鞘から六幻を引き抜こうと体勢を立て直そうとすると腹の傷口がズクンと痛んだ。 それは肉を裂かれたような痛みではなく、まるで身体を侵食されるような不快感と熱、そして感じた事のない激痛を伴った。 「てめ・・何しやがった・・」 鋭利な爪先に付着した鮮血を自身の下でベロリと舐めるアクマを下から睨み付け、再び壁に身体を預ける。 『ただ切られるだけじゃあぼうやも楽しくもないだろう?んん?』 すっかり綺麗になった爪は黒煙を発していて、まるで長年の飢えから解放されたかの如くカタカタと音を鳴らし、歓喜しているようにも見えた。 アクマは最後の一舐めを終えるとこちらに向き直り、続けた。 『アタシの生きた証を誰かに遺したいのさ。遺す前に皆死んじまうけれどどうやらお前は"トクベツ"らしいねえ。んん?』 治癒能力で完全に塞がっているにも関わらず、どうしても熱を持ち、激しい痛みを伴う傷跡―・・ 『レベル3に進化したアタシの能力は、"呪い"なんだよ。んん?』 そう言いながらニヤリと笑ったかと思えば一度の踏み込みで一気に距離を縮めて来る。 「チィ・・ッ」 何処を裂かれても抉られても経験する事のなかった痛みがこの数秒の間に次第に大きくなり、ついには感覚までもが麻痺し身動きが取れない。 迫り来るレベル3を前にし諦めかけ頑なに瞼を閉じたその時、脳裏に柳の顔が浮かんだ。 「柳・・」 思い出したかのようにぽつりと呟いた途端、金属同士が接触する甲高い音が辺りに響き渡った。 何時までも来ない痛みを不自然に思い目を開くと目の前に在るはずのアクマの姿は何処にもなく、代わりに暗闇が広がっていた。 しかしそれは薄っぺらく、それでいて少し頼りない・・案の定手を伸ばせば直ぐに行き止まりにさしかかった。 『なんだい、もう一匹いたの。んん?』 見上げると、大嫌いな銀色の髪がレベル3との間に在った。 「柳・・っ」 叫ぶように名前を呼べばあの死んだ魚のような目がこちらを捕らえる。 「・・助けに来たと言いたい所なんだけど、」 そう言って視線を逸らすので、自分も釣られて移動させる。 柳の右肩にはアクマの爪が刺さっていた。 『浅いね。んん?』 「・・でも滅茶苦茶痛い。」 その言葉通り酷い痛みを感じているはずなのだが、柳は顔色一つ変えずに左手で盾にしていた鉄のシールドのようなものでアクマの爪を弾き距離を置く。 ―・・セカンドである自分は生きていられることが出来るが、あのアクマの言い分だと普通の人間が傷付けられれば確実に死ぬだろう。 しかし、この状況で戦える事も出来なければ逃げる事も出来ないとなると・・ 完全に『終わった』と思ったその時、柳がスッと身体の力を抜いた。 刹那、先程までシールドだった其れがまるでパズルが辻褄を合わせるかのように組み変えられて行き、今度はショートブレードのような形に変化した。 『アンタも"トクベツ"?んん?』 柳は首を180度に傾げながらケタケタと笑うアクマを他所に、左手で握っているショートブレードを胸の高さまで持ち上げると一気に横に振った。 反射的にだろうが、それを見たアクマが攻撃に備えて身構える。 が、攻撃は無かった。 代わりに、地面に肉片と鮮血が落ちた。 一瞬何が起きたか理解出来ず目を見張ったが、柳の肩を見た瞬間に、ハッと息を飲んだ。 「う・・そだろ・・」 先程アクマから受けた傷を自身のイノセンスで抉り取り『無かった事』にしたのだ。 「・・滅茶苦茶痛い。」 本日二度目のそれを聞き『当たり前だ!』と突っ込みたくなるのを止める。 柳が至って冷静で、且、真剣だったからだ。 ×
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