1時間半掛けてやっと教団へ辿り着いた頃には既にニカの脈拍は弱々しく一刻を争う状態だった。 コムイ達にどこかへ運ばれたようだが、そこから先はどうなったか解らない。 しかし、未だに抱き上げた時に感じた彼女の細い肩の感覚が手に残り、不思議といつもの様に『どうでも良い』とは思えなかった。 眠れるはずも無く、仕方がないので外の芝生で剣の素振をしに行こうと廊下を歩いた時だった。 「・・何してんだ、あいつ。」 少し遠くの方にオレンジ色の頭(ラビ)が目に入った。 何の部屋だかは知らないが、微かに開いた扉から中を覗いているようだ。 「おい・・何して・・」 自分もその後ろから反射的に中を覗く。 そして、言葉を失った。 「『ニカ』、完全に沈黙!蘇生開始します!」 「羊水の酸素濃度限界まで上げて!」 「了解です!」 硝子の入れ物に入った羊水と呼ばれる白濁色の液体の中で、力無く浮かぶニカ。 コムイと先程の男達は険しい表情で彼女を見据えていた。 刹那、波打つニカの身体。 「駄目です!心肺停止したままです!」 「もう一度!」 神田はただ唖然とその光景を見据えながらラビに訊ねた。 「死んだ、のか?」 「・・解らないさ。つーかアイツ、ずっとこんな事やってたんか・・?」 これがコムイの言う"メンテナンス"だろうか。 もしそうならまるで長い間やって来たような口振りだった為、多分、目覚めた時からずっと・・ここで・・。 ニカの周りを取り囲む人々の目は世界の終焉を見ているような、そんな瞳をしていた。 「!、蘇生成功しました!」 「よし・・!羊水に薬投与して、落ち着いたら脳波と血液調べて!」 「了解です!」 ラビはほっと胸を撫で下ろして、見るからに重たそうな鉄の扉を静かに閉めた。 ニカは今まで何を見て、何を感じて来たのだろうか。 ---------- 「へぇ・・。んなことがあったんか。」 「ああ。」 場所は変わり、教団の敷地内の森。 芝生の上に寝転んだラビは溜め息混じりに呟いた。 「俺、ニカのこと誤解してたかも・・。」 出会った時からずっと、冷酷で自分勝手な人間なのだと思い込んでいた。 でも、違った。 勝手なのは周りの人間だ。 己の都合で"兵器"として彼女を造り、延命。 "本来なら2年前には朽ちるはずの身体だった"・・それって必要が無くなったら捨てるって事だろう? きっと彼女は今回起こるであろう"最後の瞬間(トキ)"を阻止したら今度こそ本当に捨てられる。 否、現段階で既にあの状態だ、それより先に命が尽きてしまうかもしれない。 戦場で酷使される為だけに造り出されたニカは誰とも心を通わせられないまま、ただ朽ちてて逝くしか無いのだろうか・・。 頭の後ろで腕を組み美しい夜空を見上げるラビに、神田は軽く六幻を素振りしながら訊ねた。 「・・お前もアイツに心が無いと、本当にそう思うか?」 その問い掛けに、ラビは夜空を見上げたまま静かに答えた。 「いや・・思う訳が無いさ。」 だって、本当は感じていたから。 アクマを壊して行く彼女に、命を落としたモノをただ見つめるだけの彼女に。 瞳の奥なんかよりもずっと奥に"哀"の感情だけは確かに有ると言う事を。 ただ、この環境がそれを隠し、まるで何も感じていないかのように演じさせているだけ。 だから、本当は知っていた。 無いと謳われた心の中で、いつも泣いていた事を。 →第六夜に続く ×
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