NO.TIE.TLE | ナノ


彼女が一言伏せろアレン、と叫んだ瞬間勝手に体が動いた。


地面に這い蹲りながら割れた窓硝子や飛んで行く家具、崩れていく家・・真っ白な光の中で、それ等を全てスローモーションに感じていた。


暫くして光が止み、ふ、と気付くと辺りは既に暗闇に包まれていた。


きっと家具やら木材やらの下なのだろうが、今どうなっているのか家具を退かして外へ出てみないと解からない。


身体の神経を勝手に弄られるような、気持ちの悪い感覚が消えた身体を起そうと、地面に手を付いた。


ヌルリ


「わっ!」


ジュースだろうか、零れた何かによって手が滑り、前のめりに体勢を崩す。


ドサ、と音を立てて倒れるが、不思議と痛みは無い。


「馬鹿、下手に動くな。」


「!、ニカさんですか!?」


どうやら彼女の上に転んだらしく、反射的に顔を上げる。


彼女が居る場所は隙間から空の光が微かに差し込んでいるようで、次第に暗闇に目が慣れて来ていた僕は彼女の顔を鮮明に確認する事が出来た。


しかし、一気に青ざめる。


彼女の左脇腹には消し飛んだ家に飾られていたのであろう細かい彫刻を施された剣が刺さっていた。


そしてその瞬間、自分は彼女から滴る血に滑り、転んだのだと理解した。


「ニカさ…っ」


傷口を手で押さえて、表情を変えずに言う。


「ああ、抜いてくれないか。これだとこの狭い中上手く動けない。」


「さっき死にそうになってた人間が何を言ってるんですか!今度こそ本当に死にますよ!!さっきの傷口だって・・」


「安心しろ、俺は『普通』とは違う。先程の傷口は既に塞がった。」


血に濡れた手でシャツのボタンを外し、師匠が必死に止血をしていた傷口を見せる。


穴が開いていた箇所は既に塞がっていた。


「え・・何で・・さっき・・。」


彼女は目を伏せて言った。


『普通とは違う』と。


僕の勝手な解釈だが、きっと、彼女がとりつかれている何かの能力の中には、マナから授かったこの左目のように其処に『愛』は存在していないのだろう。


・・悲しそうな顔をしていた。


「何があっても躊躇わずに引き抜いてくれ。」


「・・っ、わかりました。」


師匠。彼女は一番、この世界で神様に近付いた存在じゃないんですか?


「!! ッあ、っつ・・!」


刺さった剣をゆっくり引き抜いて行くと彼女の表情が歪み、それと同時に血を吐き捨てた。


一度止めようと剣を持つ手の力を弱めるが、冷や汗をかいた彼女が『続けろ』と怒鳴るので再び力を込める。


ずるりずるりと、狭い肉の間を剣が抜けていく感覚が、手の神経を通じて嫌でも解かった。


やっとの事で抜けた剣を地面に落とし、シャツを捲り真っ青にする彼女の傷口を見る。


ゴボゴボと音を立てるように血が流れる其処は、僕が止血の為とハンカチを取り出している間にみるみる小さく成っていた。


「上出来だ、アレン・ウォーカー。」


そう言って微笑む。


狡いと思った。





彼女が少し腰を浮かせて自分たちの上にある残骸に手を翳すと、静かに感じる風と共に雲に覆われた空が見えた。


きっと師匠は彼女の事が好きなのだろう。


それは恋人同士に生まれる『愛』ではなくて。


どちらかと言うと家族間に築き上げられるような『愛』の方が近いと思った。


彼女に語りかける師匠は優しい声をしていてその瞳は酷く暖かかった。


彼女もそう。


きっと、二人にしか解からない深い絆がそこにあるのだと。


そう感じて、何故か悲しくなった。


この感情は嫉妬ではない。


『悲哀』だ―・・・・








第二十四夜 プロローグ





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