59.いまにも落ちてきそうな空の下で -2



アバッキオの身体には1つ、大きな穴が開いていた。

強大すぎる力に突然襲われ、成す術もなく死んでいった。そんなさまを物語るような。
誰の目から見ても、その事実はありありと映った。もう確実に助からない。分かっているからこそ、ナランチャの声は誰よりも大きく響いていたのかもしれない。

「ちくしょうッ!そんなバカなッ!!早く治せよ、ジョルノ!!!」

悲痛な叫び声に対して、口を開く者はいなかった。
誰もが俯き、拳を握りしめ、唇を噛みしめ、たった数分前まで生きていた人間に対して、どういった感情を向ければよいか分からないでいる。
混乱、哀しみ、怒り、憤りーー、各々の頭に巡るのはそんな事ばかりで、ナランチャただ1人が、ぶつけようのない感情を言葉に表していた。

「ジョルノてめーー!手抜きしてんじゃねーのか!この野郎!!甦らせろッ!!根性入れてやりやがれ、この野郎ォーーッ!!!!」

ナランチャがジョルノの胸倉に掴みかかる。しかしそれをジョルノは抵抗することはなく、受け入れているようでもあって。
見かねたヴィスカは、ナランチャの腕を掴んだ。

「ナランチャ。もうーー…もう、やめて」
「ヴィスカ!!!悔しくないのかよ!?!?アバッキオをひとりぼっちでおいていく事が、お前にもできるのかよ!!」

見れば、ナランチャは大粒の涙をぼろぼろと零している。その光景があまりにも辛くて、ヴィスカは反射的に目を背けた。そして唇を精一杯噛む。
ナランチャの言うように、ヴィスカも心の底から悔しかった。でもそれは、ナランチャが思うような"悔しさ"とは違っている。

「ヴィスカ…、彼はもうーー…」

悲痛な目をしたジョルノとも視線が交わり、いよいよヴィスカはかぶりを振った。

「カミカゼ、お願いーーーッ!アバッキオを…、彼を、探して!!」

生のカミカゼを呼び、ヴィスカはアバッキオの魂を探すように命じる。でも、誰が何をしようと、もう彼は助からないであろうと分かっていた。
リゾットがそうであったようにーーアバッキオの気配もすっかり消えてしまっていたから。
それでも、可能性や希望を捨てたくは無かった。皆の悲痛な姿を前にして、行動もせずに諦めるなんて間違っている。

「ーーこのスタンドは……ヴィスカか…?」

突如として現れた見慣れないスタンドが空を舞うさまを、ブチャラティをはじめ、一同は目で追っていく。
不思議とそれが敵ではなく、ヴィスカの仕業であると誰もが感覚的に理解しているようでもあった。
暫く辺りを旋回していたカミカゼは、やがてゆっくりと動きを止める。皆はハッとし、彼女の視線が向く方を揃って見つめた。
そこには何もない。唯一あるのは、厚い雲間から覗く、澄み切った空だけ。

[ごめんなさい。力になれなくて]

そして彼女はそれだけ言い残し、自分を強く見つめる男ーーブチャラティに一度視線を向けてから、いつものごとく風と共に去ってしまった。
ヴィスカはもう呼び止める事はなかった。こうなる事は分かっていたはずだ。肩に置かれたジョルノの手のひらが震えている。
それに呼応する用に、抑えていた感情に隙が生まれ、ヴィスカの頬にはぽろぽろと涙が零れた。

「うっ……ごめん、アバッキオ……ごめん」

横たわったアバッキオの手を取る。血色は消え、驚くほど白い。
それなのにまだ温かみが残っていて、そのことがヴィスカを余計に苦しくさせる。

「ーーおい、ヴィスカ…」

何度も謝りながら涙を流す彼女に対し、何かおかしいと気づいたのはブチャラティだった。
いや、彼だけでなく、ジョルノ以外は全員、ヴィスカの様子に違和感を覚えている。その様を前にして、ジョルノが口を開いた。

「ヴィスカ。"あなたの能力でも"アバッキオは助かりません。もう……諦めましょう」

それまで冷静を保っていたミスタがその言葉に眉を潜め、これでもかという力でジョルノの胸を強く押す。

「ーーおい、ジョルノ。何言ってんだよ。仲間が死んでるっつーのに、冗談言ってる場合じゃねーだろ!!それとも何だ!?今のスタンドと関係あんのか!?説明しろッ!!」

それに対してジョルノは抵抗せず、むしろ申し訳なさそうに口を開いた。

「彼女はーー、」

しかし、ジョルノが言うよりも先に、ヴィスカが手を伸ばす方が早かった。
彼女は目の前で飛び跳ねるカエルを一匹掴み、スタンドを発動させる。瞬く間にカエルからは生気が抜けた。
突然の事に呆気に取られる一同に目もくれる事無く、ヴィスカはもう一度カエルを元通りにしてみせる。

「はーー…!?生き返ったーー…のか?」

動揺したミスタを前に、ヴィスカは首を振った。

「ーー…でも、アバッキオは助からない。ジョルノが身体を戻しても、誰が何をしようと。彼はもう生き返れないのよ」

その場はすっかり静まり返った。横たわるアバッキオの後ろで、元気よく飛び跳ねて行くカエルを呆然と見つめている。
各々が状況を理解する事に努めているようでもあったし、言うべき言葉を探しているようでもあった。しかし、誰も何も見つけることが出来なかった。
静けさが続いた後、ややあって口を開いたのはブチャラティだった。

「アバッキオは……アバッキオの魂は‥…もうこの世から無くなってしまったのだな」

それに対し、ヴィスカは目を一度見開いてから、ゆっくり、深く頷いた。ブチャラティは「そうか」と一言口にし、悔やんだ表情を見せた後、すぐに踵を返す。
ジョルノもヴィスカも責めるような事は言わずに。
ブチャラティが背中を見せた意味がヴィスカには分かる。彼はアバッキオと別れを惜しむ時間を捨て、次に進むことを選んだのだ。




リプレイの直前、ブチャラティとアバッキオは別れ際、お互いを見合わせてニヤリと笑った。
あれは2人だけがよく交わす一種の合図のようなものだった。時には挨拶だったし、時にはジョークや小言の後に見せる表情だった。
面白くてもつまらなくても、彼らはああやって時々目を合わせては、2人にしか分からないような意図を込めて、時には少年のように、時には信頼しあった相棒のように笑っていた。
闘いの最中でも、あんな風にお互いに意思疎通をしていただろう事は、ヴィスカにも容易に想像がつく。

ブチャラティは大切な友と、もう2度と笑いあう事ができなくなってしまった。
どこにでも溢れかえっていたその時間は未来永劫決してやってこない。彼らの顔に深い皺が刻まれるその時まで、それはずっと続いたであろう事だったのに。
片や血が滲み出し、片やその唇は固く閉ざされてしまった。消えたのはアバッキオの命だけでは無い。

もしもあの時リゾットの元に行かず、アバッキオの傍に付く事を選んでいれば、結末は違っていただろうに。
ヴィスカは悔しさと、虚しさと、自分への激しい怒りで胸が潰れそうだった。でも、全てが終わってしまった今、いくら自分を戒めた所で、"今"はもう変えようが無いのだ。
だから祈った。せめて、しがらみや宿命も、争いも、一時の安らぎを求めて苦しむ事もない場所にいて欲しいと。

空は低く、手を伸ばせば届きそうな距離にある。
あの雲の向こうに、アバッキオもーーそしてリゾットもいる。

ヴィスカは生まれて初めて胸で十字を切った。
今の自分にできる唯一の事だった。それがヴィスカにとっては酷く悔しかった。



59.いまにも落ちてきそうな空の下で end

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