足りなかったのは甘さでした


別に毎日がつまらないわけではなかった。
光は少し大人になったかと思いきや、やっぱり急にガラリと変わるわけなんてなくてやっぱり光のままだし、ハルヒも殿とくっついてからは開き直ってるし、その殿は相変わらずバカだし鏡夜先輩は何考えてるかわかんないし。ハニー先輩とモリ先輩が卒業して絶対に変わってしまうと思っていた僕らの関係も、ホスト部も、大した変化なんてなくて。でもそんな現状に不満があるわけでもなかった。

ただ、少し、足りないような。そんな気がするだけ。

そんな時だった。陳腐な映画のワンシーンみたいに。
舞い降りてきた、なんて可愛いものじゃないけど。突然女の子が僕の上に降ってきた。いや、飛び込んできた、の方が正しいかもしれない。

カシャン、

それが女の子だと認識する前にわけも分からず受け止め、そのまま床に倒れ込む。何かが落ちる音がして、ああ持っていたペンケース落としたかななんて。
見えたのは隣を歩いていた光とハルヒの驚いたような呆けたような顔。

時が止まったんじゃないかとさえ思うこの空間の沈黙を破って、最初に我に返ったたのは意外にも光だった。

「か、かかか馨!?大丈夫!?」

さっと顔色を変えて慌てて隣にしゃがみ込む光と対照的に、それまで固まっていた女の子がバッと起き上がった。

「も……」
「「も?」」

聞き返したのは少し険しい顔をした光ときょとんと首を傾げているハルヒ。
僕はと言うと、なくなった重さにもやもやした気持ちを抱きながら腕を支えにして上体を起こし、ぼんやりと彼女を見上げていた。
顔は伏せられて髪の毛に遮られていて見えない。
でも、ほんとに一瞬、もしかしたら僕の思い違いかもしれないけど。目が、あったような気がした。

「申し訳ございませんでした…!!!」

あ、と思った時には既に遅し。ピュー!という表現がピッタリなひどく慌てた様子で彼女は逃げてしまった。
ちらりと髪から覗いた耳は真っ赤で。

ああ、気のせいじゃないのか。

働かない脳内でそんなことを思う。
次の瞬間には心配そうな光が僕の顔をのぞき込んでいた。
少し視線をずらすと言葉にこそしないがハルヒもどうしたものかとそわそわしているみたいだ。

「馨?もしかして頭打った!?ど、どうしよう、医者!救急車!!」
「あー…うん。とりあえず落ち着いて」

なんで当事者の僕が一番冷静なんだと苦笑するが、もし光が今の僕と同じ状況に置かれていたら僕も同じような反応をしてるか。
ある意味僕が一番混乱してるかも。

触れた、よね…?一瞬だけど

自分の唇に指を這わす。
かすかに香る苺の香りは、リップクリームだろうか。

そう思い当たった瞬間、ひどくたまらなくなって重いため息をつきながら膝を引き寄せ、そこに顔を埋める。

「馨!?」

大丈夫かどこか痛いのかと心配する光の声は、右から左に通り抜けた。

参ったなー…


彼女どころか、本気の恋も知らず。

常陸院馨、17歳。

ファーストキスです。





足りなかったのは甘さでした

(やっぱりどっか打ったんじゃ…)
(うん、自分もそんな気がしてきた…)
(、僕医務室に…!)
(あー、ハイハイ大丈夫だから。ほら早くしないと始業の鐘鳴るヨ)





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