…ようとしたが髪がひっかかって素直に指に通らない。
そりゃそうだ。今日は風が強い。一見桜が舞ってとても綺麗だろうが桜と共に砂埃も舞い上がっているんだから。そんな中、1時間も歩きつづけりゃそうなる。現実は漫画のようにいかない。

「すごーい、まー君桜吹雪きれ〜い!」

「あはは、そうだな。でもお前の方が綺麗だよ」

さっっむ。
え?なに、今の馬鹿みたいな台詞。幻聴かと思ったわ。花と人間比べるんじゃねえよ一昔前のドラマかよ。
今期のアニメ微妙だったしクオリティは低いしろくなことがないなおい、これだから春にならなくても年中頭の中春な奴らは。綺麗なのは桜吹雪じゃなくて“桜吹雪を綺麗だと思える私”だし、どうせこんなに彼女のこと好きな俺最高の彼氏とでも思ってんじゃないですかぁ??あはは肌寒さに拍車かかってガチ吹雪だわ。くそ、燃やしてぇ。

「……ニフラム」

「!? …え、っと、君、何してんの?」

リア充に対する私怨が大半を占める決意を胸に、ぼそりと低い声で某RPGの呪文を呟けば後ろから気遣わしげにかけられる声。
え、もしかして遂に職務質問?
そうか、とっくに学校始まってる時間に制服着て一心不乱に歩いてるのが居れば怪しいか。初日からなんてこったい。
…いや、これはもしかして道がわかるチャンスなんじゃないの?
素直に理由を言えば理不尽に怒ったり学校や家に即連絡ということはないだろう。少し自分だけで辿り着きたかった気持ちはあるが致し方ない。初日から学校をサボるわけにはいかない。
少しの希望の光を掴むべく振り向けば、目に入ったのはきらきらと眩しい程の黄色。は?黄色?

「………」

「えっと、大丈夫っスか?」

「あ、はい、あざす。大丈夫っす、急いでるんで」

「……………え?」

ぽかんとした金髪の兄ちゃんを尻目に、くるりと背を向け歩を進める。
どっかの制服着てたし全然お巡りさんじゃなかった。やっぱりこれは自分だけで辿り着けといお告げなのか。そんな手に乗ってやるか。交番で道聞いてやる。





結局大遅刻でしたハイ。初日から目立ってしまって大変よろしくない。
教室入ったら入学式なんてとっくに終わっていて自己紹介の真っ最中で空気凍ったし、ついでに自己紹介しろと言う担任の暴挙により一人だけ前で自己紹介するハメになったし。どんな苦行かと思ったわ本当。え?その時のことなんて覚えてない。
初日だから授業もなしで残り少ない自己紹介を聞き流せば今日はおしまい。最後に配られたプリントを鞄に押し込んであとは帰るだけだ。
明日名前書くのに油性マジック持ってこなきゃ と明日から始まる学校生活に早くも憂鬱な気分になっていれば、放課後どうする?なんて楽しげな声が聞こえてきた。もちろんこれは私に向けられたものではない。

「あ、部活見学行かない?」

「いいね!料理部とかどう?」

「うん!じゃあ私も…あっ!ごめん、私彼氏とデートだ」

「えっ!? ………そぉなんだあ!」


え、こわ。
なんとなしに聞いていればまさかの初日から仁義なきバトルを目の当たりにすることになってしまった。女の子こわいなー。女の子同士のそういうアレは私の居ないとこでやってほしい。それにしても一昔前にブームが去り今ではがちがちの料理かリア充が集まって適当なお菓子だのを適当に作るかの両極端な料理部にわざわざ見学いくってのがあざとい。運動部のマネージャーとかじゃないんだ。

今朝は肌寒かったのも助長してなんとなく持ってきてしまったマフラーを簡単に首に巻き顔をうずめる。そろそろこいつも洗濯してしまわなきゃな。
今度こそ帰ろうと立ち上がるとすぐ目の前に壁、もとい人が居て驚いて後ずさる。が、椅子によってろくに後ろに下がれずにガタッと音を立てるだけで終わった。膝カックンみたくならなくてよかった。

ていうか背でか…
見上げるほどの身長に綺麗に切りそろえられた髪の毛には育ちの良さが伺える。それにしても背でか、え、あれかもしかして喧嘩売ってるのか。そうか、よし、引きずり回そ。
決して小さくはない至って標準的な身長のはずなのに周りがにょきにょきとデカいせいでいつからか忘れたが背の高い人を見ると反射的に喧嘩を売るまでになっていたそれ。多分くそ従兄弟が会うたび会うたび馬鹿にしてくるのが大半を占めている。今では立派なコンプレックスまがいだ。ハゲればいい。
あー!すみませんね!両親も従兄弟も背でかい家系なのに遺伝しなくて!!ほーんと!
はよどけや刺すぞと半ば八つ当たり混じりに広い背中に念を送っていたらスっと目の前が開けた。そうすると今までは気が付かなかった、というかそのデカい身体で見えなかったが黒髪の男の子がいて友達と話していたことが伺える。申し訳ないね、帰りたいんで。

「ありがとうございます」

「こちらこそ道を塞いですまない」

笑顔はオート機能だ。これのお陰でこんな性格なのに表面上円滑に今まで生きてこれたんだろうなぁとしみじみとする。
お礼を言う際に目が合い、思わず心の中でワァーと感嘆の声を漏らす。
すっげ乙女ゲームかホモゲームに居そう。そしてすごい堅物そう。眼鏡(しかも黒縁)だし絶対いいとこの坊ちゃんキャラだよなー。ていうか下まつげ。
強烈すぎるキャラ立ちだけど、あんまりじろじろ見るのも失礼なのでさっと開けてもらった道を通り教室の扉へと向かう。そういやさっきの坊ちゃん手に何か持ってたな…ちゃんと見とけばよかった。あんな鮮やかな緑の髪の毛早々見ないわ。
というか、坊ちゃん友達と何かお話ししてたのはわかるんだけど、?あんな近い距離で話すことなんてある?あ、おホモだちかも。まぁどうでもいいけど。

ぱか、と未だガラケーのそれを開いてかちかちかちとTwitterに素早く学校オワターと呟いたあとに待ち受けの画像を見て今日も頑張った私にご褒美。もちろん待ち受けにはマイエンジェルゆき君が私に微笑みかけている。ああ、明日もがんばろう。
思わず緩みそうになる口元をマフラーで隠して教室を出ると大丈夫か?と問いたくなるほどの笑い声が後ろから聞こえてきた。元気だこと。

ばたばたばたと私の横をすり抜けて走っていく男子高生を見てリア充乙でーすと小さく呟く。
え?私?すぐ帰るけど。
今日漫画の新刊発売だし、昨日撮ったアニメ見たいし。



生きがいは画面の向こうです
(ゆき君きゃわわ!)
(私この為に生きてる!)


…………………………

ニフラム:敵を消し去る呪文。経験値は手に入らない。
訳:お前の経験値すらいらねーわ消えろ



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