とある夏の日。 深緑色の芝生の上に散乱したアクマの死骸、そして黒ずんだ血痕。 そんな汚れた緑の中心で胡座をかいて煙草をふかす中性的な容姿をした『彼女』。 膝の上には、力が抜け、ぐったりとした動かない仔犬が横臥していた。 火の点いている煙草は虚しくも、風の力により灰が飛び散り、紅く色付いた芝の上へと落ちて行く。 鮮やかな碧眼の『彼女』の瞳に感情は無くもうじき死を迎えるであろう仔犬をただ見据えていた。 アクマの血の中に煙草を投げ込み火を消して、その身体をそっと撫でる。 その刹那の後に『彼女』の膝の上で仔犬は砂と化し、毒を放つガラクタ達が寝そべるこの光景には不釣合いな優しい風にあっという間に融けて行った。 「ニカもう行くさ。探索部隊(ファインダー)に生きてる奴が居る。」 振り返ればオレンジの髪色に、眼帯をした少年が少し遠い所から『ニカ』を呼んでいた。 相変わらず表情を示さない『ニカ』の碧眼は静かに閉ざされ、その変わりに乾いた唇がゆっくりと動いた。 「ヒトは尊いモノを助けようとしない癖に、何故ヒトはヒトを助けるんだ?弱い奴は死ぬ、それがこの世界の理(コトワリ)だろ。」 尊いモノは脆く弱い。 ヒトは己の強さを見せ付ける癖にそれを見殺しにする。 近くに在る存在を大切だと馴れ合いながらいざとなればその存在ですら殺める事が出来る下劣な種族だ。 眼帯の少年は何か言いたそうに己の両手を強く握り締め睨むような鋭い目付きで『ニカ』を見た後、静かにその場から立ち去った。 嗚呼・・あの日もこんな蝉の音が五月蝿い夏の日だった。 最後の瞬間(トキ)を最後にしない為に、人と似て異なる『レプリカ』(偽者)が造り出された、悪夢とは似て異なるあの日。 まだ目覚めたばかりの頃に、まるで減罪させるかのように、且つ、生み出した事それ自体が正解だったかのように、こう言われたのを覚えている。 『この世界には夢が、希望が、愛が在る』 でも、そんなの嘘じゃないか。 結局は、何も無いじゃないか。 ---------- 「お帰り、ラビ。」 任務の報告書を受け取った黒の教団の室長、『コムイ』は任務を終えて帰宅した『ラビ』と呼ばれる眼帯の少年の無事を確認して微笑んだ。 しかし、浮かない顔をするラビ。その原因は言わずとも解るものだった。 「・・ニカは?」 「自分の部屋にいるさ。・・多分。」 それを聞いたコムイは困ったように小さく溜め息を吐いた。 協調性に欠けるというか、なんというか・・もう少し『仲間』であると言うことを理解して欲しいものだ。 「なあ・・コムイ、ニカは・・。」 ラビは己の表情を隠すように俯き、掠れた声で言った。 「ニカは・・生きてて楽しいんかな。」 『生きる』か。 息を吸って、吐いて・・そんな当たり前な事すらも彼女にとっては辛いのかも知れない。己の存在そのものが憎くて堪らないのだろう。 「大丈夫。生きていればきっと良いことがあるって、彼女も解っているよ。」 コムイはラビを安心させるかのように微笑んで、その問い掛けに答えた。 ×
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