推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ Secret File.1 A

 進藤悠宇という女性はアンバランスで、時々異次元の常識で生きているんじゃないかとさえ思った。真っ直ぐで、意地っ張りで、懸命で、その癖油断すると斜め上を行く。何より徹頭徹尾、行動原理を他人に見出していて、ひどく危なっかしい。

 ぱき、とグラスの中の氷が弾けた。
 ビルでの一件を経て、彼女の根源にあるのは降谷君だと思い知らされた。相手が相手だ。友好的とはお世辞にも言い難い関係を思えば、今度こそ取り付く島もなくすげなくされるのだろう。有り体に言うなら、嫌われた、のだろう。
 こうして手持ち無沙汰になると、このところは彼女にメッセージやスタンプを送り付けていたのだが。
『直接謝ることもできない大人は無視する──らしいよ』
 ボウヤの言葉がリフレインする。促されるままにただ一度謝罪すると、無視されることもなくあっさりとした返事があった。……が、それきりだ。元からにべなく返事されてばかりなので、判断がつかない。福山という男は結局分からずじまいだ。本当に、組織の中枢にいるのだろうか。それとも読み違いで、組織とは無関係なのだろうか。

 一ヶ月ばかりが経過し、気紛れに送った小説の話に、意外にも彼女は食いついた。今度こそ無視される可能性の方が高いと思っていたんだが。
「そりゃ悠宇さんだし」
 その事を話題にあげると、椅子に座ったボウヤが至極当然そうに言った。
「基本的にあの人は鏡だ」
「鏡、か」
「こっちの気が咎めて嘘なんかつけないね。……というか、嘘ついた途端バレて、別の嘘で返されそうで怖い。安室さんがどうこう以前に、単に敵に回したくない人かな」
 基本的にいい人だし、と呟いてテーブルに置いたアイスコーヒーに手を伸ばす。
「安室さんからどれくらい聞いてるのかな……昴さん、踏み込んでみない?」
「……ふむ」
「当たり障りのない範囲からちょっと地を出してみてよ。あの人は何食わぬ顔で対応しそうなんだよねえ。どう? 乗る?」
「……随分、リスクが高い気がするが」
「いや、昴さんが一番いいよ。一番反応が敏感でしょ」
「ハイリスクハイリターン、か?」
「そう」
「しかしボウヤと違って、彼女に好まれてはいないだろう。二重人格とでも罵られて益々嫌われそうだがな」
 もし嫌われてるなら今更失うものもないでしょ、とあっけらかんと言われ、閉口した。敵にしたくないのではなかったのか。
「昴さんのことは安室さんにバレてるんだし」
 そう畳み掛けられ、是の返事をした。

 彼が大っぴらに義に叛いた時はどうするのだろう。従うのだろうか。抵抗するのだろうか。──いや、ただ従順なだけあれば、あの立ち位置を得て、あまつさえ居座り続けてはいないだろう。彼が一般人にそれを許すとは思えない。第一、彼女は潜入捜査官の清廉さに夢見る人間ではないだろう。汚いことだってしてきたことを想定した上で、あれか。
「独善的」
 とでも言うべきだろう。
「──まるで宗教だな」
 この国の性質には少し、そぐわない。

 やはり捉えどころがない。連絡を疎かにしつつも、電話には応答する。棘の残る物言いをしながら、良くも悪くも素直だ。学ぶことがあれば発話者を問わず吟味する。方向性を問わず、勤勉だ。
 そうしてこちらがほんの少し本性を晒せば、ややこしい代表などと本心を晒す。もしこちらをFBIと知った上での発言だとすると、空恐ろしい女性だ。
 降谷君から何を知らされ、福山という夫から何を聞いているのだろう。それとも単に偶然、とでも言うのだろうか。偶然という戯言を押し通せる範囲を超えつつあるが、それを得るにはこちらから一線を超えなければならないのだろう。それで何を得られる。有用な情報か? 彼らの敵意を煽るだけか? そう何度も踏み込めるでもなく、臍を噛む。

「赤井さん、いい?」
 アイスコーヒーを手に、ノックもせずボウヤが部屋を訪れてくる。いい加減、このパターンは彼女の件だと学んだ。
「──やっぱりさ、悠宇さんには普通に話しても大丈夫なんだよね。全部知ってるみたいだ。……安室さんにはそれを言っていないみたいだけどね」
「全部?」
「そう。全部」
 敵を同じくする彼らとは結託し、情報を共有した。作戦会議の傍ら、降谷君にこっそり尋ねたのだという。
 何も、それが彼の回答だった。何も教えていない。無関係だと。
「……組織のことだけじゃなく、オレや赤井さんの正体も」
「──まさか」
 そんなことがあるはずがない。
「赤井さん……まだ連絡ついてる、よね?」

 スマホに手を伸ばす。変声機はつけていない。ボウヤや喫茶店の彼女によると連絡があまり取れなくなった彼女だが、意外にも、やり取りは継続している。気遣う相手ではないと往々にして宣っているから、つまり彼等に何らかの配慮をした結果なのだろう……というのは推測の域を出ない。
「Hello?」
 何故か英語で返答した彼女に、同じく英語で返す。
「Hi, long time」
「遂に頭がおかしくなりましたか」
「君は本当に呼吸するように毒を吐くな」
「相手選んでるんでご安心ください」
 沖矢昴からの着信で、聞いたことの無い赤井秀一の声で、馴染みのない口調で、けれどボウヤの予想通りに今まで通りの「沖矢昴」に向けた特殊仕様の対応で、動じることもない。
「それで? ご要件は?」
「理由がないといけないのか?」
「Holy shit!」
「Warch your language」
 本当に、俺に対しては口が悪い。指摘したが、生返事をするだけだ。まったく、とんだじゃじゃ馬だ。
「で……え、本当に意味なく電話したとか言いませんよね」
「どうかな」
「うぜえ」
「ついでだ、前から気になってたんだが」
「まじか本題はどこいった」
 本題も何も、今君が赤井秀一を認識していることの確認が主目的だ。顔ならまだしも、まさか声までとはな。──本当に、全て知っているらしい。
「何をそんなに焦っている?」
「ちょっと、言いたいことがよく……」
 本気で理解していない様子に、無意識か、と呟く。ここまで知っている情報を晒しておいて、今までとは違ってそれにどうも思い至っていない様子だ。視野が狭まる程度には追い込まれている、情報の塊。踏み込むべきか迷い、今ではない、と否の答えを出した。スナイパーは待つのは得意だ。
「いや、いい。忘れてくれ」
 なおも食い下がる彼女に、小さく嘆息する。
「──お前は、よく分からない」
「あなたには言われたくないんだけどさ、それ。本当に何なんですか」
「……行動原理が見えない」
 少し逡巡して、本心を紡ぐと、意外そうな声が返ってきた。
「分かりやすいと思うんですけどねえ」
「彼のためだろう? だがそれにしては、随分とちぐはぐだ」
「そう見えますか」
「お前は何になりたいんだ?」
「──私、は。ヒーローになりたかったのかもしれへんなあ」
 少し掠れた呟きは、紛うことなき本心なのだろう。
「みんなが一度は憧れるでしょう?」
「ヒロインではないのか」
「守られるだけのヒロインなんてただの記号と一緒だ」
「相変わらず手厳しいな」
 きっぱりとした発言に呆れる。
「ヒーロー、か」
 なりたかった・・・が、諦めたということか。そうして、逃げたのか。それで、連絡が疎らになっているのか。
 スマホが断絶の音を示す。次は決して逃がさない。あれは逃がすとまずい。今までどころじゃなく危なっかしい。降谷君の手から離れてしまっている。突拍子もないことをやる、と確信にも近い思いがあった。
 次に降谷君を見かけた時には、些か差し出がましいかもしれんが一度忠告しておくとしたともんだろう。

「降谷君──きちんと手綱は握っておけ」
「は?」
 ドスの効いた声を出し、彼は実年齢より若く見える顔を盛大に歪めた。横でボウヤが額に手を当てて呻いている。

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