「そうか、アラタはヨルナミ元へ―――ならば、きっと奴も向かったことだろう」


侍者からの言葉に、アカチの口角は上がっていた。思い出すのはつい先日のことだった。
アカチの元に、門脇が訪れたのだ。それは好意的なものではなかった。
挑発的に挑んできた門脇を一瞬にしてアカチは黙らす。広がる荒野の中で門脇は、膝を付き、痛みに声を上げていた。目から、血が絶えず流れている。

「失って初めて見えるものがある。俺はかつて全てを失った。俺が力を得たのは、もう自分には失う物が何もないと悟ったときだ」

アカチの思い浮かべるのは、ただ一つの出来事だった。アカチの力はある目的、それはカンナギへ果たすべきこと。それだけの為だ。

「ンでぇ、強くなれるのか。そうなったとき、俺はアンタみたいに――」

そのまま立ち去ろうとしたアカチに縋りつき、門脇は強さを求めた。自分は強くなりたいと。アカチにもう片方の目を潰されても構わないと。


「待ってくれ、強くなりてぇんだ!日ノ原に勝てるなら、もう片方の目だってれてやる。俺は強くなりてぇんだ!」

「覚悟が定まったようだな。代わりにくれてやろう」


その言葉と共に、アカチは自分の眼球を取り出し躊躇なく門脇の血が流れる目へと差し出すのだった。
アカチは初めて巳束以外で自分を見てくれた相手。だからこそ、アカチの目が埋まった右目で革と会うことを門脇は楽しみにしていた。
浮舟をヨルナミのいるミヅハメの領土へ、革たちがいる場所へと向かわせて―――。




「―――ごっほっ、コトハ?」


息が出来ない。海の中へとコトハと一緒に引っ張られた巳束は、水の勢いが弱まったことで意識を取り戻す。そして先ほど見ていたヨルナミの宮殿に自分たちがいることに気付く。
意識朦朧になりながらも、あることを思い浮かべていた。何度か、現れた光。それが“天通力”というなら、それが出来ないかと。だが、思いは届かない。

「これは、これは。水の中を通って来たというのに、すぐに意識を戻すとは貴女は不思議な人なんですね」

「……誰っ?」

中性的な美しい顔立ちをした男の人が、口元を扇で隠すように立っている。男は、飛んで火に入る夏の虫。いい“エサ”になると告げて笑う。
水の中で、満足に動かない体。顔だけをコトハへと向けようとすれば「やはり貴女は気になりますね」と男が口にし、扇を巳束へと向けた。それと同時に龍のような水が襲い掛かり巳束は、再び意識を手放してしまった。




「巳束!コトハ!待ってろ!!」


革は、連れ去られた巳束とコトハを救うため両手、両足を大きく動かした。開いていた門を通り、一直線に進む。足を止めず、ただただ走り続ければ宮殿の中央となる開けた場所へと出る。
宮と宮を間に、大きな池が存在している。目の入るのは、その池から水が上がっていく柱と球体、そして水に浮かぶ玉の球体の中に捕らえられたコトハの姿だった。

「コトハ!?コトハ、無事か!」

「革!私は無事。だけど、巳束が!」

「巳束がどうしたって!?」

コトハが告げるように、この場に巳束の姿がいない。ともかく先にコトハを助けようと、革は劍神“創世”を手にし神意を口にした。だが、玉には当たってはいるがビクともしない。

「無駄です。この玉は神意ではない、そなたの劍神では壊せない」

その声と共に、コトハが捕まっている玉の中に足元から水が湧きだしてきてしまう。
革は前方から飛んでくる水の攻撃に気付き、劍神“創世”を手にしながら後ろへと避けた。声の方へと顔を向ければ、ひとりの男が水面に浮かんでいる。


「ようこそ、鞘アラタ。我が“玉依ノ宮(タマヨリノミヤ)”へ――」

「ヨルナミ!!」


革を追いかけるようにカンナギとカナテも辿り着き、目の前にいる男がヨルナミであるとカンナギが口にする。


「……はて!そちらはどなたでした?たしか…暑苦しい火の――――ん?」
「カンナギだっ!!わざとらしいっ」


カンナギとヨルナミが相会するのは秘女王の儀式(マツリ)の時以来。二人からは憎まれ口ともいえる言葉が飛び交う。その間にも玉の中の水が、コトハの腰へ位置まで増えてゆく。


「アカチに劍神を奪われた男が、まだ同じ神鞘のような口を――」

「今も神鞘だッ!!」

「ヨルナミ、コトハを放せ!!」

「……そう、私を降さねば彼女は今度こそ溺れ死ぬ。そしてもう一人の彼女もね」


ふっと笑みを浮かべ、ヨルナミは水面へと扇を翳す。すると水の中ら、水がくるくると回る球体が出てくる。その球体の中に、いる人物に革たちはハッとした。


「巳束っっ!!」

「どうして、ミツカが!?」

「ヨルナミ、これはどういうことだ」

「どうもこうも、ただの余興ですよ。不思議な力の秘密でも分かればと“時還ノ術”を特別に施してみたのですが、効かないようで」


巳束の姿に、カナテとカンナギも口にした。球体の中にいる光を纏いながら巳束は、足を抱え込み顔を埋めて目を瞑っている。


「本当に、不思議ですね。彼女は光で護られている。術が効かないからこそ、根比べということろでしょうか?」
「ふざけるな!巳束とコトハを放せ!!」
「私を降すか、私に降るがよい。さすれば、この二人は助かる」
「卑怯だぞ!二人とも“降し合い”には関係ない!!」


卑怯といった言葉に、ヨルナミは“完璧”に事を成し遂げるための手段であると告げる。全ては母上にお応えするために、自分には失敗など許されぬと。

「母上、“最強の劍神”とその鞘を降す我が姿、ご覧になっていてください―――顕れたまえ“哭多(ナキサワ)”」

玉座の間にいる、自分の母へと告げるようにヨルナミを一度顔を向け、自分の手に持つ劍神“哭多(ナキサワ)”を大きく振る。扇面から水を発し、革たちがいる方へと放った。


「―――っ、顕れたまえ」



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