拍手お礼ログ6

■ 拍手お礼 連載ミニ小説
※前回までのログはこちらです→


女神コスモスにバッツのことを問われ、スコールは彼と過ごした日々を隠さずに伝えた。
バッツとの共同生活は実は初めはあまり乗り気では無かったが、いつの間にかそんな思いは消えていた。
いってきます、ただいまの挨拶を言うこと、食事を共にすること、他愛もなく、日常において些細なことであるかもしれないが、一人ではそれをすることなどできない。彼がいない数日間がどれだけ貴重であったかを思い知った。一人で暮らしていたことが当たり前だったはずなのに心に穴が開いたような、何かが足りないような、そんな寂しさを感じたのは久しぶりだった。
そして、自分の心の中に残っていたエルオーネへの想いを解き放ってくれたのは他でもない彼のおかげである。自分も、大事な人も彼がいなければ救われることはなかった。
コスモスはスコールが話し終えるまで黙って耳を傾けていたが、話が終わると頭を下げて礼を言った。

「ありがとうございます。お話はわかりました。バッツはここで沢山のものに触れ合い、学んだのですね」

嫋やかに微笑む彼女の瞳はまるで我が子を想う母であるかのような慈愛に満ちている。
スコールが話したバッツとの日々をまるで自分も体験したことのように思い浮かべているようにも見えた。
コスモスの態度から彼女はバッツを悪く思っているようには思えなかった。
バッツが天界に行ったきり戻ってこないのはエルオーネと自分との一件が原因であるならなんとかしてもらえないだろうか。
なんとなく物申しづらい相手であると感じているがスコールは意を決してコスモスに話しかけた。

「バッツはどうなるのでしょうか?彼は、地上で働きたがっていました」
「・・・あなたは」
「?はい」
「あなたは神が地上で働くには何が必要かと思いますか?」

問いかけたのは自分の方なのに逆に問われるとは思わなかった。
しかし、何か意図があって問いかけたのだろうと予想し、暫し思案した後に答えた。

「仕事の能力や注意力とかですか?」

これぐらいしか思いつかない。
人を超えた力を使いつつ、人から存在を隠さなければいけないのに、仕事をする神の能力が低くてそそっかしくては問題外ではないだろうか。
バッツもあの性格ではあるが準応力や処理能力を見る限り落ちこぼれではないと思われる。神々の能力がどれほどのものかわからないためあくまで個人的主観であるが。

「もちろんそれもありますが、一番必要なのは他にあります」

コスモスはソファーから立ち上がると庭が見える窓辺へと近づいた。
庭はバッツが居なくなってしまってからスコールが掃除をしているため雑草ひとつ生えていない。そこに雀が何羽かやってきて何かを啄んでいた。
その光景にコスモスは目を細めると自分を見つめている人間の青年に振り返り口を開いた。

「一番必要なことは、地上に住まう人をはじめとする生命に興味を持ち、その者の立場となって考えることができるかどうかなのです。この試験内容は『一か月間人間と生活をし助け合うこと』でしたが・・・試験相手はただ無作為に相手を選んでいるわけではありません」

試験相手の選定については初日にバッツから説明されたので既に知っている。
何故今になってコスモスがそのようなことを説明してきたのか解らずスコールは眉根を寄せた。

「バッツから聞きました。相性と健康で共同生活をしても支障がないくらいの住居に住んでいるか・・・などがあると。なぜ今それを?」

先程までほとんど表情を変えなかった少年が何故だと言わんばかりに首を傾げて聞いている姿にコスモスは微笑ましく思いながら問いに答えた。

「それに加えて相手の人間の心の中に悩みや不安があるかどうかが試験相手の条件となっています。先程もお話した通り、地上の生命に興味を持ち、その者の立場となって考えることができるかどうかが地上勤務で必要なことです。・・・この試験ではその能力を見極めるために敢えて悩みや不安を持った人間を選んでいます。それに気づき、自分なりの方法で助けようとするかどうかを見させていただいているのです」

「まさかあのような行動に出るとは予想していませんでしたが」とコスモスは最後に付け加えて苦笑した。
地上で勤務をすることができる神は地上の生物を理解し、そのものの立場となって考えて仕事ができるかどうかが重要であるのなら、試験相手が何か問題を抱えていた方がその能力を手っ取り早く見極めることができる。
バッツが試験内容を話した時にそのことについて話をしなかったのは、それを知らなかったからかそれとも自分の警戒心を解くために敢えて言わなかったからのどちらかだが、彼の様子や試験を出している立場から考えると恐らく前者だろう。
そんなことまで調べられて自分が試験相手に選ばれたのだと気が付かなかった。

「だから・・・エルオーネに自責の念があった俺がバッツの試験相手に選ばれたのですね?」
「そうです」
「コスモス、そこまで話さなくても・・・」

横からライトニングが咎めるように言ってきたがコスモスは首を振った。

「大丈夫です。貴方も彼も軽率ではないと思っていますから」

ライトニングの言う通りスコール自身この話を他人に言うつもりもないし、言ったとしても何がどう変わるかなんてない。せいぜい夢でも見たか頭でもおかしくなったのだと思われるのが関の山だ。
ただ、コスモスが話した内容から、バッツはエルオーネと自分を引き合わせて互いの憂いを取り除いてくれたので試験合格に値するのではないのだろうか?
やり方は無茶をしたのかもしれないが、自分達を救ってくれた彼が地上に戻れないのは少々納得がいかなかった。

「それでしたらバッツは試験に合格したのでは?何故地上に来ないのですか?」
「ですが、天界で決められた大事な掟を数多く破ったのは事実です」
「しかし、俺もエルオーネも彼に救われました!彼が行ったことの重大さは俺にはわかりません。ですが、彼一人が何もかも背負い込まなければいけないなんて・・・俺にも何か力になれることはないのですか!?試験が終わった時に願いを一つ叶えてくれる約束があると聞きました。それでもなんとかできないのですか!?」

訴えるスコールをコスモスは真っ直ぐ見つめた。
その顔は微笑んでいた。
コスモスは微笑みを浮かべたまま上を向き天井へと視線を移すとはっきりとした声で言葉を発した。

「・・・聞いているのでしょう?カオス?」

何もない天井に向かってコスモスが問いかけると同時に窓から強い閃光が差し込んだ。
一体何が起こったとスコールが窓の外を見ると空が光っていた。眩しくて上手く目を開けられないほどの光だがもう何度も体験したその光の正体はもう知っている。
光の中心に目を凝らすと小さな黒点がみえた。その黒点は地上に向かって落下してきているらしく少しずつではあるが大きくなっている。どんどん地に向かってきている黒点はやがて人であることが確認することができた。

「・・・落ちてきている?」
「あらあら・・・」

ライトニングとコスモスが後ろで呑気に呟いているのが聞こえたが、今のスコールにとってはどうでもよかった。
何故ならば落下してきている黒点が先程まで話題の中心人物であったバッツ本人だったからだ。

「うわわわわわ〜〜〜〜っっっ!!」

大声を上げて落下しているバッツを見て、スコールは昔見たアニメのワンシーンを思い出した。
スコールが知る限りそのアニメのワンシーンは落下してきたキャラクターは怪我をしないようにゆっくりと落ちていたのだが今空から落ちてきているバッツは万有引力の法則に逆らうことなく落下している。
このままでは地面に叩きつけられてしまうのに何故"力"を使っていないのかと言わんばかりにコスモスの方を向くと彼女は少し困った表情で頬に手を当てていた。

「謹慎処分で封印した"力"を解除されていないようですね・・・?」

コスモスの呟きにバッツが自力でこの状況を打開できないのだとスコールは瞬時に悟った。

「落ちる!!落ちる〜〜〜〜っ!!」
「バッツ!!」

切羽詰った様子で叫ぶバッツにスコールは慌てて庭への窓を開け、外履きも履かずに庭へと下り立った。
クッション材になるものを準備する時間はない。
ではどうすればいいのかと頭は混乱し、自分も怪我をするか下手をすれば落下したバッツに衝突して死んでしまうかもしれないにも関わらずなんとか受け止めようと両腕を前に出して身構えた。
そのスコールの横に先程まで大人しくしていたライトニングが立ち、やれやれと言った様子で肩を竦めるとバッツに向かって片手を掲げた。

「ふん・・・」

ライトニングは小さく鼻を鳴らすと地上まであと十数メートルだったバッツの落下が一瞬止まってゆっくりしたものに変わり、やがて無事に地面に着地をした。
彼女の"力"のおかげで転落死は免れたようだが地面に降り立ったバッツは余程怖かったのか駆け寄ってきたスコールの服の裾を掴みガタガタと震えながら隠すことなく恐怖を訴えてきた。

「し、死ぬかと思ったっっ!!カオスのやつ呼びだしたと思ったらいきなり『貴様の罰則は地上で行なってもらう』って言っておれを蹴飛ばして・・・力が使えないから本当に死ぬと思ったっっ!!」

どうやら自分の意思で飛び降りたわけではないことはわかったが、天界の事情を知らないスコールはバッツが一体何を言っているのかよく分からないため詳しい事情を聞こうとしたその時・・・


カーン・・・


バッツの落下から少し遅れて上から金属でできた筒のようなものも降ってきていたようでそれがそのまま寸分狂うことなくバッツの頭に直撃した。
さすがに神と言えども相当な高さから落ちてきたものの衝撃に耐えられなかったのかバッツはそのまま昏倒してしまった。

「バッツ!!」

頭にコブをこさえて目を回しているバッツをスコールは揺すったが起きる気配がない。
その横に転がった筒をコスモスは拾い「・・・カオスからの手紙のようですね?」と筒の蓋を開けて中に修まっていた書状を開いて読みだした。数秒後一通り読み終えたコスモスは書状を元の筒に納めると微笑んだ。
スコールの位置から書状に何が書かれているのか見ることができなかったので何が書かれていたのか聞こうとしたがその前にコスモスが口を開いた。

「スコール、バッツが起きたらこの筒を渡して読むように伝えてください」

そう伝えると、筒をスコールに差し出した。スコールは気絶したバッツを支えたまま筒を受け取ると一体何が書かれていたのか、バッツはどうすればいいのか改めて聞こうとしたが、コスモスは聞かなくてもいいとばかりに小さく首を振った。

「起きた彼と一緒に筒に入った手紙を読んでください。答えはそこに」

それだけ伝えるとライトニングに「そろそろおいとましましょうか?」と声を掛けた。
ライトニングは首肯すると、手で陣を描き始める。長い指で不思議な模様の円陣が描かれると浮かび上がりライトニング達が来た時と同じ光を放ち始めた。どうやら天界に帰るらしい。円の前にコスモスとライトニングは立つとコスモスはスコールに向かって小さく会釈をして、ライトニングは少し胸を張りながら腕を組んで視線を向けてきた。
淑やかなコスモスとは対照的にライトニングは最後まで尊大な態度であったかのように思えたが、彼女は光が消えかける瞬間にスコールに小さな声で礼を言ってきた。

「邪魔をしたな。人間。・・・コーヒ、悪くはなかった。ありがとう」

ライトニングが不器用な礼を告げると光は消え、二人も描かれた円陣も無くなっていた。
腕の中で未だに目を回している居候以外は何もかも元通りであった。

「なんなんだ・・・?」

コスモスとライトニングが立っていた場所をぼんやりと見つめながらスコールは呟いたのだった。


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この話を考えている時に某ジ○リのあの映画のワンシーンがスコバツで再現されたので。
色気のない再会ですね・・・;;






■ 拍手お礼 連載ミニ小説


ガタンゴトンと電車が音をたてながら高架橋の上を走っている。
つり革が左右に規則正しく揺れ、窓からの景色が流れるように変わっていく。
人はそこそこいるが座れないこともないくらいの人数の車内に大きな瞳を硬く瞑った青年とその青年の横で文庫本を読んでいる少年が並んで座っていた。

「高い・・・」

瞳を閉じている青年バッツは薄く瞳を開き、電車がまだ高架橋の上を走っていると知るや否やすぐさま硬く目を瞑り、隣に座る少年スコールの服の裾を掴んだ。
小さな子供が大人に助けを求めるようなその仕草にスコールは読んでいた文庫本から窓の外へ、そしてバッツへと視線を移し慰めるかのように肩を軽く叩いた。

「あと数分もしないうちに高架橋から地上へ降りるから我慢してくれ」
「うう・・・了解」

情けない声で呻きながら首肯するバッツの様子からついこの間までくるくると飛んで回って見せていた者と同一人物とは思えない。
小さく小刻みに震え、わずかに汗を掻きながら俯くその有様にスコールは小さくため息を吐いた。掴まれているのが腕の部分の裾であるため文庫本は読みづらくなってしまい、本を鞄の中にしまって座席の背もたれにもたれかかった。

一ヶ月前、バッツは地上へ帰ってきた日から彼は高いところが苦手になってしまった。
天界で自分の上司に地上へと蹴り落とされ、"力"が使えない状況下で重力に逆らうことなくものすごい高さから真っ逆さまに落ちたことが原因なのだろう。
想像しただけでもぞっとするのに、実際はかなり恐怖したに違いないとわかってはいるのだが、男同士でぴったりとくっついて、しかも服の裾を掴まれているこの状況はなんとも言えない。
他人に誤解されなければいいがとスコールはため息を吐くと目的の駅に着くまでの間窓の外の景色を眺めることにした。
窓の外の景色はいつの間にか秋から冬に移り変わりつつあり、時間の経過の早さを実感する。
バッツと出会ってから今まで色々な事がありすぎたためだろうとスコールは納得をしつつ、景色を眺めながらここ一ヶ月のことを振り返った。

結論からだがバッツの試験は一時中断という形になっている。
カオスからの手紙には『試験期間中に起こした不祥事により試験は無期限の『中断』という形をとる。ただし、地上での生活への適応力と順応力、"人間"に対しての対応力の高さは評価に値する。よって罰則は地上での職務に関係する雑務を行ってもらうことが望ましいだろう。』と書かれていた。
そして手紙にはスコール宛にもう一通『人間スコール・レオンハートは事件の原因の一人でもある。死者に関しては特例として罰を与えない代わりに貴殿には一級神バッツ・クラウザーの地上滞在中の衣・食・住の提供を継続して行ってもらうこととする。』と手前勝手な文面を寄越してきたのだがスコールはこれを承諾した。
エルオーネにお咎めがないことと、何よりもバッツのおかげで自分は囚われていた過去からようやく抜け出せることができたのだ。
バッツには感謝してもしきれないくらいのことをしてもらったのでこれくらいのことは力になってやりたいと思った。
カオスからの手紙が届いて以降、バッツは地上で職務についている神の生活相談なるものを行っていると聞いている。
人間に怪しまれない服装や生活習慣、マナーなど人にとって当たり前のことをイマイチ理解できない神は少なくはないようだった。

「(生活相談をしている当人も出会った時は突拍子もないことばかりしていたがな・・・)」

変な服装をするわ、食事の準備の仕方がおかしかったり、裸の付き合いやまくら投げなどの偏った交流文化(?)をしたがったり、食べる量は・・・相変わらずだが。
今日も朝食に食パン一斤を使ったトーストに卵5個分のオムレツ、三人前のサラダを軽く平らげていた。
細い体に似合わずブラックホールな胃袋に力になると言ったものの、カオスとコスモスからバッツ関連で掛かった生活費などはこちらがもつと言ってくれなかったらエンゲル係数がどうなっていただろうかとスコールはこっそり嫌な汗をかいた。


やがて電車は高架から地上に降りていく。まだ目を瞑ったままのバッツをスコールは軽く揺すった。

「おい、降りたからもう大丈夫だ」

スコールに言われ、バッツはそーっと瞳を開いて外の景色を確認し、ほっと息を吐いた。

「ありがとな〜乗り物は好きなんだけどカオスのやつに蹴り飛ばされてからどうも怖くてさ」

へらりと笑って礼をいうバッツにスコールは「いや・・・」と首を振った。
電車は高架からイチョウ並木の間を通っていき、一見すると黄色のトンネルの中を電車が通っているような景色だった。
季節の移り変わりを感じる景色に先程まで顔色が悪かったバッツだったが目を輝かせて景色を眺め始めた。

「うおー綺麗だなぁ!こんなトンネル、初めてだ」

背もたれぎりぎりまで持たれて窓にへばりつくかのように外を眺めてはしゃぎだす。
天界にはイチョウ並木はないのだろうか。バッツは自分の知らない物事を知る度に大げさではないかと思うくらい喜んでいた。
情報収集力は"神"であるが故優れているのかと思いきや、彼の元に相談にやってくる神と比較するとどうやら他の神に比べても秀でていることをここ最近になって知った。
知ることに貪欲ですらあるバッツの様子から彼と初めて出会った時、地上で旅に関する仕事をしたがっていたのも恐らくそこからなのだろう。
沢山のものを見ること、知ること、体験することが好きそうな彼だからこそ希望したに違いない。
そう理解してからスコールの胸には一つの疑問があった。

「・・・聞きたいことがあるのだが、いいか?」

窓にへばりついているバッツにスコールは声を掛けると彼はきょとんとした顔でイチョウからスコールへと視線を移した。

「なんだよ?」
「・・・あんたは前に地上での職に就きたいと言っていたが、それはやっぱり知識欲からなんだよな?」

スコールの問いにバッツは小さく首を傾げて少し考えた素振りをする。

「うーん、知らないことを知るって楽しくないか?おれは天界に生まれて育ったから地上のことを知ったのは"本"が中心だったんだよ。もちろんそこから得られることも多いけどさ、実際自分の目で見て足で歩いて、手で触れてとは違うだろ?どうせ知るならそっちの方がいいやとおもったのがきっかけだよ」
「・・・いつかは旅行関係の職に戻りたいのか?」

少々躊躇いながらスコールはバッツに問う。
旅行関係の職に就けば、たぶん今現在のように共に生活をしたり出かけたりすることも無くなるだろう。
前から疑問に抱いていたのだがバッツから返答を聞くのが・・・少し怖かった。
スコールの問いバッツは大きく瞳を瞬かせると、やがて柔らかく微笑んだ。

「そうだなぁ・・・旅行関係の職に就けば、地上の色んな場所にいけるよなぁ・・・けど」

バッツはスコールからイチョウ並木へと視線を戻す。

「沢山の場所を回らなくてもひとつの場所に留まることで知られることや得られることもあるんだなぁって今は思っているよ」

目を細め、歯を見せながら笑っているバッツの表情から彼が本心からそう思って言っているのだろうとスコールは感じた。
問いに対してはっきりとした答えになってはいないが、ここに暫くは留まりたいということなのだろう。
彼からの答えと表情から、胸中を渦巻く暗いものが取り除かれたように感じ、スコールはほっと息を吐く。

もし一刻でも早く中断している試験を再開し、試験に合格して旅行関係の職に就きたいと言っていたら、きっと心が穏やかではなかったとスコールは思う。
思い出すのはバッツが天界へ強制送還されてしまった時。彼の存在はただの期間限定の同居人であると割り切れないほどの存在であることにその時初めて気付いた。
最初は早く試験が終わって天界へ帰ってくれと思っていた存在だったはずなのに、留まることに安心しているこの気持ちの正体はよくわからなかったが、多分数か月とはいえ家族同然に生活をしているからきっとその類なのだろうとスコールは結論付けている。
バッツが天界に強制送還されていた間に感じた空虚に近いような気持ちも、コスモスにバッツを何とか助けられないかと訴えたのも・・・きっとそうだろう。

イチョウ並木を眺めているバッツに倣ってスコールも窓からの景色を眺める。
黄色のトンネルを通って走る電車。
スコールの生活圏内から少し外れているのでこの電車には目的が無ければ乗車することは無い。イチョウ並木があることは知っていたが、意識して眺めたことは無かったと思う。
先程までのように文庫本を読みながら電車に乗っていれば気が付かなかったこの金色のトンネルはどこか別世界のようにさえ思える。

「(こいつがいなければ、感じることはなかったかもしれないな)」

隣に座る青年がいなければ自分がすべて知っていると思いこんでいるこの小さな世界を広げることはなかったのかもしれない。
小さな子供のように瞳を輝かせながら飽きもせず窓の景色を眺め続けるバッツを盗み見ながら、スコールは自分の胸ポケットをこっそりと確認する。

ポケットの中にあるのは2枚のチケット。

ヴァンからもらった動植物園の入場チケット。以前バッツにせがまれて行った動植物園のものだ。
バッツにはまだ言っていないが今日この電車に乗っているのもそこへ向かうためだった。
目的地も告げずにつれ出したが、彼はきっと喜んでくれるだろう。

電車のアナウンスが次駅が目的の駅であることを告げている。
次の駅で降りることを告げようとスコールはイチョウ並木に夢中になっている同居人へチケットを取り出したのだった。


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これにて拍手連載は終了です。
神様バッツ様と人間スコールのお話でした。
長い間ありがとうございました。





■ 拍手お礼 連載ミニ小説(その後のおまけ1)


目覚めの最初に目に入ったのは、家を出る時間を指している時計の針だった。

スコールは昨夜は夜遅くまでテスト勉強をしていた。
そろそろ校内実力テストが近いことに加え、ここ最近いきなり押しかけてきた同居人関連のごたごたがようやく落ち着いたのでこれで勉強に専念できるとここ数日励めなかった分を取り戻すかの如く夜遅くまで机に向かっていた。
ただ、少々頑張りすぎたのか、スコール本人が知らないうちに蓄積していた疲労が睡眠で一気に回復に取り掛かったのだろう。
まさか目覚ましのアラームに気付くことなく家を出る時間に起きてしまうとは思いもしなかった。

普段大人しいスコールもこれには血相を変え、慌てて身支度を整え始めた。
寝間着を脱ぎ散らかし、制服に乱暴に着替え、鞄とブレザーを掴む。
昨日のうちに今日必要な教科書や参考書の類を鞄に詰め込んでいたのは不幸中の幸いである。
あとは顔を洗って、寝癖のついた髪を直すだけ。朝食は諦めようと決めて、スコールが慌ただしく階段を下りると、台所からひょっこりと同居人の男が顔を出した。

「おはよう。スコール。今日はずいぶんと遅いんだな」

見た目は普通の成人男性だが同居人の男バッツは実は天界に住まう神の一人である。
人間ではない彼は少々地上の、スコールのような普通の人間とは異なる価値観を持ち、文化や生活など普通の人間にとって"当たり前"の物事に少々疎い。
そのためかスコールが遅刻をしそうになって慌てているのに、バッツ本人は至ってのんびりとしており、朝食に飲む飲み物はコーヒーか紅茶のどちらがいいかとのほほんとした口調で聞いてきた。

「昨日エアリスとティナから紅茶葉をもらったんだ。コーヒーはコスモスとライトニングがわざわざ地上で選んで送ってきてくれたからどっちも美味いと思うぞ〜?」

洗面台で寝癖直しに勤しんでいるスコールの背後にわざわざ追いかけて聞いてくるこの男がこれほど煩わしいとスコールが思ったのは久々だった。

「どちらもいらない!朝食を摂っている暇はない!」

苛々とした調子で強く言い放つスコールにバッツは目を丸くし、「なんで?」と聞き返してきた。
ようやく寝癖を直し終えると、制服のネクタイを締め直しながら恐らくきちんと答えるまでこの場を離れないであろうバッツに「寝坊をしたんだ!」と怒鳴った。
スコールの「寝坊」の一言でようやく何故彼がこれほどまでに慌てているのかをバッツは理解したようで「ああ」と言いながら両の手をぽんと音を立てて合わせた。

「へぇ、めずらしいなぁ。お前が寝坊かぁ」
「ああ!悪いが本当に急いでいるから邪魔をしないでくれ!」

今から走れば何とか間に合うだろうと呟きながら身支度を最低限整えてスコールは玄関へと走っていった。
バッツはそれを見送りながら暫く考えると、何か名案が思い付いたのかにっこりと笑い、一度台所へ立ち寄り、小さな握り飯と作っておいた弁当を手早く準備する。それを手に持ち玄関へと向かうと上着を着終えて靴を履いて今にも出て行こうとするスコールの背に声を掛けた。

「なぁ」
「なんだ!?」

今度は何だとスコールが余裕のない表情で振り返るとバッツは自分も靴を履き、胸を張ってどんと拳で叩いた。

「おれが学校まで送ってやるよ」
「・・・断る!」

提案を聞く前に一刀両断するスコールにバッツは頬を膨らませた。

「えーなんでだよ?スコールって通学確か徒歩20分だろ?おれが送っていったら1分もかからないぞ?」
「あんたのことだ突拍子もない方法で送るだろ!?」
「大丈夫大丈夫。"人間式"で送るから安心しろって」
「・・・」

安心しろと言われ、スコールは一瞬黙る。
ここに来た当初、彼は人とずれた行動や恰好をしたことがあるが、地上での生活にもなれた現在そのようなことはほとんどなくなった。
今では地上で仕事持っている神々の生活相談役のような仕事をしているらしいのでスコールが思っているよりも一般常識に強くなっているのかもしれない。
普段なら少々のリスクを負うことも嫌がるスコールだったが、この一刻一秒を争う事態に多少の焦りがあったためバッツの提案がまるで暗雲を裂く一条の光のように思えたこともあり少々迷いはしたが提案に乗ることにしたのだった。

「一体どうするつもりだ?」

2人して玄関の前に立つと、バッツは弁当と握り飯をスコールに押し付け、歯を見せてにっと笑った。

「まあ見てろよ。このバッツさんにお任せなさい」

バッツは胸を叩き、人がいないことを確認するとスコールが聞いたこともない言葉をぶつぶつと唱え始め、指先で印を結び始めた。
普段は人間らしく振舞えとスコールが注意しているため数える程度しかバッツが"力"を使うのを見たことがないが、特徴のある印と不思議な言葉からまず間違いなく"力"を使っているのだろう。
時々コスモスやカオスの使いとしてやってくるライトニング曰く、バッツは天界でそこそこ優秀な神らしいし、地上の生活を始めた頃のような心配も不安も今更抱く必要はないとスコールは自分に言い聞かせた。
しかし、"力"を使うと言っていたが一体どのような方法で送るのだろうか?車やバイクのような乗り物を出すのだろうか?バッツが着ている衣服はバッツ自身の"力"を使って出しているのでもしかしたらそれくらい出せるのかもしれない。
スコールがあれこれと考えているうちに準備ができたのか結ばれた印がくるくると回転し始め、強い光を放った。

この光はバッツはもちろんスコールももう何度も見ているので今更驚きはしないが、それでも強い光であるため一瞬目を閉じてしまう。
光が止み、スコールが恐る恐る瞳を開くとそこには車やバイク、ましてや自転車のような乗り物は目の前になく、想像だにしていなかった"乗り物"が目の前に立っていたのだった。

「・・・なんだこいつは!!??」
「天界の鳥でチョコボっていうんだ。主に移動手段に使われるんだけど足が速いんだ!」

スコールとバッツの目の前には彼らの身長を優に超えている大きな黄色い鳥が立っていたのだ。
移動手段に使えるだけあってか足は力強そうで、羽もとても大きい。
しかし、鳥を移動手段に使うのは絵本かアニメ、ゲームの中の世界でしか聞いたこともお目にかかったこともないスコールにとっては"普通"の移動手段ではなかった。

「こいつのどこが人間式になるんだ!?」
「え?この前テレビの番組で芸人がダチョウに乗って走ってたぞ?こいつと似てるし、大丈夫だろ?」

大声で怒鳴りながら問うスコールにバッツは「なにがおかしいんだ?」とばかりに小首を傾げている。
その言動にやっぱりバッツはバッツだったかとスコールは眩暈を起こしそうになった。
似ているから大丈夫という問題ではない。鳥以前に動物自体を日常の移動手段に使うこと自体は一部のテーマパークや牧場などで馬やロバ、牛などに乗ることを除けばほとんどない。
そもそも地上にいない生物を出してくることが間違っている。
黄色い鳥はひよこやカナリアなどくらいしか見たことがないスコールにとって大きな黄色い鳥を"ダチョウ"の親戚とどう頑張っても思えそうになかった。

「あれはバラエティ番組だからだ!こんなのに乗っていたら目立つだろう!?」

跨りやすいようにするためかいつの間にか地に座って待機しているチョコボを指差しながらスコールが吼えるとバッツはまぁまぁ落ち着けと言わんばかりに両肩を叩いた。

「大丈夫大丈夫。こいつめちゃくちゃ速いから本気を出せば地上の人間の目に留まることはほとんどないよ。学校の手前の目立たないところで降ろしてやれるようにおれが手綱引いてやるから。これでばっちり。さー乗った乗った」
「な、なにを!??」

細い身体に似合わず意外と力が強いバッツはスコールをぐいぐいと押してむりやりチョコボに乗せると自分もその後ろに跨った。
チョコボの方も自分の役割をきちんと理解しているらしく、二人が跨るとくるくると嬉しそうに喉をならして立ち上がった。

「さぁボコ、宜しく頼むよ」
「クエーっっ!!」

喉をひと撫でし、手綱を強く掴むと「了解した」といわんばかりにチョコボは大きく鳴き、前かがみになりながら尻尾をふりふりと振り始める。
スタートの合図であることはチョコボを見るのも乗るのも初めてであるスコールも流石に理解し、慌てて止めようとしたが時すでに遅しであった。

「な、まっ、う、うわぁぁぁぁぁ!!!」

チョコボが地を蹴ったと同時にまるで瞬間移動をしたかのように二人と一匹の姿はスコールの絶叫だけを残して消えてしまった。
ただ、スコールは気づかなかったがバッツはチョコボを呼びだす際に念のため人に見られない"結界"を張っておいたためそれに気づいた人間はもちろんいなかった。
肝心の遅刻についてであるが、チョコボの"本気"とはスコールの想像を超えたものであったようでバッツは「一分もかからない」と言っていたが、ものの数秒で学校に到着し、スコールは余裕で遅刻を免れた。
ただし、移動速度が速すぎたため、せっかく直した髪はバサバサ、制服の襟とネクタイはグチャグチャになってしまい見るも無残な姿になってしまったのだった。

バッツがどれだけ地上の生活に馴染んでいたとしてもやはり元は人間とは異なる生活を送ってきた者であるためこのようなズレが生じてしまっても仕様が無いと言うものである。
今後、バッツに頼る時は最初にどのような方法をとるのかどうかきちんと聞いて確認した上でどうするか決める必要があることをスコールは身を持って思い知ったのだった。



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拍手連載番外編でした。
嵐は忘れた頃にやってくるというものということで・・・。






■ 拍手お礼 連載ミニ小説

その日は風が強く、冷え込む日だった。
朝、目覚まし時計が鳴り響くと共にスコールが目覚めると、ヒンヤリとした空気が頬を撫でた。
ここ最近急激に気温が下がったからだろう。目覚まし時計を止めるために布団から腕をのばしたがとても寒い。布団から出るのを躊躇われるかのような寒さだった。
このままもう一度寝てしまおうかとも思ったが、今日は折角の休日。休みを布団の中でごろごろ過ごすのは勿体ない。
スコールは意を決して布団から出ると身震いする。寒いのは一時。さっさと着替えて下に降りようとスコールは自分に言い聞かせると素早く身支度を整えて部屋を出た。
恐らく同居人のバッツはもう起きて朝食の準備をしている頃だ。朝食を摂ったら家事を手伝って本でも読もうかと予定を立てながらダイニングに入ると、思った通りガスコンロの前に立っているバッツがいた。

朝の挨拶をしようとすると、それに気づいたのかバッツが振り返った。

「お〜・・・おはよ、スコール・・・」

後姿だけでは気が付かなかったが、振り返ったバッツの顔は普段のものとは少々異なっていた。
頬は赤く上気している。顔は笑ってはいるが瞳が心なしか潤んでいる。よく見れば呼吸も荒く、声を出すのもやっとのようだった。
医者でもなく、ましてやまだ高校生であるスコールでもバッツに何があったのか安易に予測できた。

「(こいつ・・・風邪をひいたみたいだな・・・)」

足元がおぼつかない状態でふらふらとしている同居人をそう分析するスコールだったが、当の本人はまだ自分の体がおかしいと気付いていないようで赤い顔で苦しげに微笑んできた。

「・・・朝飯、もう少しまってな?・・・ちょっと今日は上手くいかなくってさ・・・」
「当たり前だ。あんた、風邪をひいたのだろう」

スコールに指摘され、バッツは一瞬きょとんとした顔をすると、また苦しげに微笑んだ。

「へ〜そうか、どうりで体がおかしいなぁと・・・」
「!お、おい!?」

納得したとばかりにバッツは頷くと微笑んだ表情のままふらりと体が揺れ、そしてそのまま台所に倒れ込んだ。




「恐らく、天界の流行り病にかかったようだ」

バッツが倒れた後、程なくして天界からの使いでやってきたライトニングにスコールは事情を説明し、バッツの体を彼女に診てもらうように頼んだ。
彼女に医術の心得があるかはわからなかったが、人間ではないバッツを人間の医者に診せるよりは確実であるだろうと思ったのだ。
スコールが思っている以上にライトニングは優秀だったらしく、彼女は横になっているバッツを一目見た瞬間、さらりと原因を言ってのけたのだった。

「病?バッツがか?」
「ああ。神でも体を壊すことはある。これは天界で流行っている病の一種だ。高熱とこの呼吸症状。間違いない。この前天界に戻った時にもらってしまったんだろうな」

やれやれとばかりにライトニングはため息を吐くと、バッツに「大丈夫か?」と声を掛けたがバッツは頷きもせず、ぜぇぜぇと息を吐いただけだった。
風邪とは無縁そうなバッツがここまで弱るとは思いもしなかった。
天界の流行り病なら薬局で買える風邪薬の類では効かないかもしれない。ここは同族であるライトニングに治す方法を聞いた方がいいだろう。

「どうやったらバッツは治る?」
「簡単だ。薬を飲ませて十分に休めば治る。ただ、流行している病だから今薬が入手困難なんだ」
「なんだって?」
「ま、まじかよ・・・げほ・・・」

スコールの問いかけにライトニングは「すまないな」と小さく首を振った。
重い病ではないようだが薬がなければ自然治癒に任せるしかない。しかし、薬があるのとないのとでは完治まで時間が掛かるのはもちろん、最悪症状が収まらないことも考えられる。

「ここでは何もできないのか・・・?」

不治の病ではないとして、それでも苦しんでいる人もとい神をなにもできずにただ見ているだけなのは心苦しい。
自分出来ることはないだろうかとスコールが呟くと、ライトニングは「大丈夫だ」とあっさりと答えた。

「地上の食品でも代用できる。天界の薬に比べると効果は低いが、それでも数日かけて食すれば大丈夫だ」
「その代用食品とはなんだ?」
「カカオと小麦、そして砂糖だ」

ライトニングが教えてくれた薬の代わりになる代用食品は意外なものだった。
カカオと小麦と砂糖。
菓子の材料が本当に薬の代わりになるとは到底思えなかった。

「カカオと小麦と砂糖?そんなものでいいのか?」

疑わしげに聞き返すスコールだったがライトニングは嘘を吐いていないようで表情は普段と殆ど変っていなかった。

「ああ。それでできた食品ならなんでもいい。そうだな例えば・・・」

ライトニングは部屋を見渡すと、テーブルの上に置いていた菓子鉢に目をつけて手を伸ばし、ある菓子を取り出すとそれをスコールに突き付けた。

「これならいいということだ」

ライトニングがスコールに診せたのは薄く棒状に焼いたプリッツェルにチョコレートがコーティングされた、よくある菓子だった。

「こんな普通の菓子で効くのか・・・?」
「神と人は姿こそは似ているが体の構造自体がそもそも違うからな。人間にとっては菓子でも神々にとっては薬にもなる場合がある、ということだ。それを食わせて安静にしていれば数日で治るだろう」

ライトニングはそうアドバイスすると「バッツがダウンしているなら仕事にならない」と言い、治るまでどう過ごせばいいか簡単にスコールに説明すると天界へと戻っていった。
スコールはライトニングを見送ると横になっているバッツへと視線を戻した。
荒い呼吸をするバッツの様子から相当苦しいのだろうというのはわかった。ここはライトニングの助言に従い、菓子を食べさせて安静にさせなければいけない。バッツに起き上がれるかと声を掛けると、彼は小さく頷き、のそのそと身を起こした。

「よっこいしょ・・・」

枕に半分持たれながらやっとのことで起き上がったバッツの体をスコールは補助すると菓子鉢に手を伸ばし、ライトニングに教えられた菓子に手にとった。

「大丈夫か?」
「実はあんまり。けど、それを食わないと治らないからな・・・」

そう言いながらスコールの手の中にある菓子を手に取ろうとしたが、力が入らないのか、手は僅かに空を彷徨っただけでそのまま寝台へと力なく落ちてしまった。

「自力では無理そうだな?」
「情けないなぁ・・・病になんてかかったことないから動けねぇや・・・でも頑張るよ」
「・・・ちょっとまってろ」

もう一度菓子を手に取ろうとするバッツをスコールは制止すると、菓子の包装紙を破き、数本ある菓子の一本を手に取りバッツの口元へと運んだ。
意図していることは理解はできたものの、普段のスコールからあまり想像できない姿にバッツは確認するかのように菓子とスコールを交互に見ると、スコールの方はしびれを切らしたのかさらに口元近くに菓子を近づけた。

「食え。持っていてやる。これなら食べられるだろう?」

少し乱暴な物言いではあるものの、彼なりの気遣いを感じ取れる態度と言葉にバッツはへらりと微笑んだ。

「じゃ、遠慮なく・・・ありがとな」

礼を言い、菓子を一口齧った。
チョコレートの甘みとプリッツェルの程よい歯ごたえがする。甘くはあるが甘すぎず、何本でも食べれそうだった。
スコールが手に取った一本を食べ切るとバッツは満足そうに息を吐き、再び横になった。

「甘くて美味かった。ありがとな」
「本当にこれが効くのか?」
「さぁ・・・地上の食品を薬の代用にしたことはないけど・・・ライトニングが言うんだから、間違いないだろ・・・薬が手に入らないのだから今はこうするしかないしな」

苦しそうに答えるとバッツは掛布団を体に掛け、「暫く寝るよ」と薄く目を閉じた。
菓子が風邪薬になるかは半信半疑ではあるが、バッツの言う通り自分にはこうすることしかできない。
バッツに早く治してもらうには薬の代用食品と病人食を摂って安静にすること。スコールはそのサポートをしなければならない。
天界の流行り病であるとライトニングは言っていたが、普段家事を任せっきりにしているのでその疲れが原因であるかもしれないと思うと少し胸が痛んだ。

「食べたらもう寝ろ。起きたら粥を用意しておくから」
「はは、サンキューな。けど、おれのことは気にせず・・・」
「今は優先すべきはあんただ」

自分のことを優先しろとばかりにバッツの掛布団を掛け直してやる。
今はそれほどだが朝晩の冷え込みを考えると暖房器具類を出しておいた方がいいだろう。
熱で潤んだ瞳で見上げているバッツに「安静にしていろ」と言い、落ち着かせるように胸を数回軽く叩いて部屋を出た。
バッツの様子から明日に治るようなものでもなさそうなので休みを返上しなければいけないだろう。貴重な休みではあるが彼の体調が回復してくれるなら、今はできることをしてやりたかった。

「(仕舞っている毛布と念のため暖房器具を出して、それから粥と・・・)」

朝考えていた予定を頭の中で書き換えながら取りあえずは温かくして寝てもらえるように納戸の方へと足を向けたのだった。





数日後、ライトニングがバッツの元へとやってくると元気よく挨拶をされ、その姿は風邪をひいていた時の姿を思い出せないほどであった。

「どうやらすっかり良くなったみたいだな」

コスモスとカオスへの報告書を受け取りながらライトニングが呟くと、バッツは歯を見せて笑いながら力こぶを作った。

「この通りばっちりだ!ライトニングのアドバイスのおかげだよ。ありがとな〜」

礼を言い笑うバッツにはもう病気の影は見えない。きちんと養生し、ライトニングが伝えた食品を摂っていたのだろう。天界の薬を服用してもいないのにこの回復力。バッツ本人の回復力の高さもあるが彼一人の力ではないだろうと推察する。バッツの同居人は言動は無愛想ではあるが根は優しい少年なのだろうとライトニングが心の中で微笑むと、その少年がカップと茶菓子を乗せたトレーを持って部屋に入ってきた。

「珈琲と茶菓子だ」
「すまないな」
「お、さんきゅーな!」

テーブルの上には珈琲と各種菓子が盛られた皿が乗せられる。
ライトニングは目の前に置かれた珈琲に手を伸ばし、香りと味を楽しもうとしたが手を止めた。
彼女の好物の一つとなった珈琲を飲めるのはここを訪れる楽しみの一つとなっているのだが、それから目を逸らさずにはいられない光景が目の前で繰り広げられているのだ。

「ほら」
「おお!あーん!」

皿の上に乗っていた菓子。
先日風邪を引いたバッツの薬の代わりに摂っていた菓子が乗っており、その一本をスコールは手に取ると迷わずバッツの口元へと差し出したのだ。
対するバッツも迷わずそれを口にしている。

「・・・何をしている・・・」

ライトニングは思った言葉をそのまま2人に投げかける。

「・・・!?」
「あ、寝込んでいた時の癖が出ちまったな!ははは!」

ライトニングの言葉に我に返ったのか、スコールは一気に顔を赤くし、バッツは大きな口を開けて「やっちまった〜」と声を出して笑った。

バッツが床に臥せていた時、食事を摂るのもままならなかったため、その補助をしていたのだがその時の癖が出てしまったのだ。
バッツは何とも思っていないようだが、繊細な年頃であるスコールには笑い飛ばすことはできなかった。ふたりだけならともかく、第三者にこの光景を見られるのは流石に恥ずかしい。
無意識とはいえ何故このようなことを、しかも堅物そうなライトニングを目の前にしてやってしまったのだと穴があったら入りたくなったと同時に数分前に時が戻れと願わずにはいられない。
一方のライトニングは余程驚いたのか、出された珈琲には目もくれず、スコールとバッツを交互に見ると、恐る恐ると言った様子でスコールに問いかけてきた。

「おい・・・貴様、まさかバッツと・・「冗談を言うな!!」

ライトニングが何かを言う前にスコールが大声でそれを遮る。彼女が何を言おうとしていたのかはわからないが大体想像できる。
誤解を解くためにバッツが風邪のため自力で物を口にすることが困難であったことを説明しようとしたのだが、それを能天気な声が遮る。

「スコールが風邪ひいたら今度おれが菓子を食わせてやるからな〜」
「人間は菓子で風邪は治らないんだ!!」

この場の空気を読んでいない上に、空気を微妙なものにさせたその一人であるのにこの態度。
看病をしていた時は早く良くなるように色々と世話を焼いていたのだが、どうやら風邪で大人しいくらいの方が心穏やかに暮らせるのではないかとスコールは眉間に皺を寄せたのだった。



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拍手お礼連載番外編その2
ポッキーの日11月11日にちなんで。
神様バッツ様はやっぱりスコールさんを困らせるのでした・・・(汗)








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