60. 避けられぬ死が襲う 




「おい!!みんな…みんな、おかしいだろ!!?」

ヴィスカの能力でも、ジョルノの能力でもアバッキオは助からない。
ブチャラティがそう判断して背を向けた時、怒鳴るようにして声を荒げたのはナランチャだった。

「ナランチャ、何がおかしいのだ。言ってみろ」
「分かったよッ、ジョルノの力でも、ヴィスカの力でも助からないって事はよォッ!!」
「では何が問題なのだ」
「おかしいだろッ!!なんで今なんだ!?ヴィスカがもっと早く俺たちにその能力の事を言ってくれれば、アバッキオは助かったかもしれないじゃんかよ!!そうだろ!?なんでみんな、そのことを言わないんだ!?」
「ナランチャ、それは違う」
「違くなんかねェッ!!おいヴィスカ!!なんでオレたちに黙ってたんだよ!!アバッキオが死んだのはさあ!!ヴィスカのせーー」

そこまで言いかけて、ナランチャは嫌でも言葉を呑み込まざるを得なかった。
その続きを封じるかのように、ブチャラティの眼光が力強く放たれている。

「おい。いいか。その言葉の続きを一言でも言ってみろ。俺はお前をここに置いていく」
「なーーッ‥‥…」

一瞬、言葉を失いかけるも、またナランチャは声を荒げた。

「なんでだよ!!オレはッ……オレはッーー‥‥…クソ‥‥‥アバッキオが……仲間が死んだんだぞ……」

こうべを垂れるナランチャに対し、ブチャラティは毅然とした態度を保ったまま声をかけた。

「ナランチャ。酷な事を言うかもしれないが、よく聞け」
「……」
「過ぎた事は変えられんのだ。それにケチをつけて何の得になる?"なんで、なんで"と繰り返すな。駄々をこねるガキでもあるまい」

"ガキ"ーー、いつもならこの言葉を聞けば怒り出す彼でさえ、今は口を閉ざしたままだ。

「俺たちが見ているのは過去ではなく未来だ。それは今までもこれからも変わらない。アバッキオが死んだ今でも」
「……」
「そしてナランチャ。自分の言葉に最後まで責任を取れぬようなら今すぐヴィスカに謝れ」
「……れは、」
「?」
「オレは……オレは謝らねぇ。オレは正しいと思った事を言ったんだッ、それは譲らねェ!!!」

「ナランチャ!!」

駆け出していくナランチャに思わずヴィスカが声を上げる。
しかし彼が一目散に向かって行ったのはジョルノーーが持っている亀だった。

「ジョルノッ!!貸せッ」
「ーーあ、は、はい」

こちらの言葉なんてまるで聞きたくない、といった様子で、ナランチャはジョルノの腕をかきわけ、亀の中へと入ってしまった。
突然の事に驚いたのか、中にいたトリッシュの小さな悲鳴も聞こえる。暫くトリッシュの不機嫌そうな小言が聞こえてきていたが、すっかり声も聞こえなくなった所を見ると、ナランチャは不貞腐れて寝てしまったのだろうとも思える。
一連の流れの後、ブチャラティは、小さなため息をひとつ付いた。

「ーー…ヴィスカ、悪いな。このことは…少し落ち着いてからもう一度君の口から説明をしてくれないか。そうすればアイツの気も少しは晴れるだろう」
「ブチャラティ、ごめんなさい」
「謝るな。悪いのはナランチャだ」
「…」

ナランチャの言う事はもっともだ。だからヴィスカは、彼が悪いなんて微塵も思っていない。むしろ悪いのは自分だ。
ナランチャの言う通り、皆に能力の事をもっと早く言っていれば、こうなる事は免れたのかもしれない。
言わない事を選んだのは自分だ。後悔先に立たず。気が付くのはいつだって、すべてが終わったあと。

「ーー行こう」

ブチャラティは口を閉ざしたヴィスカにそれ以上言及することは無く、そう言って静かに歩き出した。
アバッキオの死を前にして出来る事と言えば、とにかく進み続ける事だけ。ブチャラティだけでなく、ヴィスカにだって、皆にだってそれは分かる。
また手がかりを求めて闇雲に彷徨う事になるのかと、その場が重い空気に包まれた時、ブチャラティを引き留めるようにしてジョルノの声が響いた。

「待ってください!ーー…これを」

ジョルノはアバッキオの固く閉ざされた手を指さす。
そこには、すっかり手がかりを失ってしまった一同にもたらされた、一筋の希望があった。








一同は海岸に停泊してあったボートに乗り込み、ローマへと続く大海原を渡っていた。

ジョルノが見つけたのは、アバッキオが死に際で握ったと思われる石の破片だった。
破片をてんとう虫に変えると、それはアバッキオが死の直前に残したであろうデス・マスクへと形を変える。
彼はリプレイを終え、ボスの素顔を暴いていたのである。

押し付けられた顔面に加え、手のひらの指紋を採取できた一同は、早速ノートパソコンを使いデス・マスクの本人を調べ出した。
そしてなんと、事もあろうかーー指紋の照合に取り掛かっている途中、こちらの味方だと名乗る何者かに逆探知をされる事になる。
疑い半分の一同は男の言葉に耳を傾けていたが、ヴィスカが予期したとおり、また、トリッシュが確信したとおり、アバッキオを直接手にかけたのはボスであるディアボロである事が判明したのだ。

ディアボロを倒すには「矢」が必要になる。だからローマに来い。
一同はその"何者か"の言葉に従う他、道は無かった。
その"何者か"の言葉によれば、ディアボロの能力、キング・クリムゾンを倒すには、「矢の秘められた能力」を使う事ーーそれが残されたたった1つの手段とのことだった。



「なァ、ヴィスカのスタンドの事だけどよォ」

謎の男や矢に関する問題もさながらに、ボートの操縦をしていたミスタの言葉がきっかけとなり、一同の関心がヴィスカに移った。
ブチャラティ、トリッシュの視線がヴィスカとジョルノの2人に向く。ナランチャは操縦席の隣にいるため、彼が今こちらを見ているかまでは分からない。

「…‥つーか、俺たち全員知らなかったワケじゃあねーみたいだよな」

その言葉に、ナランチャを除いた各々が顔を合わせてから、視線はジョルノの方へ。
あの時ジョルノは、カミカゼの能力を知っている事を明らかに皆に知らしめるような形で発言をした。結果ミスタの反感を買ったため、ヴィスカもそのことをよく覚えている。
誰の耳にも、あれは「意図的」に聞えただろう。ミスタはそのことを言いたいのだ。

「おいジョルノ。どういう事だよ?ひょっとしてお前たち2人でコソコソしてたのって、全部それ絡みか?」

疑いと言うより不満をぶつけたがっているようでもあるが、そのぶっきらぼうな言葉尻には、"答えによっちゃ容赦しないぜ"とも受け取れる。
ヴィスカは慌ててミスタを見上げる。

「新しい能力が目覚めた時、気絶した私を助けてくれたのがジョルノだったの。また私が倒れるんじゃないかって、何かと気にかけてくれていたのよ。ーーだから」

ヴィスカの言葉が言い終わらないうちに、ブチャラティが遮るように口を開いた。

「それはいつの出来事だ?」
「え…と…、それは…」

語尾が小さくなるにつれ、ブチャラティの視線が鋭くなる。

「……フィレンツェ行の列車事故…‥の後で」
「‥‥‥‥そうか、だからあの時、君は倒れたのか」

ブチャラティは納得したように頷いたが、すぐに表情が影った。
フィレンツェ行の列車と言えば、もう4日も前の事だ。ジョルノには知らされていて、自分は知らなかった。その事実が彼にとってはかなりショックでもあるようだった。

「ブチャラティ、ヴィスカを責めないでください。言うなと言ったのは僕です」

それまで黙っていたジョルノにヴィスカはハッとして振り向いた。

「えーージョルノ」
「……ヴィスカ、どうした」

眉を潜めるブチャラティ、戸惑いを見せるヴィスカを差し置いて、一瞬の沈黙を破り、誰よりも先に口を開いたのはジョルノだった。

「能力の事を、言うなと言ったのは僕です。ヴィスカはそれを、自分のせいだと思っていますが」
「なーーッ…」

突然の事にヴィスカは開いた口が塞がらなかった。黙っていてくれと懇願したのは自分なのに。

「ーー今でこそ彼女は平気ですが、最初は子供を含めてーーほんの2,3人生き返らせただけで、数時間も眠ってしまったんです。皆、そのことは覚えているはずです」

そのまま矢継ぎ早にジョルノの"熱弁"が始まる。
ヴィスカは口を挟もうとしたものの、自分に任せろ、とでも言いたげな視線を向けるジョルノに気圧された。"邪魔しないで"、そう捉えられる表情でもある。

「で、それが何なんだよ」

沈黙を置いたジョルノに、続きを急かすようにミスタが口を挟む。

「あの時ヴィスカは僕の服の袖を掴んで離さない程にうなされていました。それほど、彼女の能力も精神もかなり不安定だったという事です。いたずらに明かして彼女にプレッシャーを与えたり、皆に希望を持たせるのも良くないと思って、ヴィスカの身体や心が安定するまで僕がサポートをする、という話になったんです。それがヴィスカに…チームに最善だと思ったので」

ジョルノの流暢な説明に対して、ミスタはもちろん、他に口を出す者はいなかった。むしろ、この説明で、今やっと腑に落ちたという様子だった。
ヴィスカの体調が悪い事は皆が薄々感じていたのだ。実の所、サルディニアの隠れ家で過ごしていた数日間、彼女がたびたび自室で休んでいるのを目にした者もいる。

さぁ、最後の仕上げだ、とでも言うかのようにジョルノの視線がヴィスカに向いた。
その意味を、彼女は分からないはずも無く。

「ーー間違いが無いように言っておきたいんだけれど、私からもジョルノに頼んだの。このことは、皆に黙っておいて欲しいって……。でも、今になって分かるわ。もっと早くに皆に言うべきだったのだと。…‥ごめんなさい」

静かになった船内は、ボートのエンジン音と、波を切る音ばかりが聞えていた。
ミスタも、トリッシュも、黙りこくっている。ナランチャの言葉が何も無いのは、相変わらずであったけれど。

「…ジョルノ、念のため聞くがーー、今の話で"すべて"だろうな?」

そのブチャラティの質問に、ジョルノは臆することなく答えた。

「はい、もちろんです」

ブチャラティとジョルノは暫く無言で互いを見つめ合っていたが、先に折れたのはブチャラティだった。
いや、"折れた"、というよりも、これまでのヴィスカとジョルノの様子から考え、彼の言葉を素直に受け入れたようだった。
ブチャラティは視線を外しヴィスカの方に向きなおる。

「ヴィスカ。1つだけ言っておきたい」
「は……はい」
「あの時、君がアバッキオの傍にいたなら、俺は君まで失う事になっていたかもしれない。だからどうか自分を責めるような事はしないでくれ」
「……」
「それに、君の力を知っていようが知るまいが、あの時俺は同じ判断をしただろう。だからあれは俺の責任でもある」
「それはーーッ、それは違うわ、ブチャラティ!」
「いいや、違わないさ。君は俺を守ろうとして俺について来た。そうだろ」

ヴィスカは顔を赤くした。違う。それはリゾット見たさに、最後の一押しで、とってつけたように出た言葉だった。
そういう事をブチャラティに言わせたいのではない。すべての事が空回りをして、ジョルノのように上手く言葉が出てこない。

「だからむしろ謝るのは俺の方だ。君の調子が悪い事に気づいてやれずにすまなかったとさえ思う。せめて俺に伝えてくれればーー…いや、過ぎた事をどうこう言うのは良くねぇな。悪い」

もうこの話はよそう。
ブチャラティは重そうな頭を左右に振り、半ば強制的に打ち切る様にして会話を終わらせた。
肩にそっと手を置かれたが、その表情が作り笑いだった事が、ヴィスカには分かった。
哀しい目をしている。まだ調べ物があるからと言ってノートパソコンが置いてある机へと向かっていくブチャラティに、結局何も言えないまま、ヴィスカは立ち尽くしている。

残された彼女の隣には、当然のようにジョルノが並んでいた。

「これで良かったですか?」

ジョルノは穏やかな表情で覗き込んでいる。
あの時何故、ジョルノがわざと皆に能力の事をほのめかす事を言ったのか、その理由がヴィスカには分かった気がする。
今だってそうだ。ジョルノは皆の疑いを、全て自分に向くように誘導している。まるで、全ての責任は自分にあると見せかけるようにして。

「どうして……」

どうして。その一言に、ジョルノはヴィスカが言わんとしている事を理解したらしい。

「僕のせいにしてしまえば、誰も貴方を責める事はしないでしょう」
「そんな……」
「僕はあなたを守れればそれで良いんです」

だってそれが愛でしょう、とでも言いたげなジョルノの深い瞳の色は、見ようによっては穏やかでもある。
けれど、ヴィスカには複雑だった。これじゃあ、何一つ自分に非が無いように思われるだろう。

「上手くフォローできたと思いましたが、違いましたか」
「元はと言えば黙っていようと言ったのは私よ。なのにこの空気じゃ、ジョルノ1人のせいになってるもの」
「では、全ての理由を今ここで言うべきでしたか?ーー…プロシュートやペッシ、ブチャラティの事も含めて?」
「………そういう事じゃない」
「なら、良いじゃないですか。秘密は守れて、結果的に皆の疑問も晴れたわけですから」

それでもまだ納得したとは言えない様なヴィスカを前に、ジョルノはわざとらしくため息をつく。

「貴方はどこまでも良い子なんですね。自分が罰せられない事を許したくないんでしょう。いっそブチャラティに怒鳴られたらどうです?気が済むんじゃあないですか?」

ジョルノにしては随分とトゲのある言葉だった。ヴィスカはジロリと睨んだ。彼女にしては、きつい眼差しで。

「まともな人間なら誰しもそう思うんじゃあないかしら」
「残念ながら僕たちはもう"まとも"じゃないんです。ある意味僕たちは、チームの仁義を無視してまともな行いから逸れました。それを自覚してください」

ヴィスカは目を細めたまま、口を開く事はしなかった。
そんな事、彼女にだって痛いほど分かっているのだ。それでもヴィスカにとっては、あの2人の命を守る方が大事だった。その行いに対して、後悔なんて絶対したくない。
チームにとって決して良いとは言えない行いを、自分の中では正当化している。その反面、都合良く罰せられたいなんて自分勝手にも程があるのだ。ジョルノはそれを指摘したいのだろう。
この男は人の心の脆い部分を見つけるのでさえ上手いのだ。ーーいや、ジョルノの前では真実をさらけ出してしまっているから、これは当然なのかもしれないけれど。

「少し言い過ぎましたね。すみません。僕の事嫌いにならないでくださいね」
「………‥ジョルノ、本当に私の事が好きなの?」
「ええ。大好きです。愛してますよ。だからこそ、いじわるをしていいのも僕だけなんです」
「ーー……貴方の頭の中が、よく分からないわ」
「そういう部分を含めて、僕を愛してくれませんか?」
「ーー……」

ニッコリと笑ったその顔は、今までの皮肉を交えた会話よりかは随分と幼さを取り戻しているようにも見え、年相応の笑顔でもあった。
皆の前でもこうやって笑えば少しはアバッキオとも仲良くなれたかもしれないのに。ヴィスカはふとそんな事を考えてしまって、彼がもういない寂しさをまた、心から痛感する事になる。


「なぁ、アバッキオは……オレたちに、この世界に、未練が無かったのかな」

操縦席の隣で、同じようにアバッキオの事を考えていた者が1人。
それまで黙っていたナランチャの声だった。亀の外から降りてくるように聞こえ、各々は上を見上げる。
独り言にしては大きく、答えを知りたがっているようなその問いかけに対し、ヴィスカが返事をしようとしたのだが。

「ーーおおっと、オレが聞いてるのは誰かさんじゃあねェ。ジョルノに聞いてるんだッ」
「…」
「ーーどういう事ですか?」

口をつぐんだヴィスカに代わって、ジョルノが返事をする。

「だってさ…、アバッキオの魂?精神?がそこに無かったんだろ?って事は、死んでから、すぐにあの世に行っちまったのかなって…」

その小さな疑問は、ジョルノだけでなく、全員の耳に確かに届いていた。
場が少し、しんと静まり返っている。ジョルノはヴィスカに聞く事はせず、暫く何か考えた後、口を開く。

「ねぇナランチャ。こう考えたらどうですか。ほとんどの場合、夢の中にいる時に、"自分は今、夢を見ている"と気づく事って無いじゃあないですか」
「ーー何が言いたいんだ?」
「アバッキオの場合も、もしかしたらそうなのかもしれません。死んでしまった後、自分が"死んでいる"と気づくのが、もしかしたら難しい事なのかもしれない」
「何だそれ。意味わかんないよ。死んじまってんだぜ。そんな事なんてあるわけねぇ」

思考を諦めたように投げやりに答えるナランチャに対し、ジョルノは少し考え込んだ後、こう付け足した。

「ーーそれか、もう戻れなかったのかもしれない。何かの理由があって。それが彼の運命だったのかもしれない。避けられない死だったのかもしれません」
「………」


避けられない死。その言葉が、ナランチャのみならず、一同の胸の中にやけに重く残った。





「おいみんな。陸地が見えて来たぜ」

ミスタがボートを飛ばして数時間後。
ようやく本土が見えてきた頃には既に日も暮れ、辺り一面が闇に包まれていた。
ぽつりぽつりと見える港の街灯を頼りにミスタはそのままボートを慎重に走らせていく。
幸い海上での襲来は避けられたが、上陸するとなるとまた話は別だ。いつどこから敵が襲ってくるか分からないこの状況は、亀の中で待機しているブチャラティたちに、より一層緊張感を与えていた。

「ミスタ、周りの様子はどうだ」
「今の所、これといった異変や敵の気配は感じないな。ただーー…」
「ーーただ?」
「ここからそう遠くない所の階段に、酔っ払いが2人いる」
「…酔っ払いだと?」
「ああ。あいつらが行ったら上陸しよう」

念には念を入れたいのは、ミスタもブチャラティも同意見なようだ。誰かに見られるのはまずいのはもちろん、あの2人が新たな刺客の可能性も捨てきれない。
(相当に"出来上がっている"ため、ミスタにはとてもそうには思えなかったけれど。)
ブチャラティの指示によると、車を手に入れれば高速道路を使わずとも、45分ほどでローマ市内に入る計算だった。
月も雲で隠れている今、タイミングはベストだと思われたのだが。

「くそ……今夜は宴会でもあったのかッ!あそこにも酔っ払いが寝てるぞ」

ミスタが手にした双眼鏡には、すぐ近くのベンチですっかり泥酔しきっている男組が映し出されている。
相当飲んだのだろう、夢見心地で起きてくる気配はない。
いったい何なんだよ、とミスタが心の中で毒づいたその時、異変は既に起こっていた。

なんと、階段付近で揉めていた男のうちの1人の身体が、こともあろうかーー真っ二つになっていたのだ。

「ーー!!」

ミスタはすぐさま当たりを見回して確信した。ベンチで寝ている男も既に"死んでいる"

「ナランチャ……捜すんだ…!"本体"を!!」

ミスタは隣で待機していたナランチャに声をかけると、ブーツの中から銃を取り出した。
明らかにスタンドの攻撃だ。敵は無関係の人間を全員巻き込んで、無差別で殺しにかかってきているらしい。
これは相当不味い事になったかもしれないーー、そのミスタの予感は、ヴィスカの指摘によってすぐに現れることになる。

「ミスターー!?あなた、手が……ッ!!」
「手ーー?手が、何だってーー…うぉわ!?」

異変にいち早く気づいたヴィスカの声に、ブチャラティ、ジョルノ、トリッシュが同じように顔を上げ、操縦席のナランチャは顔を引きつらせた。

「何なんだよッ、ミスタそれはッ!いつ"つけられたんだッ"!?」

ミスタの右手は、何かが付着して肉を浸食しているようだった。
まるで腐った食品に湧いたカビのようで、皮膚の下から吹き出しているようにも見える。
ミスタは辺りを見渡した。すでにやられている村人も、ほぼ全員、同じ緑の物体を吹いて身体が崩れている。
すっかり動転したナランチャが、か細い声をだした。

「や‥‥やばいよ…ブチャラティ、ここでの上陸は無理だ!階段上の駐車場までとても行けねえ…」

ここはボートでいったん沖に脱出した方が良いと提案したナランチャは、ジョルノが止めたにも関わらず、焦って身を屈め、ハンドルに手を伸ばした。
その直後だった。ナランチャの身体全身に、いっせいに胞子が吹き出したのは。

「きゃあああああ!」

トリッシュの叫び声が響く。それはナランチャの異変に対する悲鳴では無かった。

「なッ、なんなのよ、これぇぇぇッ!?」

ミスタとナランチャのみならず、亀の中で待機していた全員に、同じようにして身体のいたる所で同じ事が起き始めていたのだ。



60. 避けられぬ死が襲う end


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