どれだけ逃げたかしら。 破れた団服から露出された生々しい傷痕を手で押さえて建物の影に隠れる。 レベル3の硬いボディに刃が立たず、削れた斧を見てもう使い物にならないと溜め息を吐いた。 「っ・・酷い有り様。」 馬鹿ね、私は。 あれだけの覚悟を決めたと言うのに着々と近付いて来る死から逃げてる。 その証拠に血に濡れた両手が死を抗う様に震えていて、酷く斧が重く感じた。 強がった罰よ・・。 今更気付いたってもう遅いわ、今日私はここで死ぬ。 ニカで無くても、この状況に立ってしまえば誰にだって解る事。 そう、ニカで無くても・・。 擦りむけた膝を抱く。 傷口に涙が落ちて痛い。 「ニカ・・・・」 ポツリとそう漏らせば堪えていた感情が止めどなく溢れ、孤独を嫌がる己の胸をじわじわと満たして行く。 「会いたいよ・・ニカ・・」 助けて、だ何て口が裂けたとしても絶対に言えない。 それに言った所でニカは来ない・・ニカの予知は見れないし、何よりきっと呆れているもの。 嗚呼、こんな事なら最後に有り難うって伝えて来るべきだったわ。 私なんかより、神田の方が良く解ってたのね? 私達の事を・・ 生きたいと願ったって、もう遅いのね。 「・・そこに居るのは解ってるのよ、出て来なさい。」 先程から建物の上から私を見下ろしているアクマを見て、私は既に刃が削れてしまった斧を握り締め立ち上がった。 「"死"が怖いか?」 「ええ、怖いわ。だから人は必死に生きようとするのよ。私も今気付いたのだけれど。」 アクマは喉を鳴らして笑い地面へ足を下ろしたと思えば私の首を掴み壁へと押さえつける。 「"死"を抗う魂の方が恐怖を直に感じる事が出来る故に殺しがいがある。」 鋭利な指が首筋をなぞる。 ぷつり、と食い込んだ部分から流れる生暖かい血を感じてつい笑みが零れた。 「何が可笑しい。」 「可笑しいくなんかないわ。只、私は生きていると・・そう感じているだけよ。」 だから―・・ 斧が再び光を帯びる。 砕かれた刃がみるみる内に再生されて行き、存在感を取り戻す。 「何、を・・!」 「イノセンス最大限解放!」 私はもう逃げない。 目覚めてからずっと、残酷なこの世界から目を逸らして来たのだから。 もう十分逃げたじゃない。 「私は貴方に殺されないわ。」 生きるの。 生きて向き合うのよ・・今度こそ。 ---------- 「っ!」 「どうした?」 ミツキの任務先へ辿り着いたニカと神田。 アクマの死骸とウイルスを持つ血の広がる荒れた地を足早に歩いて行く最中、ニカは何かに反応したかのように辺りを見回す。 「ミツキの声が聞こえた。」 何も聞き取れなかった神田はニカがそう言うので耳を澄ましてみるが、やはり何も聞こえない。 こんなにも静まり返っていれば人の声がすれば直ぐに気付くはずなのだが。 「空耳じゃねぇのか。」 「否、近くにいる。」 予知が視れない事をもどかしく感じるニカは更に足を早めて入り組んだ細い路地へと向かった。 「大地から少しだけ感じ取れる、ミツキはこの先だ。」 「大地?」 「ああ。自然で成り立つモノは全て予知の対象だからな。」 剥げたアスファルトから剥き出しになった土を踏み締めれば、血だらけになりながらもアクマと戦うミツキの映像が頭の中を流れる。 「近い。」 まだ生きているのを確信するのと同時にアクマの存在を感じた。 細い路地を進んで行けば所々に見られる血痕を目印にして辿り着いた先は崖。 「―・・!」 アクマに首を捕まれ、今にも崖から落とされそうなミツキの姿。 団服は所々破れイノセンスである斧は砕かれている。 「ミツキ!!」 手を伸ばす。 勝手に動く身体に全てを任せ、どうにか間に合えと切に願った。 ―・・止めろ、止めてくれ まだ何も伝えていないんだ。 お願いだ・・ ―・・間に合え! ×
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