02 [1/1]

「…ああ、はい、わざわざありがとうございます。はい、本人には伝えておきますので…ええ、自慢の生徒なんです。…いやこちらこそ、ご出産おめでとうございます。はい、はい、失礼致します」

「……」

「…椿、もう戻っていいぞ」

はい?
必死で走ってきたらこれだ。けろっとして書類に向き合ってる先生の先程の様子から察するに旦那さん辺りからお電話が来たのかなと思ったけど。確かに旦那さんには学校と名前を伝えたけど。
え?はい?朝怒られたこととか信じてもらえなかった件について謝罪も何もないんです?大人なんて…教師なんて…!

「ところで椿、お前ずいぶん余裕だな?」

「はい?」

何を言ってるんだ先生は。
余裕なんてものは天国のお母さんのお腹の中に置いてきた。
いつも全力で生きていつも全力でフラグ回収していってるんだよ。褒めてほしいくらいですけど。
頭可笑しいんですか?みたいな顔をしていると、先生はそれを感じ取ったのか青筋をたてながら素敵な笑顔で恐ろしいことを言った。

「こんな時間なのに次の授業に間に合うんだもんな?」



………それを先に言ってくれ!
失礼しましたあ!と職員室から猛ダッシュで出ていく私の背中に「頑張れよー」とやる気のない応援が届く。自慢の生徒への態度が雑で泣きそうです先生!先生なんてはげてしまえ!うそです!半分!
とにかく今は早く走ることだけ考えるんだ、やればできるいけるいけると自分を奮い立たせ修造を呼び起こす。
幸いな事に廊下や階段には人があまり居ない。地を蹴る足に力を込め、更に勢いをつける。足は速い方ではないが、人間必死になれば何だって出来るって父が言ってた。
本当だねお父さん。そのまま全力で走っていると3年の階に着き、少し速度をおとす。そこの角を曲がれば、教室はもう目の前。鐘はまだ鳴っていない。
やった!間に合ったんだ!
上がった息さえも今は達成感で心地いい。心の中でゴールテープを切り、廊下の角を曲がる。

「う、にゃ!!」

「、わ!」

目の前に飛び込んで来たのは水色。それが学校指定のセーターだと認識した瞬間、それに激突し数歩後ろへよろめく。
舌、噛んだ…っ!地味に痛い!!大体うにゃ!って何だ!我ながらバカみたいだな。

「い、たた…」

口内の思わぬ痛みに声にならない悲鳴をあげていると自分のものではない中性的な声が聞こえ、我に帰る。
ああ、誰かとぶつかったのか。

え、誰と…?
え、もしかして怪我させちゃった…?全身から嫌な汗が吹き出す。傷残っちゃったら、切腹で罪を償うしかないよね!?
口元を抑えがたがたと震えているのは寒さからではない。

「す、すすすすみませんでしたあ!!
急いでいたので、廊下を走っちゃいけないとは思いつつ…ましてや人様にぶつかるなんてご無礼、どうかお許しください!」

ずしゃあああー!という効果音がしそうな勢いで土下座をすると、相手側からの反応はなく、二人の間に沈黙が流れる。
え、何これ気まずい。怒り心頭で声も出ないとかですか?訴えられたらどうしよう。和解金っていくらくらいなんだとぐるぐる回る思考は止まらないどころかどんどんネガティブな方向へ進んでいく。負の連鎖を断ち切るのにすこしでも反応をみる為に恐る恐る頭を上げると顔の綺麗な人が居た。
え?女の子?あれ?…あ、でもズボン履いてる。え、男装?男子?
美人さんはぽかーんとしていて、どうしたんですか、と問おうと口を開こうとしたら目の前の美人さんが俯いてしまった。
ああああやっぱり怒ってらっしゃるんです??!


「…ふっ、あっはははははは!」

「え、」

どうしようどうしようと、少し顔をあげた体制のままおろおろしている私と、いきなり笑いだした美人さん。
しかも中々笑い止まない。ひーひー言ってるけど大丈夫ですか。え、何か可笑しいところあった?土下座か?でもあれだけ盛大にぶつかっておいて普通に謝るとか許されなくないですか。あ、頭を地面につけることで崩れるプライドなんて無いです。少なくとも今の私には。
昔の友達がこの姿を見たら卒倒しそうだけど、今転校してその子ここに居ないし 。ああ、元気かな。転校なんて慣れたと思ったけどやっぱり寂しいものは寂しいなあ。
少し思考が脱線しつつぼーっとしていると美人さんの笑いが段々おさまってきた。

「ふふっ、ごめんね。いきなり笑いだしたりして…ふっ、」

まだ収まらないのはわかるけど、時折こっちを見て吹き出すのはすごくやめて欲しい。なけなしの乙女心が若干傷付く。

「ほんと、ごめ、ふふっ…!君を見て笑ってるわけじゃないんだけど…っくく、っははははは!」

予鈴が鳴り自分の教室に戻ろうとする生徒で廊下が賑わい始める。ついに座り込んでまた笑い出したツボの浅い美人さんと土下座から頭を上げた正座の状態の私に突き刺さる視線も増えた。
すみません見せ物じゃないです。確かについこの間転校してきた奴が、俺らの美人さん(美人さんの周知度は知らないけれど人気そう)に何かしてるとなればシュール過ぎるしあいつ何やってんねんって感じだろうけど見せものじゃないです。

「……っはぁー、笑った。ごめんね、君の土下座が凄い潔くて…」

笑いすぎて出てきた涙を拭いながら立てるかい?と手を差し伸べられた。
ま、眩しい…!
爆笑してる時とはまた違った、ふんわりとした乙女を悩殺させそうな笑顔を向けてくる美人さんに思わず手を顔の前に翳した。いけない、これを直視は出来ない。
そして、美人さんがふんわり笑顔を向けた瞬間、凄い殺気が。

「だだだだいじょぶです!」

思わず素早く立ち上がる。
ぶっちゃけ周りの女の子からの殺気が凄く怖い。え、何これ。冷や汗だらだらなんですけど。寒気と震えがとまらない。
あれですか。何あの子馴れ馴れしいのよみたいな。すみません。
スライディングした時に擦り剥いた膝がじんじんするけどそれより女の子達怖い。

「でも膝、痛そうだよ?」

「や、大丈夫です何ら問題ありません!」

「…本音は?」

「保健室に行きたいです」

「ふふっ」

しまった!口が滑ってつい本音が!他意はない!決して!!
私の顔を見て美人さんが正直だね、と笑う。ありがとうございます光栄です。
どうも私の顔はお喋りみたいだ。

「もし良かったら保健室ついていくけど?」

「…へ?や、元はと言えば私が走ってたからですし」

美人さんはむしろ被害者。何でそんなに気を遣っているのかわからないけど保健室についていくから行こうと言いだす美人さん。そしてもうすぐ授業始まるし(ていうか予鈴も鳴ったし)女の子たちの目も怖いので断固遠慮したい私。
美人さんも私も一歩も譲らないので堂々巡りだ。

ああ教室は目の前なのに。あんなにも遠い…
みやびちゃん助けに来てくれないかな、そんな事をぼんやり思い始めた頃に美人さんの後ろにすらりと背の高い和風な雰囲気を纏った美人さんが現れた。

「でも…」

「精市?そこで何をしている」

「! 蓮二、」

しめた!
美人さんが振り向いて和風美人さんの名前(らしきもの)を呼ぶ。その一瞬の隙をついてダブル美人さんの横をすり抜け走り、教室の扉を開けずざざざざー!!とスライディングした。
…痛い。

「……初流、あんた何してんの?」

みやびちゃんの言葉が背中に突き刺さる。
今は何も言わないで…



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