推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 新年を迎える

完結後SS

***

 新婚というには少し時間が経っていて、けれど子供がいるわけでもない。重ねて、零さんは多忙な公安だ。何が言いたいかというと、いくら潜入捜査が終わったと言っても、年末年始にうまく休みを確保できるかはまた別問題だということだ。年越しの瞬間に一緒に過ごせなかったことに幾許かの淋しさはあるけれど、不満という程でもない。
 一人で年越し蕎麦を食べて、独り身の友達数人とビデオ通話して。新年を迎えた瞬間に零さんにメッセージを入れた。その後家族と少し電話をする。晦日、大晦日で一人実家に顔を出しているが、新年の挨拶はまた別だ。それからそこそこの時間に布団に入って、普段通りの和朝食を食べた。おせちとお雑煮は零さんと二人で食べる予定だからだ。零さんが読みやすいように年賀状の仕分けをして、知人の近況を知った。地元の友達、お世話になった先生、先輩、それから東都の知り合い達。結婚や出産のニュースに目を丸くしたが、今年、私は降谷という苗字で年賀状を初めて出したから、むしろ驚かせる側だ。一人でごった返す初詣に行っていると、年賀状を見たらしい数人からメッセージが飛んできた。その中に紛れるように、零さんからは今日は帰れないかもしれないと言われたけれど、その三十分後に景光さんから「絶対に夜には帰らせる」とメッセージが届いてクスッと笑ってしまった。本当に優しい親友さんだ。

 私は、予定通りにおせちとお雑煮の準備をしている。帰省もあったので、零さんのすすめで今年のおせちは取り寄せになった。せめてお雑煮はと丁寧に出汁を取って金時人参と祝大根を煮込み、白味噌を溶かしておいたのでいつでも食べられる。明日は「一応」休みと言っていたから、ちょっぴり上等な日本酒も飲みきりサイズではなく四合瓶で用意済だ。そうこうするうちに、スマホがメッセージの受信を知らせた。
「今から帰る──ふふ、さっすが景光さん。有言実行やな」
 オフの時間に関して言えば、景光さんの言葉の方がよほど信憑性がある。なんだかんだ零さんは完璧主義のワーカーホリックで、仕事のスイッチが入ったら徹底的で、つい延びてしまうこともしょっちゅうだ。本当にストイックでかっこいいなあ、といつも惚れ惚れしてしまう。そういう人だから余計に支えたくなってしまうのだ。一方で、オフの時に飛び込んできた連絡には顔を顰めてからだけれど、やっぱり仕事に向かう。以前そんなことを景光さんに話した時、何故か彼は笑い転げていたけれど。ああ、仕事に向かう零さんの背中が好きだとかそういった惚気はもちろん胸中に留めている。
 ふんふんと鼻歌を歌いながらキッチンに立っていると、玄関で音がした。わ、もう帰ってきた。警察庁との距離を考えると、かなり急いでくれたらしい。火を止めようか、いや小さくすればいいかななんてやっていると、とたとたと足早に零さんが部屋に入ってきた。
「零さん、おかえりなさい!」
 満面の笑みで出迎えて駆け寄り、零さんの前でぴたりと止まる。
「ただいま」
「ふふ、あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとう。こちらこそ、よろしく」
 改まって新年の挨拶をしてから、零さんの広げた腕に飛び込んだ。背中と頭に零さんの手がまわり、私も腰にぎゅっと抱きついてぴたりと密着する。車だったからか、さほど大きな体は冷たくはなかった。零さんは私の頭に頬擦りして、はああ、と息を吐き出した。年末年始で休みの多い中の勤務はさぞ疲れたやろうな。
「お腹空いたやんね。すぐに準備するな。あとお餅チンするくらいやし」
 少し体を離して零さんを見上げながら声をかけると、きょとりと目を瞬かせた。
「……チン?」
「え? うん。そのつもりやけど。一から煮込むより早いし……あれ、もしかして味落ちるとかなんかあるん!?」
「いや、そうじゃなくて……、くっ、ふ、ははっ。大丈夫だ、なんでもない。うん、お腹空いた。早く食べたいな」
 目を細めて至極愉快そうに笑い、とろりと甘い声を出す。ううん、幸せそうやからいいんかなあ。不可解なトリガーに首を傾げると、零さんはますます笑みを深めた。説明する気はないかもな、と話をすすめることにした。
「ね、日本酒もあるけど、どうする?」と尋ね、銘柄を補足する。
「のむ」
「おっけー」
 頷くと、額に優しいキスが落ちてきた。もう一度ぎゅっと抱き締めてくれて、それから腕が離れた。
「これ置いてきたら、配膳やるよ」とコートを軽く摘んだ。
「ありがとう」
 すぐとは言ったものの、想定より早かった為にまだダイニングテーブルの上はすっきりとしている。
「関西風雑煮、楽しみだな」
 零さんは小さく呟いて、いたく上機嫌で自室に向かった。










***

親友に帰宅指示された公安「一人で帰省させたり、一緒に住み始めても淋しい思いばかりさせてすまないと思っている。いいことか?そうだな……いつも僕に合わせたメニューを作ってくれる妻が、無意識に地元の味を出してくれた……ああ、自然体な彼女のピースがまたひとつ手に入ったんだ。いい年になりそうだよ。──おい、なんだ景、その顔は」
一人で年越しした妻「零さんが笑ってる幸せ!!」

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