可哀想なあの子 | ナノ
06

好きなのか嫌いなのか。
そう問われたら間違いなく私は教祖様の事が好きだと答えるだろう。

だって教祖様は私を受け入れてくれた方だから。

私の家族は父も母も兄もとても穏やかで優しくて生まれた家は決して裕福ではなかったけど大好きな家族に囲まれて毎日平穏に暮らしていた。だけど私が3歳になった頃流行り病が家族を奪い一人になってしまったのだ。家族を亡くした私は親戚の家を転々とさせられたけど、どの家も役に立たない小娘を快く受け入れてくれるところなんてどこにもなかった。どうしてうちが遠い親戚と言うだけでこの娘の世話をしなければならないんだと何度も言われたしいっその事遊郭にでも売ってしまおうかと言われた事もあった。ようやく私の事を養子にしてあげると言ってくれた夫婦も居たけど、女の方は子供と言うよりただで使える召使が欲しかっただけのようだし男の方は…いつだって気色の悪い目で私を見ていた。年中働いて手は荒れ放題だし食べる物だってあまり無い。夜になっても男が覗いてくるから休まる場所もなくて、義両親の目を盗んで大好きだった家族の事を思い出し声も出さずに一人泣いたのだ。

教祖様の元にやって来てからは本当に毎日が幸せだった。救いを求める人々はみんな穏やかだし教祖様はとってもお優しい方。今まで掛けられた事もないような温かな言葉をかけてくれて頭を撫でてくださった…笑ったほうが可愛いなんて、誰かに褒められた事など家族が死んでから無かったから私はとても嬉しかったのだ。

でも、そんな教祖様は鬼だった。

鬼の話は人々の噂で聞いた事があったから知らない訳ではなかったけど、まさか本当に存在していたなんて、そしてあんなにも恐ろしい者だったなんて…。教祖様はお姉さんに残酷な事をして情け容赦なくとどめを刺した。あの夜から数日経ってお姉さんを見なくなりどこへ言ったのだろうと不思議に思う人も居たけれど誰かがあの子は実家に帰ったらしいと言いはじめそれを誰も疑う事なく信じそのうちお姉さんの事を話す者は居なくなった。私はと言えば、あれから何も変わる事なく毎日を過ごしている。

あの夜の惨劇を忘れた訳ではなかったが、だからと言って寺院から逃げ出してしまおうとか誰かに教祖様の正体を話してしまおうとは思わなかった。逃げたところですぐに見つかるだろうし話てしまえば私だけではなく他の信者達も殺されるだろう。何をしても、きっと無駄だ。

「教祖様」
「こら夜留子。二人きりの時は俺のこと童磨と呼ぶって約束しただろう?」

今宵も、教祖様の部屋に呼ばれ私は彼と共に過ごす。

「…童磨様」
「そう、ちゃんと言えたね」

よしよしと私の頬を撫でる童磨様の手はとても冷たい。

「ああ、今日も夜留子は良い匂いがするね」
「ん…」
「いつだって夜留子と一緒に居れたらいいのに」

その温度を感じる度に、童磨様がどんなに優しくても彼の正体は鬼なのだと思い出さずには居られない。童磨様はいつだって優しく抱き締め、そしていつだって優しい接吻を私にくれる。はじめの頃、童磨様の舌が口の中に入って来るとあの日の血の味の接吻を思い出し吐き気が込み上げてきてしまったがだがそれも段々と忘れてしまい今ではすんなりと童磨様の接吻を受け入れられる。
…童磨様は、私に好きだよと言ってくれるが本当にそう思ってるかなど分からない。嘘かもしれないし嘘だと言う感情すらなくてただ言葉にしているだけかもしれない、愛し合う男女としての戯れも童磨様…いや鬼にとっては飽きるまでのただの暇潰しかもしれない。どちらにせよ私に選ぶ権利など無いのだから、鬼の気分の損なわぬよう私は鬼の言う事を大人しく聞くしかないのだ…。

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