微妙な空気が流れる間にお昼の終わりを告げる鐘の音が響く。
空の弁当箱と畳んだ紙パックを持ってよっこらせと立ち上がり梯子を降りれば改めてこいつらが背高いのがわかる。
…悔しくなんて、ないし。
「…おい待てよ」
「は?何か用っすか日サロ野郎」
「俺は青峰大輝っつー名前があんだよ。あと何でスパッツ履いてんだ」
「色々動き回るのに私が不便だからに決まってんだろド阿呆裂くぞ」
呼び止められて振り向けば何故か名乗る日サロ。誰も聞いてねぇし覚える気もねぇよ。というかスパッツ履いてるのを知ってるのは何かの拍子に見えたとして。
言いながら捲るな。
私のスカートを持ち上げる手に向かって紙パックの角を思い切り振り下ろせば、「いってえ!」という声と共にスカートの裾が重力に従って落ちる。
後ろから聞こえた、うわ…なんてドン引きした声なんて聞こえない聞こえない。
全く、青峰だかアホ峰だか知らんが教育者の顔が見てみたい。ついでに、さっき溢れたいちごみるくを拭いたティッシュをガングロに投げて校舎内へ続く扉を開ける。これで恨みっこなしでしょ。
屋上からのびる下へと続く階段を下っていると明らかに足音が1つ多い。確実に誰か後ろについてきてる。軽くホラーだな。後ろを見る勇気?そんなものはない。チキンだから。というか、見たっていいことなんかないんだ、こういう場合は。さっきの攻撃だって恐らくもう会わないだろうから出来たんだもの。ほら私ってか弱いから。かっこわらい。
「ねぇアンタ青峰っちの何なんスか?」
「…は?」
真後ろから聞こえた声にぐりんと振り向けば見定めるような目とぶつかる。今、私は相当間抜けな顔をしているだろう。何なんすか?なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け………端的に言えば、なんでもねぇけど?というか、なんだそれは。お前は日サロの彼女か何かか。
何か言うのも阿呆らしくてくるりと前を向いて足を進めると ちょっとーと感じの悪い声音が飛んできた。しつこいな。
「シカトっスか?感じ悪ぃ。大体アンタ誰なんスか?」
お前が誰だ。そのままそっくりお前に返すよ馬鹿野郎。さっきからロケット団が口上喋るのに大喜びしそうな前振りばっか口にしやがって…。というか本当に何だこいつ…女子かよ!ねちねちねちねち鬱陶しい。
人に名前聞くならまず自分が名乗れやボケ。
本当にどこまでついてくるつもりなのか、廊下に出るとまだ本鈴まで少し余裕があるからか人がそれなりに居た。遅刻せずに済みそうだ。
こちらを見た女子が色めきだっているのは気のせいではないだろう。くそっこのちゃら男のせいか。いつまでストーキングしてんだよこの人。
「普通…だし、彼女?じゃないっスよねぇ。
まさか片想いとか?やめた方がいいっスよー。青峰っち可愛い幼なじみ居るし見たところ普通のアンタじゃ釣り合わないってゆーか……何か言ったらどうっスか?」
「何か」
「うっわ、ムカつく…あんた絶対友達居ないっしょ。いかにも興味ありませんって気取っちゃって何が楽しいんだか…ねぇ、聞い、ぶっ」
そう、感覚的には夏の暑い日に周りを五月蝿く飛び交う蚊を、払うような感覚だった。
まぁだから私は悪くないよね。ここで怒るのが普通じゃない?
「ゴミはゴミ箱へ」と書かれたポスターが視界の端に映ったがもう遅い。空の紙パックはちゃら男の頬にクリーンヒットし床に落ちた。
「ああら、ごめん遊ばせー。お顔に学校につけてくるには随分煌びやかなものが張り付いてたんで、つい。
片想い?あっははははは…誰が?誰を?
お陰様で楽しいけど?好きなことはあるし?熱中できるし?充実してますよ?君に言われたくねぇわ。
あとごちゃごちゃごちゃごちゃうるっせえんだよド阿呆。気色の悪い頭悪そうな思考は頭の中だけに留めとけや。身体的な意味でも対話的な意味でも絡むのは他の女子あたってくれない?私、関係ねぇし」
やっぱ怒るのってエネルギーつかうな…。あーこの人ファンクラブとかありそう。刺されるかな。まぁいいか。
一気に吐き出してこんなものだろうと頬を抑えて呆然としてるちゃら男を横目に教室に入る。と何故か廊下の窓際で高尾君が息も絶え絶えになっていて、思わずびくと身体を跳ねさせた。
「…何ごと?」
「放っておけ。お前の啖呵に笑い転げていただけのだよ」
「うおう!?ってでか…」
赤ん坊でも産まれるのかって感じでお腹を抑えて踞りひいひい言っている高尾君に気をとられて、いつの間に隣に立った人物に気がつかなかった。
いきなりかかった声に肩を跳ねさせて、そちらを向けばかなりの長身に驚く。これ何センチあるんだ…ちゃら男と日サロも相当だったけど。同じくらいか、下手したらもっとあるんじゃないかこれ。
ていうか髪の毛超色鮮やか。こんな緑珍し……ってデジャヴュ?
「黄瀬とは知り合いか?」
「は?きせ?」
「あそこの金髪だ」
目線の先を辿ると女の子たちに囲まれてへらへらしてる金髪が目に入る。もう復活したのか。
ああ、あの人黄瀬君って言うんだ。さっき会ったばっかと返せば眼鏡の奥の瞳が少し丸くなった。びっくり?してるのかな?周りが真面目なのばっかりだったせいか昔からああいうタイプって好きになれなくてね。
「はぁー、腹いてぇー」
「いつまで笑っているのだよ」
「だあって真ちゃん!秋瀬さんの啖呵まじ…それにモデルが頬っぺに紙パックぶつけられるって!ぶふっ」
眼鏡と話してると高尾君が帰還したが、まだ思い出し笑いをしてるようでたまに吹き出してる。どんだけ笑うの。笑い上戸かよ…
というか今聞き慣れない言葉が。
「モデル?」
「黄瀬はモデルをやっている」
「へー」
「つーか同じクラスなのに名前も知らなかったとか」
「はあ?同じクラス?」
それこそ初耳だ。
語尾に草を生やしそうな今にもまた笑いそうな高尾君の言葉に思わず声を上げれば驚く二人。いやいやいや。びっくりなのはこっちなんだけど。
「何?知らなかったの?てか真ちゃんといつ知り合ったの?」
「真ちゃんて何、この眼鏡?」
「ぎゃっは!眼鏡…!」
「笑うな高尾」
「キセキの世代知らないとか!やっぱ秋瀬サン面白ぇー」
目尻に涙を浮かべながら楽しそうに笑う高尾君。褒め言葉と取るべきか世間知らずと取るべきか。
キセキの世代って何だよ…奇跡?なにが?頭が?イケメン揃いとか超人揃いとかそういうくくり?やっぱり必殺技とかあるのだろうか。
というか、さも知ってて当然って口振りだけど知らなかったら可笑しいのか。
実は相当有名人とか。睫毛長いし。
「紹介が遅れましてー…、こちらは緑間真太郎こと真ちゃん!で、こちら秋瀬あんずサン!」
「よろしく」
「よろしくしてやらないこともないのだよ」
「…高飛車ツンデレなの?」
「可愛いっしょ?」
「え。高尾君がかわいいとか言うとホモいわ」
「やめてください俺健全」
「なんの話をしているのだよお前らは」
モデルなら許されると思うなよ
(ところで下睫毛自前?つけまつける?…きゃりーみどみど?)
(ぶふっ、きゃりぃ、みどみど…!)
(やめろ高尾が死んでしまうのだよ)
(なのだよってなんなのだよ)