幸せ色


「はっはっは、何言ってるの美波。美波は絶壁じゃ腕が千切れそうなほど痛いいいいいい!!」

ひび割れた窓からは晴天の青空がのぞき、どこからともなくかび臭い空気が籠もる身体の健康に宜しくない我がFクラスの教室の朝は、今日も一人の男の子の叫び声で1日が始まる。

環境が悪ければ頭も悪い。
否、頭が悪いから環境が悪い。

綿の入っていないもはや布切れと化した座布団に座り、ちゃぶ台に肘をついて目の前で繰り広げられている既に慣れた光景を私はぼんやりと眺めていた。
すぐ前でチョークスリーパーホールドをきめられて意識を飛ばしそうになっている明久に、明久の意識を飛ばそうとしてる張本人の美波。
いつもの風景、いつもの日常。

「毎日飽きないのぅ」

騒ぎ声が五月蝿くて少しうんざりしていたとき、りんっと鈴のような声が響いた。
そちらを見れば呆れたように明久達を一瞥し、こちらに向かってくる天使、もとい秀吉が…

ああ、私、この笑顔の為に生きてる…!

「おはようなのじゃ」

「おはよう秀吉!今日もかわいいね!ああほんとに可愛い…!あ、秀吉もしかしてコンディショナー変えた?」

「あ、ありがとうなのじゃ琴子。そして良くわかったのぅ」

「やったぁ!あったりー!!」

当たったのが嬉しくてパチンッと指を鳴らす。ふっふっふ私に秀吉のことでわからないことなんかないんだから!と優越感に浸っているとあちこちからの視線が突き刺さる。
どうやら帰還した明久も一緒になって何故かみんな引いてるみたい。私の秀吉への愛に圧倒されたってことみたいね!どやぁ!

始業の鐘が鳴り響き、バラバラと自分のちゃぶ台に戻っていくクラスメイトに習って私も自分の座布団に再び腰をおろす。

席は残念ながら明久の隣という、まことに残念ながら秀吉の席とは離れたところにあるけど、ここはここで秀吉の後ろ姿が見えるからとても良い。
姿勢よく正座をして、すっと伸びた背中は華奢なラインを際立たせているのに、部分部分に男子特有の骨張ったところもあって、男の子だなあと意識せざるを得ない。
ああ、あの背中に飛び込みたい。


前言撤回。やっぱりムッツリーニが羨ましい。
ずるい。手を伸ばせばすぐに届くじゃない。
そんな思考も横から伸びてきた手による小さなノック音によって中断された。
何か用かなと思い犯人である隣を見れば、さっきまで秀吉を見つめていた私を見ていたのか少し呆れたような笑みを浮かべる明久が。

「明久とて秀吉は渡さん」
「違うよ!?確かに秀吉は可愛いけれどそんな命取りなことしないよ!」
「吉井黙れ」
「すみません!」

大声をだすからだよアホ。
鉄人に怒られた明久は光速で謝ってその後に僕悪くないのにとぼやいていた。

「で?何の用だったの?」
「いや、琴子はほんとうに秀吉のこと好きだよね」

秀吉は私が守る、と若干警戒していると、聞こえたのは思ったより優しい声で。
想定外のことに一瞬反応が遅れてしまった。

「、当たり前じゃん。あ、いくら明久でも秀吉はあげないからね」
「いや、うん、僕まだ死にたくないし。でもさ、秀吉のどこが好きなの?」

本当にいきなり何てことを質問するんだこいつは。何か裏があるとしか………いや、明久だからそれはないか。
それにしても秀吉の好きなところね…顎に手をあてて秀吉を思い浮べて見る。秀吉可愛い。

「そうだな…強いて言うなら」
「強いて言うなら?」
「あのさらさらで柔らかく指通りが良い太陽の陽に透ける髪の毛。見つめるだけで吸い込まれそうになる翡翠の様な瞳。すべすべしているキメの細かい白い肌。可愛らしい顔立ちなのにいざとなれば一番頼りになる男前な性格!どんな服でも着こなす少し華奢な身体!もう全部!全部好き!!」
「あ、わわ、琴子っ」
「わかる!?」
「…お前が真面目に授業を受けて居ないことはわかった」

興奮して明久に同意を求めれば、返ってきたのはいつもよりも数段低く轟くような鉄人の声。

し ま っ た 。

ぎぎぎ、とぎこちない動きで黒板の方を向けばチョークがバキッと粉砕されパラパラと床に落ちるとこだった。
頬を引きつらせる私に構わず教科書を置いてぼきぼきと指の関節を鳴らす鉄人は私には般若にしか見えない。むしろ鬼だ。

どうやら私は秀吉語りをしている内に立ち上がって拳を握り明久に同意を迫っていたのだろう。
慌てる明久と私に突き刺さるいくつもの視線、そして現に私が起立しているのがその証拠だ。

「授業を妨害するようなら遠慮なく外すが」
「慎んで遠慮します大人しくしてます」

シュバッと座布団に正座した私を見た鉄人は、またすぐに授業を再開してほっとした。

外す?何を?とは、流石に聞けなかった。













「…ごめん、僕が悪かった。」

少し経って明久が申し訳なさそうな声で謝ってきた。
そうだよ、明久があんな質問しなきゃあんな肝が冷える思いしなくて良かったのに。
まぁ、私も少し悪かったとは思うけど。でも秀吉が可愛すぎるからいけないのよね。秀吉の可愛さは罪だわ。

明久はまださっきのことに懲りてないらしく何か話し掛けてくる気満々で、きらきらとした視線をこちらに向けてくる。
私はあまり取る気のなかったノートを閉じて頬杖をつき明久との話しに付き合うことにした。

「何でそんなに秀吉が好きなの?」

どこの次は何でときたか。
私は少し考えて右へ首を傾げて答えた。

「さあ……わかんない」
「わかんないって」

私の答えに苦笑する明久。
まぁ無理もないだろう。でもわからないものはわからないのだ。

「理屈とかじゃなくて…一目見て好きになって、それから秀吉を知るたびにもっと好きになってくの。強いて言うなら……秀吉だから、かな」

もやもやと、でもしっかりとある何で、の部分を話す。
好きかと聞かれれば多分私はみんな好きだ。
でも、その中でも一番一緒に居たいのはやっぱり秀吉なんだよねと笑らえば、明久はそっかと微笑んで前を向いた。

口に出してすとんと心の中に落ちた、それ。
そう、秀吉だから好きなんだ。

ちらりと秀吉の方を見れば珍しく机に突っ伏していた。
…疲れてるのかな?
大丈夫かと心配する私にムッツリーニが秀吉と、二、三言なにか話してくるりとこちらを向く。大丈夫だとジェスチャーを送っているらしいそれに胸を撫で下ろす。
体調が悪いわけではないらしい。

まだ突っ伏している秀吉は心配だけれど。
秀吉の代わりにノートをとってあげなければと意気込み珍しく前を見て板書を始めた私を見て心底驚いている明久は後で殴ろうと思う。



























だから私は知らなかった。知るよしもなかった。

秀吉に話しが全部聞こえていて、
秀吉が顔を赤くしている、なんて。



君色に染まる


(……大丈夫か?)
(…いや、だめじゃ)
(……重症)



…………………………
前サイトのリクエスト品でした。思えば秀吉夢は初だったり。秀吉まじ天使。


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