辺り一面の雪景色。 裂けた地面。 死んでしまった自然。 ―・・嗚呼、予知か。 嫌な予知だな・・何度同じ光景を視てもこればっかりはどうしても慣れてくれない。 早く終わらねぇかなと溜め息を吐きながらふ、と正面を見据える。 そこには沢山の死体により埋め尽くされた大地の中心に一人佇む自分の姿が在った。 ・・泣いてるのか? 『起きろよ、なあ・・』 起きる?誰が? 刹那、力無く折れる膝。 ゆっくりと伸びた、震える手が倒れている誰かを揺する。 『頼むから・・目を覚ましてくれ、起きろよ・・。』 だから、誰が―・・ 足元の死体に視線を移す。 「神、田?」 血の海に浮かんでいたのは彼だけでは無く。 ミツキ、リナ、コムイ・・教団の面々が折り重なるようにして倒れていた。 「どうして・・!」 否・・違う、違うんだ。 これは変えられる未来。 考えるな、まだ何も起こって無い・・そう、何も 『視たくない?』 「っ、」 ビクッと肩を震わせて目の前に現れた影の源に再び視線を戻せば、 『お前の所為だろ。』 冷えきった其の両手で頬を包まれ、 『"俺"に触れる事を躊躇った、お前の所為だ。』 爪の食い込んだ部分から流れる血を見て歪んだ笑みを見せる『自分』。 「なにを言、」 刹那、感じた事の有る不安定な気配が辺りを支配したかと思えばまるでデータを書き換えられたように次第に変化して行く風景。 青空の下に季節外れに美しく咲き誇る花畑―・・ 嗚呼、そうか。 お前は・・ 「ニカ・・・・ニカ!」 突然、名前を呼び掛けられ夢から解き放たれたかと思えば最初に視界に飛び込んで来たのは険しい表情を浮かべるコムイと神田だった。 「っ!」 驚愕のあまり反射的に身体を起こそうとするが、何かによってそれは阻止される。 「馬鹿、身体起こすな。線繋がってんだからよ。」 神田にそう言われて部屋を見渡すと見慣れた景色の中に沢山の機械が置かれていて、伸びた配線が自分の身体に繋がれていた。 未だ状況が理解出来ず酸素マスクを取る。 「な、んだ?どうしたんだ・・俺は。」 「寝てる途中に突然呼吸が停止して、それに直ぐ気が付いた神田君が僕の所へ駆け寄って来たんだよ。三日間も目を覚まさないし、原因も不明だったからずっと危険な状態で…。」 三日も寝ていたのか? 嗚呼、やはりアイツは・・ シャツ越しに強く胸を掴む。 状況に整理がついた瞬間にじわりと額に汗が滲んだ。 あの花畑は一度だけ見た事がある、予知じゃない、現実で。 7年前の"最後の瞬間(トキ)"、その果てに在った―・・ 優しく背中を撫でる神田の胸に額をつけ、ぐったりと身を預ける。 鎮静剤の入りの注射器を取り出したコムイはシャツの裾を捲り腕に針を射した。 薄らぐ意識の中コムイを見上げる。 俺が視た予知。 アレを視たと言うことは世界の終わりが近いと言うこと。 俺を写したような姿をしたアレは神や世界の摂理すらを握ろうと、この世界の均衡を乱そうとする"最後の瞬間(トキ)"の元凶。 世界の果ての果て・・不安定に歪んだ時空の狭間、あの青空の下に咲いた花畑でしか生きる事を許されない、 「『心理、の、レプリカ』・・・・」 そう、間違いなくアイツだ。 「今、何て!?」 「止めろ!!」 本格的に遠退く意識にコムイが肩を揺すりながら懸命に呼び掛ける。 既に身体が言うことを聞かなくなっていた為に反応する事が出来ず、再び迫り来る睡魔に重い瞼を閉じた。 「そんな、まさか・・。アレは7年前に一度消滅したんじゃ無かったのか・・?」 ガク、と力無く椅子にもたれ掛かるコムイ。 自分に聞き覚えの無い言葉に食い付く彼に違和感を覚えた神田はニカをベッドに寝かせて訊ねた。 「・・オイ、心理のレプリカって何なんだ?」 「・・アレは―・・」 ―・・『心理のレプリカ』。 人類や様々な世界を危機に晒す事で己の欲求を満たす、特定の器を持たない最大の危険因子。 其の存在は7年前、ニカのイノセンスにより抹殺された事が確認されていた。 だが、あれから7年後の現在(いま)。 再び『神のレプリカ』(ニカ)の前に態々、自ら現れた『心理のレプリカ』。 それにどんな意味が込められているのか―・・。 "最後の瞬間(トキ)"を隅から隅まで研究した者になら誰にだって解る事だった。 悪魔でもこれは予測だが、特定の器を持たない『心理のレプリカ』はこれからニカの視る予知に度々現れては神に支払うはずだった代償(ニカの身体の一部)を奪って行く。 己の器を確立する為に。 そして、嘗ての恨みを晴らす為に。 このまま予知を視続ければ、ニカは『心理のレプリカ』の手により神との契約を破る事になる。 その場合、神は、神の『レプリカ』を己の敵だと見なし―・・ 最後の瞬間(トキ)"が訪れる前に、確実にニカは死ぬ。 →第十六夜に続く ×
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