推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ Secret File.2 K

「ちょっと工藤君、あなた今度は何に首を突っ込んでるの?」
 灰原が顰め面を向ける。はあ、とこれ見よがしに溜息をつく。
「……でもそうね、もしそうだとしたら、その男はサイテーね」と冷たく言い放った。
「だよなあ」
 悠宇さんと、安室さん。二人のよく分からない関係性。誰のことかを隠して説明しようとしたが、結局、灰原に粗方話してしまった。否定したい気持ちもあるのだが、何分得体の知れない男だ。
 けれどそれ以上に、悠宇さんは奇妙だ。何か他と違うのだが、その正体が分からず、何度も言い知れぬもやもやを抱いた。

 結局、間違えた。あの人をひどく傷付けてしまった。安室さんが迎えに来たことで脱力感に襲われてうやむやになったが、その事実がなくなるわけじゃない。オレにやたらと期待する、あの二人のオトナ。バーロー、こっちはキャパオーバーなんだよ。
 くそ、と悪態をつく。組織の情報も得られず、これじゃ本当にただ逆鱗に触れただけ。安室さんの敵愾心を煽っただけだ。このままでは終われない。
 決心がついたのはその次の夜だ。というか、つかなかったので、追い込むために博士の家に泊まると言って、その実はオレの家に帰った。誰にも聞かれない部屋に閉じこもってしばらくが経つ。
 赤井さんは上の階で何をしているか知らない。最近見覚えのない本を読んでいるから、その続きかもしれない。赤井さんは自分もと名乗りを上げたけれど、安室さんが逆上する姿が簡単に想像できたので止めておいた。せめてオレが様子を見てからにしてくれ。
 散々うじうじして、時間があるか、と問うメッセージを送ったのは数分前だ。
 ピコン、とスマホが返信を知らせる。
 ──拍子抜けした。

 時々、他愛もない話をするようになった。一度晩酌中に電話が繋がって以来、通話時間が伸びたような気がする。灰原には浮気かと揶揄されつつ会話を続けたが、謎は増えるばかりで、解決の道筋はまだ浮かばない。
 どうして家で料理をしているのが蘭だと知っていたのか。オレを小学生扱いはしないくせに、時々ひどく子供扱いする。服部への対応を鑑みて高校生までは子供扱いとするなら、オレの正体に勘づいている気がする。何かの事件で遭遇していたのか、どれだけ考えても思い出せない。
 この前のビルに移動する途中だって、「日本の」警察と当てつけのように言うくらいだから、安室さんの入れ知恵なのか、赤井さんのことを勘繰ってはいるのだろう。
 別居婚と福山という男の詳細も不明のままだ。捨て身の結婚自体は悠宇さんが言い出したと考える方が自然だろう。もしかすると、そもそもあの人がたまたま福山という男に近かったのかもしれない。実は梓姉ちゃんに会う前には既に、という可能性もある。三井刑事の情報もどの程度確かか分からない。あまりの実態の掴めなさにとうに死んでいるのではないかとさえ考えた。こればかりは正直に答えてはくれないだろう。送り込んだのにうまくいっていないのだろうか。真相は藪の中だ。
 本当に情報源は安室さんなんだろうか。
 違和感が大きくなると、アイスコーヒー片手に赤井さんの下を訪ねるようになった。

***

 紆余曲折を経たオレの家で一触即発の後始末会議の最中、オレのスマホが鳴った。三井刑事、か。珍しい着信相手に眉をひそめる。よっぽどのことがあったに違いない。これ幸いとギスギスした空気から一旦退避するため、立ち上がった。
「ごめん、ちょっと抜けるね──もしもし、三井刑事?」
「あいつは……進藤さんの、進藤悠宇の旦那はどこにいる」
 静かで硬質な声。長らく連絡が取れない人を挙げたかと思えば、想定外の内容にどもってしまった。それはこの後、どのタイミングで議題にあげようか思案していた人物だ。
「悠宇さ、んの? ど、どうしたの?」
「ポアロに向かっているが、あの男がいるとはあまり思っていない。居場所に心当たりはないか。あるいは……一緒に、いないか」
 安室さんをちらりと振り返って見ると険しい顔つきでこちらを窺っていて、足を止めた。
「……お前今、どこにいる?」
「どこって、ええと……そう、新一兄ちゃんの家だけど」
「そこに降谷零がいるのか」
「──は?」
 どうしてその名前を。悠宇さんが三井刑事に教えた? 否、と首を振る。逆か? 悠宇さん、ポアロ、旦那。福山。不明な情報源。カチカチと脳内で組み合わさっていく。パーツが足りないながらに、考えもしなかった一つの真実に思い至った。……おいおい嘘だろ、オレ達はずっと勘違いしていたのか。ガシガシと頭を掻く。ちくしょう、なんだそれ。ムカつく。
「うん。いるよ」
 安室さんを見ながらはっきりと答えると、安室さんが眉間に皺を寄せた。
 三井刑事はすぐ行く、と言い捨てて通話を切った。
「……工藤君、どうしたんだい?」
 スマホをポケットにしまって、その男をじとりと睨んだ。息を大きく吸い込む。
「あんたら夫婦かよ!」

 安室さんに会いに三井刑事が来るよ、と伝えて数分。家のインターホンが鳴る。来た、と急いで一人向かえば案の定三井刑事だ。その後ろに、パーカーを被ったマスクの男がいて首を傾げた。見覚えがない。し、と彼は人差し指を立てて、マスクの下で薄く笑った気がした。
「どうしたの? 誰?」
「そいつは後で説明するから気にすんな。お前らの仲間だ。……で、あの男は?」
「う、うん。あっちにいるよ」
 声でこそ優しいが、未だかつてなく尖った空気を纏っている。
 いつも助けてくれる三井刑事に限って悪事を働くとは思えないし、仮にそうだとして、FBIと公安、犬猿の仲の二人をを筆頭に錚々たる顔ぶれを前に勝ち目がない。非公開情報の擦り合わせを目的とする今日の会議は、最少人数と言えど各所属の代表や代理人が集結しているのだ。
 三井刑事と連れ立って応接間に向かうと、パーカーの男は数歩後ろを足音もなくついてきた。仲間って、誰の仲間だろう、と今日の顔ぶれを思い浮かべる。一番考えられるのは公安警察か。がちゃりとドアを開くと、指名を受けた安室さんは、ポアロでしか会ったことのない男への愛想笑いを貼り付けて立ち、悠宇さんの件を聞くべく待ち構えていた。途端に隣の男が俊敏に動く。
 鈍い音が部屋に響いた。
 不意打ちで頬を力いっぱい殴られた安室さんがたたらを踏み、机に激突してティーカップが一つ落ちて砕けた。紅茶の染みがカーペットに広がる。場が騒然とする中、三井刑事が吼えた。
「ふざけんじゃねえぞてめえ! 愛情の上に胡坐掻いてほったらかして、あいつがあんだけ追い詰められてることにもまだ気付いてへんのか!」
「き、君は……」
 突然の事態に目を白黒させる。
「組織が片付いたならさっさと捕まえに行け馬鹿が! いつから大阪おらんと思っとんやボケ!」
「どういう、ことだ」
「どうもこうもねえよ。あいつの死因は老衰以外、絶対に認めへんからな!」
「は?」
「俺じゃあいつは止まらへん……このまま死ぬ気やぞ、お前の為に。ほら早よ行け愚図が! しばくぞ!」
 もうしばいてるじゃないか、と呟きつつ、切れた口元を乱暴に拭う。
「間違いないんだな」
「緊急用、だったか。お前が持たせとる発信機はもうずっと動いてないはずだ。……嘘だと思うなら自分で調べろ。すぐに関西へ向かえ」
 降谷さんが忌々しそうに舌打ちをして頷く。
「──悪い、工藤君」
 赤井さんには一瞥もくれず他にだけ小さく断って飛び出した降谷さんと半ば入れ違いに、先ほどのパーカーの男が静かに入ってきた。マスクをずらして割れた食器の前に屈みこみ、口を開く。
「あーあー、派手にやったなあ。人様の家だぞ?」 
「緊急事態だ。弁償する。いや、させる」
「零が悪いってか?」
「顔見たら我慢できなかった」
「……お前、は」
 あの赤井さんが呆然と、唖然と、男を見ている。ただの知り合いではなさそうだ。
 男はなおも軽い調子で、立ち上がってにこりと笑う。
「ああ、久しぶりだな、ライ──いや、赤井秀一。オレは諸伏景光だ。改めて、よろしく」
 生きていたのか、スコッチ、と赤井さんが低く呟いた。
「親友より先に挨拶していいのか?」
 三井刑事が仏頂面のまま言う。
アヤ、お前の嫌がらせが原因だろ。……いいよ、生きてりゃ機会は作れるからな」
 どうやらオレ達はゾンビと邂逅したらしい。

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