「だからさ、ジョニー。どうしてこの式がこうなるんだ。ん?」 日課である科学班の手伝いに来たニカと、そんな彼女の付き添いでただ傍観している神田。 「こーやって分けて考えるんだよ。いちいちそんな式当てはめなくても直ぐ解ける。」 「!ほんとだ・・っ」 化学班が躓いている箇所を次々と解決して行くニカ。 その光景を見て驚いている神田の横でコムイは微笑み、珈琲を啜った。 「ニカ、凄いでしょ。」 「・・・・ああ・・。」 「でもね、天才なのは生まれつきじゃ無いんだよ。」 ・・一緒に居りゃ解る。 ニカはいつも難しそうな本を読んでいた。 殺風景な部屋に置かれた棚の中に綺麗に収納された、様々な国の言葉で書かれた本。 何周も読んだのか草臥れていて。 その中に一冊だけ。 『ヒト』について語った本があったが、それだけは手をつけていないのかまるで新品の様に皺一つ無くて・・、どれたけ『ヒト』を遠ざけて来たのかを手に取るように感じとれた。 「じゃ、俺そっちの資料確認すっからわかんねぇとこあったら呼べよ。」 デスクに山積みに置かれた資料の前に移動するニカを目で追う。 煙草を吹かして一枚一枚確認して行く彼女の首が、前触れも無く突然落ちた。 「寝たな・・・・。」 腰を上げて肩を揺する。 「起きろ、ニカ。」 見兼ねたコムイが彼女の細い腕を持ち上げ注射を打つ。 すると、だるそうに目を擦り、頭が回らないのか皆がいると言うのに俺の腰に腕を回して来る。 「ん・・神田・・寝てた・・?」 「一瞬だけな。」 コムイとリーバーが苦笑して休ませてあげて、と言うのでニカの身体を持ち上げて、腕の中に納める。 欠伸をしながら胸に頬を擦り付けて来る彼女は普通の女だ。 愛しく想い、ぎゅ、と腕に力を込めればシャツを握り返され更に愛しく想った。 早く服脱げ。 後ろ向いててくれよぉ! 何だ今更・・。やっぱり俺が脱がすか? あ・・あのなあ!俺はそういう類いの事はお前が初めてなの! 知ってる。 ・・っ、そ・・それにまだ返事だってしてな・・っ。 それも知ってる。 あ・・っ、ちょ、神田・・! 我慢も限界だ。お前の所為だからな? な、んで・・・・ん、んんっ じゃあ・・お前は俺が嫌いか? 違・・!っ、 じゃあ何だよ。 ・・・・っ、き、嫌いじゃ・・ない。 ふ、素直じゃ無え奴。 全てを捨ててお前を護りたいと思った。 狸寝入りするニカの髪を少しやりすぎたか?と思い優しく撫でる。 しかし、彼女が口にする言葉は俺の考えとは酷く異なり・・ 「・・ごめん。」 其の謝罪の意味を理解した俺は胸を締め付けられるような錯覚に陥った。 「・・謝る事なんて何もねぇだろ、勝手に俺が惚れたんだからよ。」 「・・物好きめ。」 「お前、厄介だからな。」 そんな会話をしてふわりと笑う。 その綺麗な微笑みが好きで。 「厄介っつったって・・周りから見りゃ神田もそうだろ。」 「・・煩ぇ。」 緩やかに流れる愛しい時間・・いつまでも続けば良いと思った。 叶わない願いだと解っていても、どうしても受け入れたく無かった。 ニカもきっと、そう思っていただろう。 また少し痩せて、一度消えた隈が次第に浮き上がって来て、初めと比べて薬品も効かなくなり・・いつの間にか頼りなくなった背中をただ抱き締める事しか出来ない俺。 消えてしまわない様に腕に力を込めて抱きしめればその身体は今にも壊れそうな程に細くて、自己嫌悪に陥る俺の背に腕を回したお前は幸せそうに綺麗に微笑むんだ。 つくづく狡いと思った。 いつまでもこのままじゃいられないと解っていたからこそ。 苦しく、辛くなった。 俺だけじゃない。 アイツの周りに居る奴等は皆・・特にミツキなんかは隠れて泣いていて、それを知っているのかいつもニカは強がっていた。 誰もが無力な自分を嫌っただろう。 そんな思いも虚しく、着々と来るであろうその時(最後の瞬間(トキ))は確実に迫って来ているのであった。 そして、ついに―・・ ×
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