鬼の棲家にやって来た


莎弥が童磨に攫われ彼が教祖を務める万世極楽教の寺院にやって来てから一週間程が経った。

「う、うう…」

莎弥はまだ現実を受け入れる事が出来なくてその日の夜も今まで過ごして来た何気ない日々を思い出しては悲しくなり庭の見える縁に一人座って涙を流していた。すると。

「どうしたの、おねえちゃん」

莎弥に掛けられるあどけない声。莎弥が顔を上げれば庭の隅に一人の少年が立っていた。十歳にも満たないのその少年は涙を流す莎弥を見て心配そうに目を細めている。

「…ううん、なんでもないの」
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

着物の袖で涙を拭い莎弥がニコリと笑って見せると安心したのか少年はパッと笑顔になり「それなら良かった」と言った。

「おねえちゃん、そっちに行ってもいい?」
「ええ勿論、おいで」

莎弥に許しをもらった少年はタタタタと駆け寄って来て、莎弥が隣に座るようポンポンと縁を叩けば少年はありがとうと言って莎弥の隣に腰掛ける。

「こんな夜遅くに君はどうしてこんな所にいるの?」
「うん、本当はもう寝なきゃいけない時間だったんだけど、なんだか眠れなくて。眠たくなるまで外を歩こうと思っていたら誰かが泣く声が聞こえてきて、そっちに行ってみたらおねえちゃんが泣いていたんだ」
「そうだったの」

まだあどけなさが残るその少年は迷い込んできた近所の子ではなくこの寺院で暮らす信者のようだった。ここに来て一週間程経っていたが莎弥は部屋に篭りっぱなしで信者とも会った事がなかったからここにはこんなに幼い子供まで信者として居るのか、とぼんやりと考える。

「どうして泣いていたの?どこか痛いの?悲しい事があったの?」

すると少年から悲しい事と言われ莎弥は胸がギュウと苦しくなった。悲しい事…ああそうだ、悲しい事があったんだ。大好きな人達と離れ離れになってしまった、好きな人だって居たのに、両親を殺した鬼と結婚する事になってしまった、そう、悲しい事があったんだ。少年に言われ莎弥の表情は暗くなる、その変化に少年だって気付いたようだ。少年は莎弥を元気付けようとしているのか「おねえちゃん!」と明るく声を上げる。

「おねえちゃん泣かないで、ここに来たらもう大丈夫だよ!信者のみんなは優しいし、教祖様はとっても素晴らし人なんだよ?!」

少年は、この寺院の教祖つまり童磨の事を心から慕っているようだった。キラキラと瞳を輝かせ自信満々と言った様子で童磨の事を素晴らしい人だと言う。勿論莎弥は童磨の正体を知っているから素晴らしい人とは到底思えない。

「…ここでの暮らしが、好きなの?」
「うん!大好きだよ!だってここにはお父さんやお母さんのように僕を殴る大人が居ないんだ!みんな優しくしてくれるんだ!ここは極楽だよ!」

不幸な人々を保護している万世極楽教…莎弥はこの少年の事を知らないが彼もまた救いを求めて教祖の元にやってきた可哀想な人間だった。ここに来る前はいつだって何もしていないのに、両親の機嫌が悪いだけで少年は頭を打たれた。時には腕の骨が折れた事だってある。生まれ育った家だと言うのにそこには少年にとっての安息の場所は無くて、そんな少年にとって美味しい食事の出る、温かな布団で寝れる、そして暴力を振るう両親の居ないこの寺院での暮らしは極楽のようなものだったのだ。

「だからお姉さんもここに来たんだから幸せになれるよ!」

勿論少年の言葉に嫌味や悪気などない。だが今の莎弥にとってその言葉はどんなに重く圧し掛かる言葉か。

「幸せ…?」

私にとっての、幸せは…。

「おねえちゃん…?」

少年は何故莎弥が再び涙を流し始めたのか分からなかった。自分は何か酷い事でも言ってしまったのだろうか、そう思ったが分からない少年はおねえちゃんごめん、と声を掛けようとした、その時。

「おやおや。話し声が聞こえると思ったら正之助じゃないか!」

廊下の暗がりから現れたのは童磨だ。童磨を見ると少年は明るい表情で声を上げた。

「あ!教祖様!」
「この庭に入っては駄目だと教えただろう?ここは俺の個人的な部屋なのだから」
「ごめんなさぁい」
「分かればいいんだよ、次からは気をつけるんだよ」

童磨は優しく微笑むと少年の頭をソッと撫でる。少年は大好きな教祖様に頭を撫でられたのが嬉しかったのかニコニコとしている。莎弥は童磨の顔なんて見たくもなくて、泣いてる所を見られたくなくて、目が合わないように童磨に背を向けそのまま立ち上がると部屋の中へと入ってしまった。そんな莎弥を見て童磨は困ったように眉を下げる。だがすぐにニッコリと表情を変えて少年の方を向いた。

「教祖様、おねえちゃん泣いてた…俺のせい?」
「違うよ、正之助は悪くないよ。莎弥は…まだほんの少し不安なだけさ、でもすぐに元気になるから大丈夫だよ」
「そうか…それなら良いけど…」
「うん、正之助は優しいね。あ、でも莎弥の事をお姉ちゃんだなんて呼んでは駄目だよ、莎弥は俺のお嫁さんなのだから」
「えっ!おねえちゃんは教祖様と結婚するの?!」
「そうだよ。だからこれからはお姉ちゃんだなんて呼んではいけないよ?」
「分かった!」

莎弥が信者達から「聖女様」と呼ばれるようになるのは、それからしばらくしてからの事である。

 


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -