NO.TIE.TLE | ナノ


汗と鉄の臭いに混じって神田の香りがする。


重たい瞼を抉じ開ければアネモネの花畑の景色の中で一層視線を惹く、横たわる自分の隣でこちらを見つめる彼。


時空の狭間に傷付けられ血だらけになった頬に手をそえる。





愛・・してる・・





頬にそえた手に重なるのは、自分のよりも遥かに大きい・・大好きな彼の手。


「やっと・・言えた・・」


安堵する彼の優しい表情を見て、自分もまた安堵する。


「ずっとそう言いたかったんだ・・」


彼は涙目になりながら『良かった、良かった』と繰り返してから俺を抱き起こし、『俺も愛してる』と言った。


重ねられた唇から伝わる彼の感情は、今までで一番優しかったと思う。


少し遠くの方から名前を呼ばれて、彼の手に支えながら身体を起こせば、走りながらこちらへ向かって来る皆の姿。


ミツキとリナリーとマリは泣いていた。


ラビはそんな彼等に挟まれながら『仲間を泣かせるなさ!』と、一緒になって泣いていた。


クロスは俺と目が合うと微笑み、煙草に火をつけると『またな』と言って背中を向けた。


「有難う」と言えば『この貸しは身体で・・』と言われ、神田が『オイ!』と突っ込んでいた。





何時か・・誰かが言っていた。


『この世界には夢が在る、希望在る、愛が在る。』


それ等は確かに自分の周りに満ち溢れていた。


きっとこれから先何年経っても自分の支えになるんだろう。


それ等を守る為に、何がっても生きたいと・・そう願うんだろう。


これでやっと、少しだけ・・


素直になれそうな気がするんだ。






―・・黒の教団


科学班は、7年前と同様、突然地球をすっぽりと包んだ蒼い光と、その後に起きた地球の異変の解析に大忙しだった。


「7年前と同じ現象が起きたのなら、ニカは『心理のレプリカ』を破壊出来たんじゃ?」


「そうだと良いんだけどなぁ・・」


「あれから暫く経つけど一本も連絡がねぇって室長が受話器に張り付いてるよ。」


コムイに視線を移す科学班。


何時もなら『仕事しろ』と突っ込みたいところだが、その表情は険しく、緊迫した雰囲気がこちらにまで伝わって来る。


「無事であればいいんだけどなぁ・・」


心配を隠せずに、頭を抱える。


途端、鳴り響くベルの音。


「はい!!」


瞬時にコムイが受話器を取り、科学班がその光景をじっと見つめる。





『退け馬鹿兎!あ、テメ!』


『もしもし〜コムイかぁ〜?』


『ちょっ・・ラビ!』


『大人しくして下さいな!』


『まあまあ落ち着けお前等・・』





電話先から響く元気な声に、思わず声を張り上げる。


「もしもし神田君!?どうなった!?全員無事なの!?」





『ああ全員無事だ。全て・・終わっ・・テメェ邪魔すんな!!』


『オレだって話したいさー!』





その言葉を聴いて、思わず涙ぐむコムイと、歓喜のあまり拳を掲げ立ち上がる科学班。


「皆生きてるってよー!!」


「全部・・全部終わったんだぁー!!」


リーバーはコムイの肩にポン、と手を置き、微笑んだ。


「何泣いてるンすか。彼等に迎えを寄越さないと。」


「うわぁ〜〜〜ん!リーバーくぅうん!!」





受話器から響く、科学班の騒がしい声に呆気に取れる一員。


思わず耳から受話器を離した神田は「チッうるせぇ」と眉間に皺を寄せ舌打ちを漏らしたが、ベンチで眠っているニカを見てフッと微笑んだ。





何度も諦めようと思った。


何度も手放しそうになった。


でも、信じていた。


守りたいと思ったから。


変わらない想いがあったから。


愛しているから。





確かにそれは一年経った今でも薄れる事無く自分の中に在り続けて居る。






だから待っている。


例え俺が生きている内にお前が目を覚まさなくても・・


百年先でも千年先でも構わない。


この気持ちが在る限り、


俺はお前の目覚めを待っている。





→第二十九夜に続く



×