推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 7

 東京に行くぞと意気込んだものの、まずはと土曜になれば京都にある国立国会図書館関西館で一日の殆どを過ごした。日曜が休館日なのが悔やまれる。軽い下調べのつもりで訪れたのだが、思いの外地方紙も揃っていて重宝する。全国紙も、関西版ではなく関東版が必要だがさすがといったところなのだろう。



 関東版の新聞と同時期の週刊誌を遡り、少しでも引っかかった事件や、記憶にある事件の詳細のメモを取る。雪女伝説の事件や、森谷帝二の情報。羽場二三一の件も調べてみたが見つからず、まだ起きていないのだったか、あるいは記事になっていないのか。確か映画の一年前に不正アクセス事件やったっけ、そこに至る何らかの軌跡があるとラッキーと思ったんやけど、なあ。怪盗キッド関係はひとしきり調べてまとめてみたものの、黒羽盗一VS工藤優作のあたりまで掘り下げるとハイレベル過ぎてついていけないので、ベルモットと藤峰有希子の師たる黒羽盗一は六年前に亡くなっている以上どうしようもないのだ。天才少年サワダヒロキは数ヶ月前に自殺しており、つまりノアズアークはもう放たれている。映画関係は特に過去の大きな事件が関与していることも多く、幾許かの情報は集まる。しかし使い道の分からないそれらをどうにかして使えないかと思案するのは先送りにしてばかりだ。
 もちろん黒ずくめの組織の動向も同じだ。コードネームと顔しか記憶になかったピスコが表の名前と共に自動車メーカーの会長であることを思い出せたのは収穫といえば収穫だろう。が、降谷さんにはどうにも繋げられない。というか知ってるやんね、普通に考えたら。
 揺れる警視庁1200万人の人質のことだって、公開されているメッセージの前半を写してみたものの、途方に暮れた。爆処のダブルエースは還ってこない。ただ記憶を裏付ける情報が増えるだけだった。
 心が折れてきては工藤優作に関わる事件を漁ってみた。出るわ出るわ、さっすが有名人。どれかがフラグになんないかなあと恐らく事後にしか判明しないだろうと思われることを読み漁りメタ知識でメモを作ってみる。うん、微妙! 天才にはついていけねえぜ、などと心の中で黄昏てみた。
 それでも、凡人には出来なくたってこの知識が何か降谷さんの手助けになれば──何かって、何。二週間かけてネットと併せてまとめあげたノートのあまりの具体性のなさに、本日の心が折れた。東京に行くまでもなく、ぽっきりと。今日はもうダメだ、帰ろう。週明けの少し早いバレンタインとしてお菓子でも作って同僚に配るのもいいかもしれない。後日まとめようと乱雑に暗号を交えて書いたノートをクリアケースに突っ込んで、新聞と週刊誌の束を持って返却に向かう。
 そしてゲートから出ようとしたところで、肩に手を置かれた。振り返ると、キャップを被った色黒で太眉の少年がいた。
「待ちいや、ねーちゃん」
 おい工藤。なんやて工藤。せやかて工藤。そういうことだ。探偵は事件を呼ぶのだ。



 図書の損壊事件が起きたらしい。国立国会図書館に、B5以上の中身の見えない鞄の持ち込みは禁止されている。ロッカーに預け、貴重品や多少の荷物はクリアケースか置かれているビニール袋に入れることとなっており、当然刃物やカメラなども禁止だ。だからこそ原始的な紙とペンに頼ってメモを取っていたのだ。
 犯行が発覚したのは、トイレだ。地下一階の女子トイレの一角。確かに、二十分ほど前に使用した。対象は十三年前のとある雑誌で、ズタズタに切り刻まれインクまみれで個室の床に落ちていた。
 改方学園中等部に所属する未来の西の高校生探偵によると、犯行があったとされるのは職員が立ち寄った約三十分前から清掃の入る五分前までの間だという。トイレに近い端の席で幼馴染に付き合わされて資料探しに来た彼は、気もそぞろに席から立たずに幼馴染が持ってくる本をぱらぱらと捲っており、トイレに入る人物は記憶に残っていると断言した。
 その雑誌は今朝借りられたがその1時間後、利用者が席を立った際になくなったと謝罪があり、職員が探していたものだった。
 殺人じゃなくて良かったと安堵する反面、容疑者になってしまった驚愕が共にくる。とはいえ、服部平次がいるのならまあ、私は無罪放免となるだろうから、記憶に残らないよう地味にやり過ごすことを考える方が犯人探しよりよっぽど建設的だろう。ていうか、和葉ちゃんばり可愛いんですけど。
「その間にその間にトイレに入ったうちで手に荷物持ってたんは、パソコン開いてハードカバーの本と図鑑を見比べてた読んでたおばはんと、文学雑誌読んでたばーさん、それから借りた新聞と週刊誌のメモとってた姉ちゃん、あんたら三人だけや」
 姉ちゃん、おばはん、ばーさんの順やと付け加える。別室に集められたかと思えば、職員よりも先に事件の概要と容疑者を語り出した少年を、幼馴染の少女が「平次!」と咎める。トイレに入った人を確認してるなんて既視感のある……ああでも未来やったわ。こっちが先やったわ。やることなすことそっくりさんやんけ。
 こんな近距離にいたにも関わらず、背後だからと気づかなかったなんて、油断大敵。しかしこんなところで会うなど誰が予測できようか。
「財布だけとかなら他にもおったわ。せやけどな、ノートやパソコンまで持ち込んでたんはそうおらんから印象に残ってたで……」
 小説家を名乗ったおばさんは、大切なデータの詰まったパソコンを持ち歩いてただけで犯人扱いするだなんてと平次を叱りつけ、そしてそれを見逃す職員に文句をつけた。職員に宥められて、落ち着きを取り戻してから小説の資料集めによく来るのだと説明した。
 おばあさんは困惑した様子で、懐かしい文学雑誌を読みに来ただけだと説明した。
「いっちゃん怪しい動きしてたんは姉ちゃん、あんたや。なんやぎょーさん借りて、わざわざノート持って便所行って、このタイミングで帰りよるんやからな」
 ですよねー、と思わず相槌を打ちそうになった。図書館なら紛れると思ったけど事件起きたら無理や。あとタイミング悪い。めっちゃ悪い。私は悪くないと声を大にして主張したい。
「自分のもん持ち歩く習慣あったら、そんなに変かな」
 諦めて苦笑いを返しておく。
「気になったこと調べに来て、新聞とそれに纏わる雑誌探してただけなんやけどなあ」
「気になることって、なんや」
「……怪盗キッド」とかその他諸々。
「はあ?」
 私が調べた中で、知っていてもおかしくなくて、どの時期のものを覗き見されてても誤魔化せるほど長期の資料の数がある程度ノートを取れるくらいにはあるもので、それでいて工藤優作よりも主人公にちょっとは遠いもの。知識量が分からない以上下手なことは言えないし、嘘じゃないけど、本当のことも言ってない。そういうフェイクをやるにはこれしか浮かばなかった。予定のない事件はおやめください。あかん予定にあったらそれだいたい犯人やん。
 あ、服部平次にジト目で見られてる。
「……だから言いたくなかったんや」
 溜息をつけば、一旦は諦めてくれたようだ。

 流石にこの場で即解決とはいかなかったようで、考える素振りを見せた平次は情報を求めに部屋を出た。和葉ちゃんがそれを追う。容疑者と二人の職員が残され、沈黙が気まずい。
「芝田さん、あの子なんなの?」
 仏頂面のまま、小説家のおばさんが職員に尋ねる。それを皮切りに、会話が始まった。芝田という女性職員はよく来るその小説家と親しくしているらしく、ついには大阪府警本部長の息子らしいわよ、と漏らした。知らんけどのオプション付きだが。
 これだから権力者の息子は。



「犯人はあんたや」
 結果として、犯人はその小説家だった。動機はその雑誌に掲載された若き自分の文章を闇に葬りたかったから。そのために足繁く通い、職員と親しくしつつ機会を窺っていた。今日その機会か訪れたので図鑑の影に忍ばせ、ノートパソコンに挟んでトイレに移動。できるだけ多くのページを破って、小袋に入れてポケットに忍ばせておいたインクを自分のページにぶちまけて袋を流した。説明し私はやり切ったのだと開き直るのを見て、芝田さんが目に涙を浮かべて傷ついていた。
 毎回一冊はA4サイズ以上の書籍を借りていたのが犯人特定のきっかけだと平次は自慢顔で語った。それから、万年筆をよく使うからだと言い訳していた爪の間に染み付いたインク。トリックというほどのトリックもない、ただそれを達成するためだけの謎だった。



 やっと解放された。図書館を出て目一杯伸びをする。当初の予定通りの閉館時刻に図書館を出たが、予定よりずっと疲れた。なんかしばらく行きづらくなってもたな。
「なあ、ねーちゃん。あんたほんまは何調べとったんや?」
「ちょっと平次!」
「和葉は先行ってバス待っとけ。オレはこの姉ちゃんと話してから行く」
 和葉ちゃんの背中を押す。更にあとでプリン奢ったるからはよ行け、と付け加えて追い立てた。

「えらいけったいな調べ方で怪盗キッドのこと知りたがるんやな。閲覧履歴見せてもろたで。
 同時に借りれる数には限界がある。それで日に何回も借りるんやから、ある程度の共通点があるはずなんや。実際、同時期の新聞と週刊誌を同時に借りとるんが多い。せやけどな、怪盗キッドの記事なんかほっとんど借りてへん……容疑者扱いされても動じへん。あんた一体、何をしとんや」
「……嘘は言ってへんよ」
「ホンマのこともな」
 なんなのこの子怖い。これで中学生? マ? これが夢ならA secret makes a woman woman……なんて気取った返事をしたいところやけど、私がやったところでただの事故でしかない。黒歴史生産、反対。
「君にはまだ分からんやろけど……大学で論文を読む時はな、その論文の参考文献を読むもんなんよ。そんで参考文献の参考文献も読んだりする。その参考文献の参考文献が分かんなかったら、その参考文献も読む。言ってる意味、分かる?」
「……」
「そやからな、分からんくても、統一性がないように見えてもしゃーないの。おっけー?」
 微笑んでみれば、渋面を返された。
「平次くんやったっけ? 探偵さんなんやろ? だったら、色んな視点をもたないと。今日は事件解決お疲れさん。ありがとね」
「……こんなん朝飯前や」
「うん。頑張って。あの幼馴染ちゃんのことも」
「なんで急に和葉が出てくるんや!」
 顔を赤らめ怒鳴る平次によって張り詰めていた空気が霧散する。ふふふ計画通り。
「大事するんやでー」
 ポンと肩を叩き、止めていた足を動かす。
「余計なお世話や、アホ!」
 後ろからまた叫び声が聞こえた。このままバス停に行くと和葉ちゃんは見れるけど気まずいので、タクシーを拾って帰った。地味に出費。

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -