推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 18

 どうしてこうなった。降谷さんがエロすぎるんですけど。狭いシングルベッドで後ろから抱きしめられてぴったりとくっつき、気づけば眠っていた。ふと目が覚めると温もりはなく夢だったかと思ったものの、気怠さの残る体と唯一身につけたネックレスが降谷さんの存在を示した。
 シャワー、浴びよう。降谷さんはやることやって出たんだろうか。起き上がってテーブルの上のスマホの位置が変わっているかを確認するべく視線を動かすと、ラップのかかったお皿が先に視界に入った。
「あむさんどやん」
 その横に、簡素な書き置きがひとつ。
『勝手に借りた。食べてくれ』
 それから、名前の代わりに数字のゼロのサイン。まじかこれ現実? これでときめかない女子っているの? 思わず頬を抓った私は正常だと思います。何度でも言うよ、そんなんええから休んで。……ああそうか、私なんかの前じゃおちおち眠ることもできないか。二度の夜で降谷さんの寝顔を見ていないことに気づいた。
 スマホの位置は少し動いているが、ハムサンドがあってティーカップが洗われている以上、なんの指標にもならない。
 一つ付け加えると、ハムサンドは絶品でした。



 とりあえず、降谷さんのセーフハウスの可能性が僅かに発生したので降谷さんに快適なおうち作りを開始します。……ベッド買い替えはさすがに露骨なのでやめておいたが、良い機会なのマットと枕は買い替えた。救急箱の中身をチェックし、古いものは捨てて包帯類も充実させる。鎮痛剤と抗生物質も多めに投入。キッチンを充実させて、ペットボトルの水やレトルト食品を常備。変装グッズはクローゼットの奥の夏布団に紛れさせ、日記帳は本棚の大きい本の間にねじ込み外からは見えないように。買いたかったシリーズ本を購入し、溢れた本をその上に横向きに数冊置いてガードは完成。元々部屋着としてメンズのスウェットを着ることもあったので、一着新調。
 衣食住、こんなもんか。一週間で少しずつ変わった自分の部屋を眺めてうんうんと満足気に頷く。
 さて年末年始の休みで東都チャレンジするか、と思ったものの例年帰省して親戚の集まりに顔を出しており、年明けの連休まで延期することになった。

 あけましておめでとうございますの文字と共に実家の雑煮の写真を送ってみたが、三が日を過ぎてやっと返信がきた。本当に忙しいらしくてすごく申し訳なくなった。
 相変わらず伊達さんのニュースは見かけないが、ネット掲示板やSNSにも返事はない。例によって変装して警視庁付近や杯戸町を徘徊して中日はポアロでランチして米花町を散策するというルートを辿っているが、何も起こらず、警察の影もなく、何も得られないまま三連休が過ぎ去って焦りばかりがどんどん膨らむ。二月の連休も東都に来る予定であけているが、一体事故はいつなんやと気もそぞろに働いていたようで、週明けの火曜には危うくミスを犯すところだった。このぽんこつめ、と自分をなじった。
 一月の有給計画は職場でのインフルエンザ流行によって阻まれ、動きやすいようにと申請をギリギリまで先延ばしにしていた自分を恨んだ。土日は新年会や同窓会が立て続けにあって、どうにも予定を入れにくい。

 久しく顔を出していなかった高校の同窓会にも参加の返事をしてしまっていた。同じクラスの人はもちろん、こういう機会なので色々な人の近況などに花を咲かせる。就職、結婚、出産とまちまちで必死に頭に叩き込む。
「あれ、進藤さん?」
「ほんまや、進藤やん。珍しいな、元気してたー?」
 学生じみた同じ会話を繰り返す盛り上がりになってきたのでこれ以上の情報収集が見込めず、その集団から抜けだすと声をかけられた。選択授業が同じだった関係でよく話をした隣のクラスの朝倉と、クラスが被ったことの無いその親友である三井くんだと思い出す。先に気付いたのが三井くんだったのは意外だ。
「今何してんの?」
 この男の気安いところは学生時代から変わらんなあ、と朝倉に感心する。
「病院勤務やで」
「そいや資格取るって言ってたっけ」
 よく覚えてるな。最後に会ったのは大学の三回生とかだったはずなんやけど。
「そうそう、無事にとれて。そっちは?」
「俺は京都の地方市役所。こっちは東京勤務」
「まじか東京からわざわざ?」
 三井くんのフットワークの軽さに驚く。
「そ、妹が成人式の後撮りするから家族写真撮ろって言われてたからちょうど良かったし」
「さっちゃんついに二十歳か、はえーなあ」
「誕生日はまだやけどな」
 今日撮ったんだ、とシスコン三井くんが妹の振袖写真を自慢げに見せびらかす。
「うわ、可愛い。やっぱ女の子の振袖いいわあ」
「親戚のオバサンになっとんで」
「あはは、可愛いは正義やからな」
「けど可愛すぎて変な男に引っかからないか心配、とか言うんやで。ほんまシスコンやんなあ」
「そんなヤツいたら即逮捕してやる」
「職権乱用」
「ビバ警察」
「えっまじか警察なん」
 進藤食いつくねえ、と朝倉がにやにや笑う。
「いえーす、警視庁刑事部捜査二課、三井巡査部長であります」
 三井くんがへらりと笑ってゆるく敬礼する。
「だ、伊達さんって知ってる!?」
 警視庁刑事部という言葉に冷静さが抜けて思いっきり食いついてしまった。ああもうこの際、不審どうこうは仕方ない。こちら側の人に気遣う余裕なんかない。
「あれ、知り合いおるん? 伊達?」
「捜査一課のはず」
「……ああ、ワタルブラザーズの伊達か。そいや先週見かけたな」
「何それ有名人?」
「まあな、よく知らねえけど一個上の警察学校じゃトップだったとかなんとか。知らんけど」
「知らんのかい。年上かあ」
「なんかその学年が警察学校時代に好き勝手やったせいで俺らの時から厳しくなったんだよなあ」
「あー、なんか前言ってたな」
「それそれ」
「進藤、その伊達さんとやらがどうかした?」
 親友間でテンポよく進む会話からこちらに軌道修正された。
「ええと、大変申し訳ないのですが連絡先をご存知ないでしょうかと思いまして」
「突然の敬語。進藤さんああいう老け顔が好みなん」
「いやそうじゃなくて、ただお礼を言いたいだけで」
 至極意外そうに言われたのでしっかり訂正を入れる。
「あー悪いけど、知らんわ。部署違うからそこまで親しくないし」
「ですよねー」
「なんなん進藤の恋? 三井応援してやれよー。誰かから連絡先聞けへんの?」
「恋ちゃうわ」
「なんやつまらん」
 唇を尖らせる朝倉を三井が軽く叩いて窘める。
「お礼よな。だったら伝言……は絶対忘れるな。手紙くらいなら覚えてたら渡すけど」
「あなたが神か。ちょっと待ってて便箋買ってくるわ」
「うわガチやん。こいつ今日二次会行けねえから時間ないで、急げ」
「そやねん、今日東京戻るから」
「えっまじかご苦労さまです、ちょっとコンビニ行ってくる」
「おお、いてら」
 命でも救われたんかな、などと会話が続けられているのを放置して財布とペンを持ってコンビニダッシュしてレターセットと糊を買い、イートインスペースで広げる。急展開すぎて何書けばいいの。五分くらいしか書く時間ないやん。
 先に封筒の表面に伊達様と宛名を書く。
『突然の手紙で驚かれるかも知れません。偶然にも同級生が警視庁務めと分かり、慌てて書いておりますので読み難いかと思いますがどうか御容赦ください』
 それらしい導入を書き、メインの文を前にコツコツとペンでテーブルを叩く。あかん、頭が回らん。時間もないし、とにかく書こう。
『伊達さん、ありがとうございます。あなたには救われています』
 降谷さんも私も。
『お礼を言っても言いきれません』
 あれこれ書いても仕方がない。
『どうか、伊達さんは車に気をつけてくださいね。手帳を落とした時にはどんな時でも必ず先に周囲の確認をしてください』
 伊達さんとその周りの皆様の幸せを祈って、と結んで万が一降谷さんや他の誰かの目についても私に直結しにくいよう、フリーのメールアドレスを取得して端に添える。糊でしっかり封をしてシールを貼り、完成だ。

 ダッシュで飲み会会場に戻れば各々コートや鞄を回収しているところで、なんとか見つけ出した三井くんに手紙を押し付けた。
「ごめんこれお願い!」と息を切らせて言う。
「お、間に合ったな」
 手帳に挟んどくわ、とコートを着た三井くんが受け取ってくれた。渡せたら連絡したいんやけど、と言われたのでメッセージアプリのIDを伝える。
「おっけー登録できたわ」
「ほんっまにありがとう、よろしく」
 今日来て、ほんまに良かった。

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